私は、先刻来申し上げまするように、与党、野党のいわゆる四者会談の申し合わせ事項の中にも、国会周辺におきまする集団的要請行動に対する規制措置を講ずべきことを申し合わせておるわけでありまするから、従って私自身がそういう提案をしたかどうか知りませんけれども、かりに加藤前議長のそういう提示がなくても、ぜひともこれはやるべきであったと、かように考えておりまするから、従って、少くともわが自民党としては何らかのこういう立法措置を講ずるように努力をしたと思います。
私は、先刻来申し上げまするように、与党、野党のいわゆる四者会談の申し合わせ事項の中にも、国会周辺におきまする集団的要請行動に対する規制措置を講ずべきことを申し合わせておるわけでありまするから、従って私自身がそういう提案をしたかどうか知りませんけれども、かりに加藤前議長のそういう提示がなくても、ぜひともこれはやるべきであったと、かように考えておりまするから、従って、少くともわが自民党としては何らかのこういう立法措置を講ずるように努力をしたと思います。
しばしば申し上げておりまするように、過去のいろいろな実情に徴しまして、ぜひとも国会周辺の静穏を保つための法律上の規制措置をとりたいということは、考えておったわけであります。たまたまそのときにおきまして、十一月二十七日の空前の不祥事態が発生したわけでありまするから、私の提案理由にも申しておりまするように、十一月二十七日のあの事件が契機となったことはこれは事実であります。しかし、かりに十一月二十七日の事件が起こらなくても、あるいはこの時点においてこのような法案を提出しておったかもわかりません。しかし、これは、はたして私佐々木盛雄が提案者となったか、わが党が提案者になったか、これはちょっと想像の範囲でありまするから、今そのことを明確に申し
御指摘のように、憲法第十二条におきまして「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」ということが書いてあります。また二十一条におきましては、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と書いてあります。私たちは決して「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」を全面的に抑圧しようというものではございません。むしろ憲法第十二条にありまする「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」かような立場から考えましても、特定の方法において特定の基準を設けて
国民の基本的権利にことさらに抑圧を加え圧迫しようというような意図は寸毫も持っておりませんよ。
むしろ事務的なことは事務当局に一つ参考意見を承っていただいた方がよくわかると思います。
公安条例の違憲判決につきましては今御指摘の部分も部分として事実あります。しかしながら、この違憲の判決が出ておりますのが、今日まで合計いたしまして、私が法務省において調査したところ九つあります。これに反しまして合憲の判決が出ておりますのが、最高裁におきまして四つ、高裁の場合におきまして十九、地方裁判所におきまして三つ、ここに私はリストを持っておりますが、私たちがこの立案にあたって国民の権利を非常に抑圧するのじゃないかという今のお説でありますが、新潟県の公安条例の場合に、これを合憲とした最高裁の大法廷の判決を読んでみましても、大体特定の場所とかまたは特定の方法について、合理的かつ明確な基準を設けて、あらかじめ許可をするというようなことは
東京都公安条例を違憲として判決をした理由というのは、大体こういうことではなかろうかと思います。それは、集団示威運動筆つい場所または漢を限定し、除外例を設けるなどの規制の対象を限定しなければ、事前抑制の一般的な許可制を定めたということは、これは憲法違反のおそれがあるということ、二つには、許可申請に対する拒否の基準が、公共の安寧というような、まあ一般的な抽象概念によっては明確を欠くのではないかという点、もう一つは、この不許可の処分をした場合においては、通知義務の規定がないということは、これは抗告訴訟の道が閉ざされておるではないか、こういうふうなところが、私は、大体違憲の判決になった理由じゃなかろうかと思っておりまするが、なお、一つその点
