この何と申しますか、アメリカのICA資金でもって物を輸入いたします、そうしてそれを国内で売却する、そういうものが予算の中に入って参りまして、それが軍事費の何割かを占めております。そういう意味における数字というものは発表されております。
この何と申しますか、アメリカのICA資金でもって物を輸入いたします、そうしてそれを国内で売却する、そういうものが予算の中に入って参りまして、それが軍事費の何割かを占めております。そういう意味における数字というものは発表されております。
総計十一億ドルというふうな数字がございますが、これは経済援助の合計になるのじゃないかと私は思いますが、軍事援助の方は発表しない、極秘にされているというふうに報告されております。
私の方はこのICAの援助の数字は持っておりますが、直接の軍事援助というもの、これは物の形でも参るかもしれません、その点につきましては数字を持ち合わせておりません。
その通りでございます。
われわれの方は発表しておらぬと思っておりますが、調べて、もし出ておりましたら御報告いたします。
中華人民共和国も最近ははっきり書いております。そのほかに……ちょっと今思いつきますのは中華人民共和国、これが一番はっきりした例でございます。
中華人民共和国に対しまして出し始めましたのは、私もはっきりいたしませんが、すでに四、五年にはなっておるんじゃないかと思っております。それから北鮮につきましては、出しておらないんじゃないかと思っておりますが、ちょっと私の方の管轄でございませんので、これは移住局の方でございますので、あまりはっきり存じておりません。
北鮮の場合、確かに出しておらぬのじゃないかと思いますが、これは今までのところ、北鮮との往復というものはほとんどございません。まあ引き揚げ問題等にからみまして、赤十字が参りましたとかいうふうな事例はございますが、そのほかに大体今まで行かれた方は、過去におきましては、事実問題として行かれたというふうな方が多いのでありまして、北鮮は今のところほとんど政府が認めましての行き来というのはきわめて例外でございます。往来が多くなりますと、やはり実際問題として向こうの国名を書くというふうになってきているわけであります。
北ベトナムを正式に承認しております国は、ただいま仰せの通り十二カ国でございます。そのほかに事実上承認いたしております南と北を両方事実上承認いたしております国が、パキスタンとインドネシアとインドの三カ国でございます。その他の国は代表部を出しておるとか、総領事館を置いておるか、領事館を受けておるとかいうことがございますが、これらは正式の承認でもなく、また事実上の承認ともわれわれは思っておりません。そういう国といたしましてまずビルマ、これは南と北と両方から総領事館を受けておりますが、自分の方は出しておりません。カンボジアは南に対して代表部を派遣し、また南から代表部を受けております。北とは貿易支払協定を締結いたしておりますが、そうした代表部
一九五五年に国民投票が行なわれたのじゃないかと私は存じますが、当時バオダイ帝はフランスの方に参っており、ゴ・ディン・ジェムが首相をいたしておったわけであります。この関係がうまくいかず、それからバオダイ帝が国政を、何と申しますか、放棄したというわけでもございませんが、ともかくフランスへ行っておって、あまり熱心に仕事をしないというようなことで国民の中に不満もございました。そういう関係でゴ・ディン・ジェム、当時の首相がバオダイ帝を今後とも君主とするか、あるいは自分が大統領になって、そういう共和制をとるかということを国民投票に訴えた。その結果といたしまして、十月二十何日でございましたか、ゴ・ディン・ジェムの方が圧倒的な支持を受けまして、そこ
このベトナムの場合で申し上げますと、戦争が済みましたのが一九四五年でございますが、わが方の公館ができましたのがたしか一九五二年の末か三年の初めであったかと思います。そういうふうな実情でございまして、その後そういうふうに公館ができましたときに調査をいたそうといたしましても、すでに戦後相当に年がたっておるわけでございまして、調査もできないわけでございます。この点はほかの三国につきましても同様でございまして、やはり戦後の混乱もございますし、なかなか現地調査というふうなことは行なわれなかった次第でございまして、そういうことはできませんでしたが、いろいろと各方面の集められるだけの資料は集めるように努力いたし、またいろいろな方からいろいろなお話
沈船協定は一九五三年の九月十何日かに仮調印をいたしたわけでございます。その後わが方といたしましては、しばしばこれを正式調印するように督促いたしたのでありますが、先方ははっきりした理由は申しませんが、一九五五年の十二月に至りまして、これをたな上げにしたいということを申してきたのであります。 一つの理由は、この沈船というものは、もちろんこれはスクラップの当時の時価にもよるのでありますが、スクラップの値段がよければ、これを純然たる民間の契約によってやりまして、そしてなおかつ民間業者がこれを無料で引き受けて、なおかつスクラップ一トンにつきベトナム政府に対して何ドルか納めるというふうなことも可能であるわけであります、もしスクラップの値段が
東洋精機の問題につきましては、北ベトナムの方から休戦委員会に対しまして申し入れがあったことは事実でございますが、それに基づきまして、今、まだ休戦監視委員会が何らかの措置をとったとか、決定をしたとかいうことはございません。そのほかに日本関係のことで休戦監視委員会の問題になっておるものはございません。
ベトナムの場合も、先方が提出いたしました損害に関する調書から引用したものでございます。その点はほかの場合と性質の変わりはないと思っております。
一九五六年九月十八日に向こうが提出して参りましたエード・メモアール、この中の数字を抜粋しまして差し上げてあるわけでございます。
数字はこれを基礎にいたしまして、私の方で作業いたしましたものは、その最後の一年間の生産等を現在の時価に直してみると、石炭についてはどうなるのかとか、あるいはすずについてはどうなるのかと、そういうふうなものです。数字は先方から出しました数字の通りでございます。
戦争損害の資料として向こうが提出しましたものに対しまして、われわれの方で多少の計算をつけ加えたものとしてお出しいたしておりますし、戦争損害の資料になると考えております。
そういう工場とか住宅、港湾あるいは橋梁その他の損害額は正確な数字がつかめないので、そういういろんな戦争の直接損害の結果として起きたそういうふうな貿易とか生産の減退というものを、資料として出すのだということを向こうが断わっておるのでありまして、わが方といたしましても、そういう直接的な物的損害には資料がないのではっきりした数字がつかめないということでございます。
現地調査はいたしておりませんが、大使館が五三年でございますかできましたし、そのころから現地の実情は見ております。これは南に限られておりますかしれませんが。そのほかにまた、このベトナムにつきましては、終戦後もずっと内乱の状態が続いておりますので、実際問題としてそういう調査は困難であったと、こう思います。
破壊がありましたために生産が減るとか、やはり生産が減ったために貿易が減少するというのでありますから、直接ではありませんが、結果としてそういうものから私は損害はやはりわかってくる、われわれは何も直接の物的、物そのもがこわれたとかいうものだけを損害の対象というふうには考えておりません。