ただいま御質問のような問題は、一局長のお答えする問題ではないと思いますが、ただもしおつしやるような方向に進むといたしましても、そう半年や一年でそこに行くというような問題ではなかろうと思つております。
ただいま御質問のような問題は、一局長のお答えする問題ではないと思いますが、ただもしおつしやるような方向に進むといたしましても、そう半年や一年でそこに行くというような問題ではなかろうと思つております。
私が申し上げましたのは、アメリカの政府の最高方針でありますから、私あたりが申し上げることではありませんし、存じませんが、たといそういうふうな方向に進みましても、米軍が撤退したいと申しておりましても、そう半年や一年で撤退できるものではない。その間はやはり米軍は日本の防衛をしなければならぬという点を申し上げたのであります。
安全保障条約に基きまして結びました行政協定の中に、必要なる施設並びに区域を提供することがはつきり出ております。
二つの問題でございますから、浅間、妙義の方から御説明いたします。 浅間、妙義の計画を申し上げますと、これは朝鮮事変の経験にかんがみまして、ことに日本における地形等にかんがみまして、米軍が山岳戦の訓練をしたいというので、学校をひとつくりたいというわけなんです。山登りになれ、また山の方における測量、行軍というようなことを訓練したいというわけでありました。この場所といたしまして、一昨年から、アメリカからリンクと申します中佐が参りました。これはアメリカにおける山岳訓練の専門家であります。日本を北海道から東京にかけまして、と申しますのは、現有防衛部隊は東京以北にいるわけでありますが、東京以北をくまなく探しまして、地形的に見まして、技術的に
六月二日に内灘を使用するという方針が閣議においてきめられたわけであります。いつから使用するかということはきめてなかつたのでありますが、これを十五日から使用するということにいたしまして、一昨十五日からたまを撃つておるわけであります。地元の村会におきましてはほとんど大多数がこれに賛成しようという空気になつておりますが、一、二反対の議員もあるようであります。いずれにしましても地元は相当に興奮しております。ことに外部から労組その他の応援がどんどん入つておりまして、今のところ村理事者としましては、まだこれに賛成するという意思表示を正式にいたしておりませんが、反対も、外部勢力の応援も逐次減ることと思いますので、そのうちに村当局がこれに正式に賛成
あの問題は昨年の春頃から、向うから一カ所欲しいということを言つておりまして、その後農林省が全国に亘りまして候補地を探しまして、三、四の候補地が出まして、これを米軍との間には技術的な面で打合せをいたしました。政府といたしましては、漁業、農業に及ぼす補償というような点を考えまして、結局結論としましては、内灘が一番いいということになつたわけであります。併し内灘の地元側と交渉いたしましたところ、非常に強い反対がございましたので、政府といたしましては、取りあえず四カ月という決定をいたしたのでございまして、向うが如何に使いたくても、日本政府で承諾しない限りは使えないのでありまして、これを四カ月にするか、一年にするか、或いは無期限にするかというこ
アメリカは常時使いたいわけでございますけれども、やむを得なければ冬の間だけでも、ともかく成るべく急いで使いたい。ですから、これは冬しか使えなければ冬の間だけで、使いたいのはずつと使いたいのであります。アメリカの要望として言えば一年中使いたいということでありますが、その辺の言葉が大臣もよく御存じなかつたかも知れませんが……大臣も御存じだと思いますが、アメリカの要望とおつしやつたのは、アメリカが四カ月だけでいいといつただけの意味ではなく、ずつと使いたいけれども、やむを得なければ四カ月でいいという意味であります。
ですから、その場合にアメリカがどう言つたかということは、これはアメリカとの交渉は私がいたしておりましたので、私が林屋大臣に報告をしましたのを大臣がどういうふうにお取りになるかによるので、アメリカとしてはともかく一カ所ずつと使いたいわけでありまして、政府としてはどこか一カ所同じ場所でずつと使われれば一番結構なんですけれども、あのときはどうしても話が付かないので一応四カ月にしたということです。
