漁業補償につきましては、目下のところ関係省間の意見は大体こうした法律をつくろうという方向にまとまつて来ております。特別損失補償につきましては、今のところこれと同様の法律をつくる考えは持つておりません。何らかの予算措置を講じたい、こう考えております。
漁業補償につきましては、目下のところ関係省間の意見は大体こうした法律をつくろうという方向にまとまつて来ております。特別損失補償につきましては、今のところこれと同様の法律をつくる考えは持つておりません。何らかの予算措置を講じたい、こう考えております。
現地委員会は何ら法的根拠には基いておりません。先方との話合いによつてつくつたものでございます。合同委員会といたしましていろいろな意味の補助機関を持ち得るわけでありまして、行政協定の場合にいたしましてもいろいろとつくつております。たとえば各地に主として風紀問題のための連絡協議会というようなものをつくつておりますが、これにつきましての法制的根拠は置いておりません。ただ今度できます中央における合同会議、この力でもつてこういうことは現地にまかせようということになりますれば、それは現地限りで処理し得るわけであります。ただ私たちが今考えておりますのは、十五施設を返還するということになつておりますから、それを中心に現地で今やつてもらつておるわけで
国連軍の司令部でもありますし、在日米軍の司令部でもあるこの一つのものが、両方の資格を持つて日本におるわけでありまして、私どもの方がいろいろと米軍と話をしております限りについては、早急に国連軍の司令部が朝鮮あるいは沖繩に移るというふうなけはいは見えません。もう一つ考えなければなりませんことは、在日米軍が減るということは、いろいろと日本国民との間において摩擦を起さないという意味においては減ることがけつこうなのでありますが、現在のように日本側の自衛力が整いまして逐次減つて行くというふうなことでなく、ただ朝鮮に移れとか沖繩に移れというふうに申しましても、経済的な面に及ぼす影響というものも日本側としてはかなり考えなければならぬ。貿易が非常に逆
在日米軍としまして、昨年の実績は約八億足らず、七億五、六千万だと思いますが、それを国連軍と在日米軍とに分析いたしまして、どこまでが国連軍であり、どこまでが在日米軍であるという点ははつきりいたしません。しかしその中のある部分は国連関係というふうに考えております。
私が申しておりますのは、政治的に見れば、なるべく早い方がいいということはよくわかつているのでありますが、特に無理をしてまで急がすというほど積極的にやらなければならぬかどうかという面でありまして、自然に逐次減つて行くものなのでありますが、それを特に強く要請して急激に減らさなければならぬかどうかという点になりますと、そういう経済面もありますから、これはプラス、マイナス両方あつて、自然に減つて行く点は、これは当然のことと考えております。また減るべきものと考えます。しかし特に急速に減らすべきかどうかということになりますと、そういう面も考慮しなければならぬ、こう申し上げているのであります。
出入国の際には通報することになつております。現在は大体——従来ともでありますが、約五、六千のものが、呉と広地区におるわけでもありまして、これは英濠軍でありますが、その他のものは朝鮮におるわけでありまして、これは毎月報告が参つております。どこのどういう軍隊が朝鮮におるかということは報告が参つております。それからそれ以外に休暇で日本に来ておりますものがございますが、これは毎日のように参りまして、四、五日おつて帰つておりますから、そこまでの移動は私どもははつきりしたことはつかんでおりません。
表を持つて参りませんでしたので、後ほど差上げてもいいのですが、大体英濠軍が一個師団、そのほかの各国軍、大体大きいところは連隊、小さいところで大隊というものを派遣しております。これは各国別にはつきり出ております。ちよつと表を持つて来たつもりでおりまして忘れておりましたので、御要望がありますれば提出いたします。
日本を視察いたしました米国の国会関係の人たちあるいは米側の評論家とかいうところあたりから、現在における日本の反米思想というふうなものを憂慮いたしまして、動いたらどうか。日本からこうした司令部を動かしたらどうかという意見は米本国では一部にあるようでありますが、東京におります司令部としましては、そうした計画は今のところ全然持つておらぬと私は見ております。と申しますのは、施設等につきましていろいろと話をしておりますので、もし司令部がよそへ移るということになりますれば、施設等の計画に変更が来るわけでありますから、そういう点は今のところ全然ございません。
