調達本部は、そういういわゆる商行為を自由に独自にできるという建前をとっているのかどうか、という問題なんです。
調達本部は、そういういわゆる商行為を自由に独自にできるという建前をとっているのかどうか、という問題なんです。
どうも今の質疑応答ではっきりしないのですが、吉田・アチソン交換公文は存続をするのだというふうなことをお答えになっておりますが、申し上げるまでもなく、この交換公文は安保条約の署名に際して取りかわされた交換公文であります。それが存続をするということは、形式的にそのまま存続をするということになるのか、ただ、先ほどのお話の通りに、その精神が存続をするということなるか、もし条約の体裁からいえば、その精神が存続をするのであるならば、必ず新しい新安保条約と同時に、同じ趣旨のものを盛り込んだ交換公文が取りかわされなければ、完全なこの趣旨を遂行するということにならないと思いますが、まず形式的なその点をお尋ねをいたします。従って、アメリカから、アメリカ
そこが非常な重大な問題だと思うのですが、事前協議の問題と、事前協議を前提にする限りは、さきの吉田・アチソン交換公文は、事前協議を前提にする限りは完全に矛盾をしたものであって、そういうことは成り立たないはずのものだと思うのです。その点は後ほど内容的にさらにお尋ねをして参りたいと思っておるのですが、従って、今おっしゃるように、これは新安保条約の締結に際して、新しいもしそういう趣旨を何とかお考えになるのならば、新しい交換公文をやられる以外に問題はないし、どうも今のお言葉によると、新しいものをおやりになるようにしかとれない、それがほとんど確定的なことじゃないのかと、こういうふうに思います。しかも、もしそういうようなことをおやりになるのならば
それならば、そこではっきりなったことは、この交換公文の扱い方に関する限りは、まだ完全な意見の一致を見ていないのだ、少なくとも今向こうのアメリカの大使館が報じておることが、新しいものを取りかわすというのがほんとうであるか、新しいものを取りかわすかどうか、とにかくこの問題は未解決のままなんだ、これが今問題になっておるのだということだけは間違いのない事実として確認をしてよろしゅうございますか。
その点はきまっておらない、そこが非常にはっきりしておると思いますが、それでは形式的な問題は、さらにもっとあとで追及をすることにして、内容の問題に入りますが、先ほどから吉田委員の質問に対して事前協議の問題は国連軍をも対象にし得るのだ、これをひっくるめて事前協議の問題を考えているのだというふうなお話でありまするが、一体あなたは、それじゃこの交換公文なるものをどういうふうな、趣旨、どういう内容のものであるとお考えになっているのですか。これを正確に読めば、そういうことが事前協議の問題と全く矛盾をすることが非常に明瞭だと私は思うのですけれども、どうも私が勘違いをしているか何かわからないので、一応まずそこから御説明を願いたいと思います。
いや、その吉田・アチソン交換公文の内容、趣旨、何を規定しているかということをお尋ねしているのですよ。それを読めば、事前協議なんという問題が問題にならないことはあまりにも明瞭じゃないか、この内容、規定から言って。これがどうもその事前協議の対象になり得るということをこっちが主張し、さらにアメリカがそれを了承したなんということは、私には毛頭考えられないことなんですが、こっちが主張されること自体がまず第一に間違いだし、それから、かりにこっちから主張されたにしても、アメリカがそういうことを了承する必要はないと私は考えるのですが、しかし、この点はその両方をはっきりしていただきたいことと、さらにそれを明瞭にしていただくために、一体、交換公文は内容
そういう答弁になると、もっと問題は重大な問題になってくるのですよ。在日米軍が、ある場合には国連軍になり得るのだというようなふうにお考えになれば、在日米軍がもう全部同時に国連軍なんだということになるわけなんですね。一体、国連軍とは、今、朝鮮事変に関連をして、国連軍とは何ぞや、内容的にどういう装置、配備になっているか。従って、在日米軍とそれから国連軍との関連いかんという内容的な問題は、これから後ほどさらにいろいろお尋ねをしようと思っているところですから、その点はもっとあとへ譲りますが、しかし、外務大臣がそういうふうにルーズにお考えになっていれば、これはさらにもっと非常に重大な問題になってくることだけは、あらかじめ申し上げておきます。それ
それならば、今お話のように、国連の安保理事会の決議あるいは総会の勧告等によって国連の統一司令部が設置されて、それが軍事行動をやるということが第一にはっきり決議をされ、勧告をされてきておることが第一点、その場合に、日本は施設及び役務をこれらに提供をして、軍事行動を支持し、援助するということが第二点、それが非常にはっきりしておると思うのですね。それならば、そういう行動を支持し援助する場合に、日本が、それに対して━━国連軍自体の作戦行動その他について━━いろいろな意見を差しはさむ等々をすることができるのかどうかという問題なんです。そういうことは全然できないという建前をもってこの国際連合統一司令部なるものができているのじゃないか。国際連合統
