不審船というようなものに対する対応の第一義的な責任は海上保安庁にあるということなんですが、長官、率直に言って、今の海上保安庁の能力として、こういう不審船に対する第一義的な責任をちゃんと果たせるだけの能力があるというふうにお考えですか。
不審船というようなものに対する対応の第一義的な責任は海上保安庁にあるということなんですが、長官、率直に言って、今の海上保安庁の能力として、こういう不審船に対する第一義的な責任をちゃんと果たせるだけの能力があるというふうにお考えですか。
海上保安庁が第一義的な責任を持ってこういうものに基本的に対応するということが当然で、その力が足りなければその力をもっと強める必要がある、これは当たり前のことだ、私たちはそう考えています。 同時に、海上保安庁が基本的に対応できる、対応しなきゃならぬものについて、今度は自衛隊の中にも特別警備隊をつくって対応しなきゃならぬという問題について、防衛庁長官、なぜこういう対応が必要なのか、説明してください。
しかし、そういう能力は、もともと海上保安庁が磨いている能力のはずでしょう。自衛隊にないものをわざわざそういうことをしなくても、海上保安庁の能力を強めればいいということになりませんか。
では、ちょっと法律的に検討してみようと思いますけれども、政府は、昨年の三月の不審船に対する対処で、これまで一度も発動されなかった海上警備行動を初めて発動したわけですね。自衛隊法八十二条、これは、「海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、」海上警備行動を発動できるというふうにしているわけです。 政府が、この不審船事案が海上警備行動の発動要件を満たしていると認定した具体的な根拠は何だったのでしょうか。「特別の必要がある場合」。
去年の三月の時点で、それまでに不審船の事案というのは十八件あったというふうに海上保安庁から報告があったわけです。そしてその中では、例えば日向灘沖のように、海上保安庁が追跡したけれども全部逃げられてしまったというケースも現実にはあったわけです。そしてその間、一度も海上警備行動というのは発動されていなかったわけです。去年のあの事案に対して発動されたその特別な理由は何かということです。
当時の野呂田長官は、その船が日本の船籍を偽っていて、とんでもないことだったとか、あるいは逃げ足が早くて海上保安庁の警備艇では追い切れなかったからだとかいうような説明をなされているだけなんですよ。実際には、海上警備行動の発動要件というのは、これまでの政府の答弁だと、有事が近くなって、不審船舶によって我が方の海上交通が著しく阻害される場合、あるいは海賊的な行為が頻発するようなことがあって、我が国国民の生命財産を守る必要があるときに、海上保安庁の手に負えなくなるような事態に、内閣総理大臣の命令を受けて出動するという答弁をしているわけですね。 つまり、海上交通がそこらじゅうで著しく阻害されてとか、海賊行為が頻発しているとか、だから海上保
要するに、去年の時点で今までとは言ってみれば解釈を実質上変えたということにならざるを得ないということだと私は思うんですね。それはいいです。いずれにしても、もう時間が来ましたから終わりますけれども。 いろいろ不規則発言も上がっていますけれども、確かに、ああいう不審船が来た場合に、捕まえて、そしてもう二度とそういうことができないようにきちんと調べてということをやりたいという国民の感情も、それは当然ですよ。しかし同時に、私が言いたいのは、今日本の周辺の国が、至るところの国が日本にどんどん不審船や工作船を派遣して、日本の様子を探っている、どの国か捕まえてみなきゃわからないなんという国民の意識じゃないんですよ。大体あんなことをやるのは、あ
そういうことをやるべきだということを申し上げて、私の質問を——伺いましょう。
不審船への対応は、軍事的な対応だけに限られない対応があるんだということを私は最後に申し上げて、質問を終わります。
私は、日本共産党を代表して、防衛庁設置法等の一部を改正する法律案に対し、反対の討論を行います。 本法案は、防衛計画の大綱や新ガイドラインに基づき、周辺事態等における日米共同対処態勢を構築するための一環として、自衛隊の部隊と体制を改革、再編し、機能を強化するものであり、反対であります。 第一に、陸上自衛隊として初めての空中機動旅団を構築する第十二師団の改編は、ヘリ部隊の重点配備などによって空中機動性を強化することで、周辺事態を初めとする多様な事態に即応し得る陸上自衛隊への改編を進めるものであり、容認できません。また、陸上自衛隊の部隊の運用等に関する調査研究を一元的、総合的に実施するための研究本部が新設され、そのもとでNBC、核
日本共産党の佐々木陸海です。 最初に、私も、秀島一佐にかかわる不祥事の問題について質問をしたいと思います。 この不祥事が他の省庁の不祥事と性格を異にしておりますのは、武器の使用、管理という問題にかかわっているという、この点であります。自衛隊は武装した集団であって、この武器の管理という問題は、自衛隊自身にとっても極めて重大な問題であろうと私は考えます。きのう防衛庁に伺ったところでも、武器の管理は極めて厳格に行っている、そして、小銃の実包一発一発に至るまで行方をあいまいにしない厳格な管理を行っているつもりだという話を伺いました。 当然そうあってしかるべきだと思いますが、これは、現在そうであるというだけでなくて、この事案が発生
聞いていることに、端的に一言お答え願えればいいんです。 自衛隊では武器の管理を非常に厳格にやっていて、小銃の実包一発一発に至るまで行方をあいまいにしない管理をやっているんだ、今もやっているし、九四年当時もそうやっていたのですねと長官にお聞きしているわけです。イエスかノーでいいんです。