施設につきましては、演習場とかというふうな場合はまた懸案のものがございますが、いわゆる兵舎とか司令部の建物等につきましては、拡張するというふうな考えは全然ございません。私が申しておりますのは、ただいま建築中のものとか今後建築に着手するもの、計画はできておりまして、建築の設計もできておりますが、まだ現実に建築に着手していないというふうなものが相当ございます。もし移るのであれば、そうしたものの建築をとりやめるということもできるわけでございます。あるいは保安隊の拡充に伴いまして、米軍施設の一部返還を今交渉いたしております。そういう際に米軍が移るとなれば、保安隊か期待する以上のものが明き得るというふうな点もわかつて来るわけであります。そうい
資料を持つておりませんが、大体の計画は大都市の都心部から郊外に移るという計画でありまして、東京で申しますれば、空軍、司令部その他が明治ビルその他におります、それから独身宿舎等が相当ございます、こういうものを空軍は主として立川、陸軍の場合には座間並びに朝霞というようなところに移す、それから横浜の市内に相当まだおりますが、これが座間に移る、名古屋におります空軍が小牧並びに守山というところに移る、こういうのがおもな計画であります。
昨年の十二月一日から個々の施設につきましては調達庁のほうに事務を全部移管いたしましたので、私のほうは大体の報告しか聞いておりません。現在の折衝、交渉状況の細目については私は存じません。
妙義につきましては、それまでにすでに話が閣議決定もついておりまして、大津につきましては、我々のほうでは必要と認めまして、現地との折衝を開始しておつたか、開始する直前であつたと思います。岩木山につきましては、そのときは問題になつておりませんでした。関根のほうを提供する……。
昨年の十一月までのお話をしているわけでありまして、その後どういうふうなお話がありましたか、私のほうの所管と違いますので、聞いておりません。
あれは行政協定の問題になりますかどうか、ちよつとそういう話がございまして……沖繩の南でございますね。私のほうもあの点は詳しいことは存じません。
これはちよつと調べて見ませんとはつきりいたしませんが、正式な要求が出ておつたかどうかと申しますと、私はむしろ出ていないのではないか。併し先方はそういうことは前々から希望しておりまして、懸案のままになつておるというふうな形じやないかと私は記憶いたしております。
今おつしやつたように、手続はその通りでありまして、昔でありますと合同委員会に文書で出まして、それから各分科委員会のほうで検討いたしまして、又、合同委員会から返事をする。只今は施設特別委員会のほうに要求が出るわけでありますが、併し問題によりましては相当重大な問題等につきましては、文書を出します前に、向う側から口頭で、こういうふうなことを考えておるのだが、この点どうだろうかというような、事実上の文書が出る前の話があることもあるわけであります。文書は勿論出るわけでありますが、文書が出る前に、しよつちゆう会つておりますから、そのときに、こういうことを考えておるのだがということを、こちらのほうの下準備もございますから、そういうこともございます
大体そういう話がありますと、何と言いますか、向うもこういうことを考えておるが、いろいろと書類を出します前には、向うの部内の手続きもありますし、それから詳しく面積を計つたりなんかというような点もありますので、書類は少し遅れるが、こういうことをいつ要求するというようなことがありますれば、引続いて出て来るわけです。小牧の場合にはそういう書類は出ていなかつたように記憶しておるのです。前々から、滑走路が短かい。これは日本の飛行場の大部分について言えるのでありますが、今にこれでは足りなくなる、将来の問題としては、どうしても小牧とか伊丹の滑走路拡張問題があるということは、一般論として前から言つておるわけでありまして、ですから私は書類は出ていないと
その通りでございまして、我々のほうで案を作りまして、折衝しておるわけでございます。日本側でこれこれのものを移して欲しいという案を作るわけでございます。
あれは今直ぐあれを移すという分には入つておりませんで、私はたしかあれは逐次米軍も減つて参りましようし、少し問題を先に延ばして行くというようなことになつておると思います。
全般に都心から郊外へ移す計画をいたしましたときに、いわゆる家族宿舎というものにつきましてはこれを二次的に置いておりまして、兵舎とかその他のもののほうを主として空けて行つたのです。勿論、経費にうんと余裕があればそういうものもやるべきではないかということも考えましたけれども、併しまあ宿舎のほうはややあと廻しというような考えで案を作つておりました。