それは、日本側は大野参事官、それから課長が二人加わりました。先方はこのジェム土木局長、それからル・ジェニセルというフランスの臨時代理大使、それにトーサンという一等書記官、この両方三名でございます。これが署名をやっております。
それは、日本側は大野参事官、それから課長が二人加わりました。先方はこのジェム土木局長、それからル・ジェニセルというフランスの臨時代理大使、それにトーサンという一等書記官、この両方三名でございます。これが署名をやっております。
その点につきましては、最初はあまりフランスの参事官は、これはどういう人だとかいうことがはっきりいたしませんので、日本もこれを聞いております。そうしますと、やはり交渉の首席代表はベトナムのジェム土木局長であり、フランスの参事官はこれを補佐する意味で参加したということを申しております。
その通りでございます。
お手元に差し上げました合意議事録を見ましても、日本側の二億五千万ドルということに対しましてベリー・スモールということを主張しております。向こうは二億五千万ドルという数字はこれを撤回して、またその二百二十五万ドルが一%か、二%にしか当らぬと、これもその比率も撤回しておりますが、しかし、賠償総額についての議論はこの際は行なわない、将来に延ばそうということを向こうでは言っているわけでありますから、ここでは賠償総額については何らきまっておらないというのが実情でございます。
これは沈船協定が始まりました際に、日本側といたしましてはこの沈船の協定をやるが、しかし、あなたの方は賠償総額というものはどのくらいに考えているか、どのくらのことを請求しようと思っているのかということを日本側は聞いておるわけであります。それに対しまして向こう側は、本国政府と打ち合わせました上で、七月二十七日に二億五千万ドルという数字を出したわけであります。それに対しまして日本側としましては、その根拠がどうであるかというふうなことは言っておりませんで、二億五千万ドルとはとんでもない数字だというふうな議論をやっております。そこで、最後の九月四日の合意議事録で、日本側は二億五千万ドルと申しました、それに対しましてベリー・スモールということが
あくまで仮調印と申しますかイニシアルでありまして、それから特別円の問題は、これは五七年でございますから、これは五三年の交渉でございますし、関係はないと存じます。事実を曲げているというふうな点は全然ないと存じますから……。
それは、その後に正式に調印をしていないということから、これが仮になるわけでございまして、正式の調印の前の段階でございます。正式調印がないわけでございます。ですから、これはあくまでもイニシアルであり、仮調印でございます。(「仮調印でもない」と呼ぶ者あり)
われわれの方は、ベトナム側の声明を出したということは、報告はわれわれの方にはございません。
私の方で持っておるわけでございます。
一九五三年の七月の二十七日に初めてその数字を申し出ております。
植村さんの動かれたのは一九五六年の三月でありまして、その後約三年たっているわけでございます。このころには植村さんは全然関係はございません。
仮調印はいたしましたが、正式な調印をしておりませんから、結局仮調印のまま残っておるわけでありますし、それが、五三年の五月十六日でございますが、五五年の十二月になりまして正式にたな上げを向こうが申し出ておりまして、そこで、それまではわれわれとしては正式調印をしたいということで待っておったわけでございます。五五年の末にこれをたな上げにしたい、そうして五六年から賠償総額に関する交渉を始めたいということを申し出てきておるわけであります。
それは、現地の大使から電報で言ってきております。電報の往復があるわけでございます。
たとえば、インドネシアの場合は、これは一九五三年の十一月でございましたか、沈船の協定ができまして、これは正式調印までいたしております。しかも、それを五四年、あくる年の七月にはたな上げになっております。そういうケースすらございます。これの方はまだ正式調印はしておらぬということでございます。
権威と申しますか、要するにイニシアルを出すといいますときには、まだ全権委任状を示すとか、そういうふうなことをいたしておりません。実質的に話が進む、これが正式の、手続を経ますと、正式の合意になる、ですから正式の手続を経ておらぬが、実質的な話し合いがついているものとまあ考えます。
こういう例はたくさんございますが、要するにイニシアルということは、そのときにおいては、実質的な合意ができている、当事者の間に実質的合意ができておったのだ、それがその後都合によって正式に調印されないというわけでありまして、まあ権威があると申しますか、法律上は完全に死んでいるわけでございますが、その当時としては交渉当事者の間に意見が合ったということは事実でございます。こういう例はたくさんほかにございます。
法律的には全然効力はございません。 それからまあ沈船協定というものは、賠償の総額についての交渉は相当時間がかかるので、全然何もせずにほっとくのも悪いというので、これは各国ともやっているわけでございます。フィリピンともやりました、ベトナムともやり、インドネシアともやった。ところが、インドネシアはすぐあとになってこれをたな上げにいたしております、正式調印したものをたな上げにしている。と申しますのは、五四年の十一月にはすでにビルマとの話が賠償総額についてついております。それからまたフィリピンとの間には、大野・ガルシア協定と申しまして、五四年のたしか七月でありますか、そういう協定が、これもだめになりましたができております。それから五六年
私はそういう御要求があった記憶はございません。
あるいは何か事務的な間違いがあったかも存じませんが、われわれの方はだれもそういう御要求は受けておらぬと申しております。
二億五千万ドルは、先ほども申し上げましたように、二百二十五万ドルがきまらぬうちに向こうはすでに言っておるわけです。それで、そのときに、こちらは、それはとても大きな数字だ、こっちはもっとずっと小さい数字しか考えてないというようなことを申したわけです。それが合意議事録に残っているわけです。それから次に二億五千万ドルが出ましたのは、五六年の七月、この賠償総額についての交渉を始めましたときに、二億五千万という数字をもう一ぺん出した。