最初に地元へ参りまして交渉いたしましたところ、非常にまあ……、反対の論拠というものは風紀問題という点にあつたのです。それで私のほうは、行く米軍の数も極く僅かだと、二十名以下だということを申しましても、どうも政府というものはなかなか信用できんし、一旦出したら幾ら来るかわからない。何百名も来られると非常に風紀が乱れて大変だという心配があつたのですが、私のほうじや、それじややつて見ればわかるから、やつて見て問題がなければいいじやないかというわけで、先ず四カ月にして、その間実際に試射を開始いたしまして、そういう地元で心配するような事態がなければ、そこで地元と又話をして又延ばして行くということをして、初めから延ばすほうを考えておつたのです。
先ほどから申しましたように、アメリカとしてはずつと使いたいわけです。改めての要求は参りません。むしろこちらのほうから四カ月たつて、四月末になつたけれども、地元との話が付かないから暫らく中止してくれというので、一応中止してもらつているのです。
私は嘘だとは申しません。それは副総理は十分事情を御存じないかも知れませんし、又お忙しいので、そういう経緯は御存じないのでしよう、アメリカは使いたいと言う、嘘をついたというのとは違いますけれども、使いたいという要求は合つているのです。その辺はお忙しいので十分御存じない点もあるのではないかと思います。
それは最近見える陳情団が皆政府が嘘をついたと言われるのですが、私は嘘をついてはおらんと説明しております。と申しますのは、私はどの程度村民に徹底しておつたかは、それは存じませんけれども、私が交渉いたしました際に、村の有志との間には、引続き永久使用について交渉するという点ははつきりしております。これは決して村の有志が承諾いたしましたとは申しません。併しいろいろ条件を付けまして……。こういう二つの前提があるわけです。試射をやつて見て、当時問題になつておる風紀問題が何でもないということがわかるのが一つ、もう一つは、あの村は従来とも非常に食えないのだ、ますます今後とも見通しが悪いのだ、こういう際に、村の有志といたしましては、多少なりとも国家的
それは私は全然存じません。六カ条というのは今初めて承わりました。
私はそれは全然存じませんが、林屋国務大臣は、表向きには四カ月と言つておられましたが、私は大体交渉したときにおりましたが、内輪の会議では、やはり将来のことを考えて、いろいろの話をされておりましたが、どうもそれと食い違いがあると思います。私が行つたときには、金沢で林屋大臣がずつと使うつもりで盛んに交渉しておられました。
これは今までこういうケースで国務大臣がわざわざ出かけられたということはめつたにないのでありまして、あれは非常に愛知県、静岡県あたりからも猛烈な反対がありまして、研川県からも反対があつて大変な問題になつた。そこで大臣が行かれるときには、閣議のほうではやむを得なければ四カ月だけでもやむを得んというふうな一応の了解をとつて大臣はおいでになつた。件し現地に参りまして、ですから初め非常に反対が強いときに四カ月でもやむを得ないというふうな話をされたのであります。併し現地でいろいろその後交渉をしまして、だんだん空気が緩和して参りますと、この大体の見通しは無期限に使えるだろうという見通しが付いた。ですから交渉中にずつと変つて来ているわけであります。
確かに四カ月という言質を与えておられますし、そのあとの国会の質問で御答弁になつておられますけれども、当時の事情としまして、それをあのときすぐ言うことは今後の折衝にまずいということでおつしやらなかつた。腹の中ではあつたけれども、それは言えなかつたと思います。
今二枚舌とは申しませんが、交渉の経緯においては全部さらけ出すわけには行かないと思う。
内灘の村民全体が知らなかつたとは私は言えないと思つております。大多数が知つておつたと思いますが、これは一人々々に聞いて見なければわかりませんし、今のように反対が強くなりますと、これはおつしやらなかつたと言われても仕方がございません。今後どうするかということについては問題は非常に大きくなりましたので、今閣僚においても非常に慎重に考慮されているということで、はつきりした見通しは付きません。
それは私にはわかりません。
依然として努力はいたしております。見通しは、はつきりいたしませんが、最善の努力をいたしております。