今、椿議員の御指摘のように、新潟県公安条例の場合はそうでありまするが、これは昭和二十九年十一月二十四日の判決であります。その後、東京都の公安条例について、集団行進及び集団示威運動に関する件につきましての判決が出ておりまするが、今も申しましたように、新潟県の場合が、二十九年の十一月の判決です。その後、東京都公安条例についての東京高裁の判決を見ますると、昭和三十一年七月、これは大日本印刷の事件でありまするが、これは確定判決でありまするが、合憲であります。三十二年の七月二十日、これは板橋岩之坂上事件というのでありますが、東京高裁においてこれまた合憲の判決が出ております。続いて昭和三十三年八月二十九日に、巣鴨事件というのでありまするが、これ
今御質問は、抑圧をするという表現でございまするから、私たちはそのような意思はありませんということを申しておるのでありまして、国民が持っておりまする基本的人権に影響する、そういう意味においては、確かにそれに関連する問題でありますから、それは当然のことであります。
御質問の前提に誤解がありはせぬかと思いまするが、ただいま御審議を願っておりまする国会の審議権の確保のための秩序保持に関する法律案というものは、何も新しく国民の権利に規制を加えようというものではございません。それは現に公安委員会が持っておりまする独自の権限を公安委員会の責任において発動してもらうだけのことでありまするから、私たちは、この法律によりまして、新しく何ら国民の権利義務に影響を与えるものであるとは考えていないのであります。
本法四条におきまする御指摘の「許可の取消又は条件の変更」を議長が要請することができるということは、議長が許可の取り消しや条件の変更をする権利を持っておるわけではございません。先刻来お話になっておりまするような東京都公安条例の第三条でありましたか、それによりまして東京都公安条例の中に含まれた権利であります。それを議長が要請するわけでありまするから、そのときに、議長の要請を受けた東京都の公安委員会が、第五条におきまして、「これに対し必要な措置を講ずるようにしなければならない。」と規定されております。この「講ずるようにしなければならない。」ということは、法律上の用語といたしましては、「講じなければならない」ということとは同一でないと思いま
議長から要請を受けた公安委員会が、議長の要請にこたえる措置をかりにとらなくても、それに対して議長が干渉する権利は本法によっては与えられておりません。
私、今の点につきまして、衆議院の法制局次長の見解も徴しましたが、やはり私が先ほど申したと同じ見解でありまして、「講ずるようにしなければならない。」というのは、決して義務づけではない。もし義務づけであるという場合には、「講じなければならない」と書く。これが立法例であるということでありまするから、私の先刻申したことは取り消す必要はないと思います。
今までの法律上の立法用語で、そういうことになっておるのが慣例だそうであります。もし詳しいことが必要でございましたら、事務当局からお聞きを願いたいと思います。
お説の通りであります。
当日は、議長は院内警察については要請をしたようでありまするが、院外のことにつきましては何らの要請もいたしておりません。
議長の要請が公安委員会の認定の基準になるというようなことはあるかと思います。
御質問の趣旨をようやく呑み込みましたが、第五条は、先刻来申し上げまするように、決して義務規定ではございません。しかしながら、国権の最高機関であるところの議長が要請されたことを、頭からそうないがしろに片っぱしから拒否するというものではなかろうかとは思います。しかし、法律上の立場から申しまするならば、決してこれが公安委員会に新しい義務を課するものでは全然ございません。
本法の有無にかかわらず、議長が公安委員会ないし警視総監に対していかなる要請をなさることも、それは御自由でありましょう。あたかもそれは、ちょうど私たちが緊急な事態が起こったときに一一〇番に電話をかけるようなもので、まあ露骨にいえばそういうこともできるわけであります。しかし、本法の中においても、しかも国権の最高機関の議長の立場において要請する権限が与えられたということは、これは私は単なる一一〇番に電話をかけるという場合とは事情が違うんじゃないかと思います。
院内の警察と院外の行動とは全く異なっておるわけでありまして、本法案は院外だけを目的といたしておりまして、院内の要請は本法案の要請によるのではなくして、国会法によって従前通りに院内の警察権に基づいて行なう場合である、この場合は、派遣の要請の義務がございまするけれども、今度の場合におきましては、国会の内部の模様が一番よくわかっておる両院の議長が……。おそらく外部におったのでは、それこそほんとうにわからないと思います。国会の公正なる審議がいかに阻害されておるかということは、外部の警察官にはわからないわけなんです。従って、内部の事情に最も精通しておる議長に、適宜この要請をする権限を与えたということは、義務づけではなくても、議長の要請につきま