そうじゃなくて、これにはっきり書いてあるように、国連軍は朝鮮における軍事措置をとることができるのだ。その軍事措置をやる場合に、日本は基地なり役務を提供をするのだということが書かれているんです。これが趣旨じゃないですか。それなのに、事前協議をして、それをこの場合には出さないとかこの場合には出すとかいうようなことは、もはやこれでは完全に封ぜられておるということです。従って、これはなるほどその安保条約にそういう事前協議その他のことが考えられていなかった時代であるから、あるいはこういう交換公文もなされたかもしれませんけれども、今度新条約においては事前協議その他の条項を入れられるというのだから、入れられるならば、こういう形での交換公文なるもの
いやそこはちっとも説明になっていないんです。一体在日米軍はどういうものがいて、そのうちのどれが今は国連軍なのか、まずそこからお聞きしましょう。
お話のように、朝鮮に主力部隊があり、第八軍、これが今国連軍として向こうにおると思いますね、そうしてその国連軍の司令官が京城におる。この第八軍の一部補給隊が日本の座間にいて、司令官ターレイ少将の指揮下にいるのが、これが本来の意味の在日米軍の国連軍ですね、そこのところははっきりしておりますね。それからもう一つ、今、局長がおあげになった極東におけるアメリカの戦術空軍、このうちの第五空軍、これは今のお話では国連軍だとおっしゃいますが、どうなんですか。
立川における一部というのは、今おっしゃった第五空軍の主力、これが立川におりますね。
タイの輸送隊というと、それはそれでは第八軍の輸送関係の部隊を言っておられるのですか、第五空軍の輸送関係を言っておられるのですか、どっちですか。
それならば、その韓国における国連軍なるものは、どういうものがあるというふうにお考えになっておりますか。
今お話のように韓国には現在米第八軍を主体として、あとはほんの名目的な雑部隊が、外国のものがいる。これは第八軍が主体となって、マグルダー大将の指揮下にあるのが第八軍、そうしてこれが国連軍を名乗っておる。ところが、私があなたのお話でわからないのは、第五空軍に付属しておるところの日本の立川の輸送部隊もまた国連軍だとおっしゃるから、それは私の理解によれば第八━━アメリカの極東戦略における戦術空軍の一部隊、第五空軍、この指揮命令系統は私はマグルダーとは違うのだと思うのです。従って、そこのところをはっきりまず国連軍とは何ぞやということを、韓国において、日本において、はっきりさしていただきたい、こういうことを言っている。それが明瞭でないのです。
そこのところが実は私にははっきりしないので、第五空軍の主力は京城に置いて、日本、台湾、沖縄に散開をしているのが例の戦術空軍━━第五空軍だと思うのです。これがしかし京城に主力を置いておるので、一体これの指揮は、私はおのずから別だということははっきりしておるように思いますが、これが一体国連軍かどうかということがよくわからないのですが、先ほどのお話によると、外務大臣なんかによると、日本における在日国連軍なるものは、今申し上げたように私のあれでは、第八軍のごぐ一部の輸送部隊だけが、これは国連軍、従って、この国連軍の配備、装備に関して問題が起きたときに、これも事前協議の中に入るのだとおっしゃるけれども、先ほどのように交換公文によれば、少なくと
ハワイの指揮下にあるから国連軍の指揮下にあると言われるのですか。
時間がないそうですから、私はこれでやめますが、非常に重要な問題ですから、問題はあとに残して、来週早々に一ぺん総理大臣、防衛庁長官をお呼び願って、それらお三人突き合わせて一つ審議することを要求をしておきます。
ちょっと今の点について。今の賠償に切りかわる問題ですが、先ほどからのお話によりますと、それじゃコンサルタントとしては、むしろコマーシャル・べースで開銀あたりでやった方が、建設その他も、時期その他から見て、期間その他から見てスムーズに、しかも、円滑に進む、同時に、あなたがお話し合いになったところでは、輸銀も、従ってまた、政府もそれが可能だというふうには大体その当時はお互いに了解ができていた、こういうふうに考えておいてよろしゅうございますか。
世界銀行では不可能だというようなお話がありましたね。これはどういう意味なのか。それから、この問題については、アメリカ側は、直接にICAなりなんなりで技術協力なり経済援助の形で出てくるというような気配なりなんなりはその当時なかったのかどうか。その辺をどうお考えになりますか。