ところが、この秀島一佐の事案に関しては、起訴事実などを見ますと、小銃に関してだけ言っても、実包四百発を三人の民間人に、その文書によりますと譲り渡した。つまり、彼らの使用にゆだねたということが書かれているわけです。一発一発もあいまいにしないはずのものが、四百発も民間人に渡されて、そこで使われたのか、あるいは半分使って半分持ち帰ったのか、半分返したのか、それは全然わかりませんよ、発表になっておりませんから、しかし、四百発も譲り渡されていたという事実が書かれているわけです。 ですから、一発一発あいまいにしないなんという建前は建前だけれども、実際にはそんな単位で、一佐という立場の人でしたけれども、自由に民間人に譲り渡したりするようなこと
では、もう一つの問題です。 昨年の十一月二十二日に、航空自衛隊のT33A練習機が入間基地へ帰る直前に、住宅地域近くの河川敷に墜落をいたしました。年間訓練を消化中のパイロット中川尋史一佐と操縦教官の門屋義広二佐が死亡し、送電の幹線を切断して、東京都と埼玉県の八十万世帯が停電するという大きな被害を出しました。防衛庁は、この事故の後、調査委員会を発足させて、墜落事故の原因究明に当たるとしてきていたはずですが、現在調査はどの程度進んでいて、いつごろその結果を公表なさるおつもりでしょうか。長官にお聞きしたいと思います。
報告の取りまとめに入っているというのですから、そんなに時間かからずに発表していただきたいものだと思います。 T33は住宅地からわずか五十メートルの地点に墜落して、一歩間違えば大惨事につながりかねない事故であった、明白であります。入間基地を抱える狭山市の町田市長は、入間基地の司令に対して、「市は、市民の生活と安全、生命と財産を守る立場から、基地に対して、事故の原因究明を早急に行うとともに、安全飛行の徹底を強く要望する。 特に、原因究明と納得のいく説明が得られるまで、航空自衛隊入間基地における航空機の飛行自粛を要望する。」と申し入れています。入間市の木下市長も、事故原因の究明がされるまでの間、基地における訓練飛行の中止ということを申
地域の住民の問題を本当に考慮すれば、そういう態度ではなかなか納得されないということを申し上げておきたいと思います。 T33の事故の原因について、三月三十日付の東京新聞は、空幕は墜落原因について、燃料漏れに電気系統から引火したものだと判断したということを報じていますが、これは間違いありませんか。なぜ燃料漏れのような初歩的な事故が起こったのか。長官、いかがでしょうか。
先ほど二名のパイロットが亡くなった経過についても長官、述べられましたが、二月二十八日付の東京新聞は、二名のパイロットの死亡原因について、「緊急脱出時、衝撃で即死」と報道しています。そして埼玉県警等から取材した内容として、二名のパイロットが射出座席で脱出する際に、体重の数十倍に当たるすさまじい衝撃を受けて即死したということを報じております。 私たちがT33のパイロット経験者から聞いたところでは、体重の数十倍に当たる衝撃をこう頭から受けるというようなことは、何らかの原因で、先に脱落すべき風防ガラスが脱落しなくて、それに頭をぶつけたということくらいしか考えられないという話を聞かせてくれました。 そうだとすると、脱出がおくれたという
今私が申し上げたようなことも可能性として否定はされなかったと思いますが、それはもちろんきちんと発表されたもので確認できることだと思います。 我々、先ほど申し上げましたように、T33練習機で訓練を受けてきたパイロットの方々からさまざまな問題をお聞きしました。 T33Aというのは、完成後半世紀を経ているジェット機であります。原型機であるF80戦闘機は、第二次世界大戦中の一九四四年一月、ちょうど私の生まれた月でありますが、これに初飛行したアメリカで三番目のジェット戦闘機で、極めて古い設計の機体。今日では安全性についての考え方も、当然当時の設計ですから相当おくれている。 T33の搭載エンジンは、現在のジェット機にはもうほとんど見
いずれにしても、私たちから見ても、専門家ではありませんけれども、T33Aの墜落事故は複合的な故障やふぐあいが重なって起きているのではないか、その背景には半世紀もたった機体の老朽化があるのではないかということを疑わせるものであります。 現に、墜落機や今運用のために残されている八機のいずれも、米軍から一九五四年から五五年に無償供与されたもので、部品の製造も終了してからかなり年月がたっているために、修理のときには、廃棄対象になっている別のT33の機体の部品をとってきて使う、これを共食いというそうでありますけれども、そんなこともやられているという話も聞きました。 つまり、耐用年数の終わった機体の部品をつけているわけですから、今、耐用
という状況なんですね。 九九年の十二月二日付の朝雲で、かつて防衛政務次官をやったこともあり、T33に搭乗した経験のある土屋埼玉県知事が、「まだあの航空機を使っていたとは…」と言っています。それから、同じ号の朝雲の「寸言」では、自衛隊のOBの話として、「事故機がT33だったのに驚いた。今も同機が飛び続けているのを知らなかったからだ。何しろ空自発足直後、米軍から供与された最初のジェット練習機なので、とっくに姿を消したものと思っていた」と驚きの声を上げています。 耐用年数がまだ残っているからというようなことを理由に引き続き運用するというようなことは、もう私は言語道断と言ってもいいんじゃないか、常識から外れているんじゃないかというこ