詳しい報告書はあとでいただきますが、ここで主要な問題になったこと、それからそれに対してジュネーブ会議の共同議長がどういうふうな連絡を受け、どういう態度をとり、どういう意見を述べたか、それらの点についての事情を御説明を願いたい。これから入っていく問題に非常に重要な関連がありますので。
詳しい報告書はあとでいただきますが、ここで主要な問題になったこと、それからそれに対してジュネーブ会議の共同議長がどういうふうな連絡を受け、どういう態度をとり、どういう意見を述べたか、それらの点についての事情を御説明を願いたい。これから入っていく問題に非常に重要な関連がありますので。
その一々の報告書の内容の問題については後ほど触れます。監視委員会自体についてはその程度にして、次に移ります。 そうしますと、ベトナムに対して先ほどお話がありましたようにフランス軍が完全に撤退をして、そのあとにアメリカの軍事顧問団、その他の軍事的の指導といいますか、支配というのが全面化しているわけですが、そのゴ・ディン・ジェム政権とアメリカの関係をもっと具体的に明瞭にするために、一体アメリカからゴ・ディン・ジェム政権あるいはそれになります二、三年前から南ベトナムに対してどういう援助がなされ、どういうふうな結果をもたらしたかということについての御説明を願います。
ここ数年間のアメリカのベトナム援助特に経済援助にどれだけいったか、それから今の軍事援助にどれだけいっているか、それらの点についてもっと数字をあげながら、もう少し詳しく御説明願います。
軍事援助も実績だけはずっと発表しているでしょう。
いや、そうでなくて、そういうICA援助がベトナムの予算の中に占める比率という問題でなくて、アメリカの軍事援助自身が幾らあるかという、ベトナムに対して、実績としては、国会に出していると思うのですが、それははっきりわかりませんか、今のその経済援助と対比して。
いや、それはよく普通に通常いわれるアメリカの対ベトナム援助、一九五四年から一九五九年の六年間で十一億四千三百万ドル、そのうちにラウンド・ナンバーにして軍事援助は六五%、これは普通の新聞や雑誌でもいつも引かれる数字です。国会のここで責任者にお聞きするのはそうでなくて、各国別のあれは国会ではっきり出しているはずですから、その数字から見て過去数年間において、今お述べになった経済援助に対する軍事援助がどれだけになっているか、こういうことをお尋ねしている。
そのICAの援助というのはさっきあげられた経済援助のことですね。
それでは今数字をお持ち合わせになっておらないので後ほど正確に、それは発表をしないのかどうか、私の記憶では、私ちょっと調べたのでは、過去の実績に関する限りはずっと各国別の軍事援助費を出していると思いますが、それを改めてお調べ下さってさらに次の機会に御答弁を願いますが、いいですね。
これからMAAG、TERM等の援助の具体的な問題に入って参ります。それと日本の財界なり技術協力の関係をお尋ねをしようとしておりますから、あらかじめ申し上げておきます。
午前中ジュネーブ休戦協定、あるいは最終宣言等についていろいろお話を聞いたのですが、とにかくあれによって両方通じていることは、武器や戦争資材の増強をやらない、軍事基地化をやらない、兵員の増強をやらない、そして平和的な解決の方向をさらに積極的に進めるということを各国が申し合わせ、各国がそういう心がまえで今後やっていくということになっておると思うのですが、この点については藤山外務大臣も考え方は同じであるし、もっと平和憲法、平和外交を主張される藤山外務大臣としてはさらにそれを積極的にお考えになっておる、こういうふうに考えてよろしうございますか。その点に対する大臣の御所見をまず伺いたいと思います。
この点はあの協定、最終宣言には今お話のように直接に日本が参加をしておりませんが、心がまえとしては、態度としては全く同感だという御意見、その通りだと思いますが、さらにバンドンのアジア・アフリカ会議においても同じ南北の問題が出て参りました。そのときにあのバンドンのアジア・アフリカ会議には、藤山外務大臣も当時全権団の顧問としていらっしゃったし、私も同じように顧問として御一緒に参りましてつぶさにあのときの状況を見聞をいたしておったから、この点は外務大臣もはっきりしておると思いますが、あのときには南北両ベトナムをおのおの一つの単位としてこれを招請をして、相互にいろいろな論議をしてもらった。そのときにやはり一番重要な問題は、南北分かれていること
あのときに例の有名な平和五原則が打ち出され、平和的な共存、すみやかなる統一という問題が出され、そうして少なくともすみやかに休戦をしなければならないという空気が、アジア・アフリカ諸国の一致した願望で、その決議が起きてそれがきっかけになって、先ほどから問題にいたしておりますジュネーブ協定ができたという経緯であったと思うんですが、あのときに一番重要に論ぜられた、特にベトナムの問題を中心にして、一番具体的に問題になった点は、何だったというふうに外務大臣はお考えになりますか、御記憶になっておりますか。
特にあのときに非常に問題になりましたのは、御記憶に新ただと思うんですが、平和共存、従って武力を使わないで、平和共存をする、そのためには休戦をしなければならない、そのためにも、それからその後平和的な統一をするために、植民地主義に対しては絶対に反対だ、従ってまた帝国主義に対しては反対だ、その帝国主義は古い形の帝国主義であろうと、新しい何らかの形による帝国主義であろうと、他国を経済的に政治的に、さらには特に軍事的に支配をし、圧力を及ぼし、特に支配をし、そういうものを育て上げるということは、絶対にやるべきでないということで、しかもその新しい帝国主義とは何ぞやということで、いろいろ論議がありましたが、これは具体的な名前は出しませんでしたけれど
その点を非常に明瞭に御記憶になっているので、そこで外務大臣にお尋ねをするのですが、アジア・アフリカ諸国のそういう空気であったにかかわらず、最近の情勢は、特に今、南ベトナムに限って問題を申し上げますが、南ベトナムにおいてはそうでない、新しい帝国主義というような形の事態が進みつつあるのじゃないか、というふうな感じが非常に強いのですが、その点は外務大臣はどういうふうにお考えですか。
それをどう認識するかが今後の問題を扱う上において、非常に重要なことでありますが、それでは具体的な事実について一つ一つお尋ねをしていきますが、先ほどベトナムに対しては、フランスにかわってアメリカが軍事顧問団その他を出して参っておりますが、そのアメリカが大体後退して、この四年間くらいの間に、ベトナムのいわゆる国防軍、常備兵力というようなものがどういうふうに形成をされてきたか。その点の御説明をまず願いたい。
先ほどの二十四万というのは、正規軍で二十四万ですか。
それでは、この点はもう少し正確に、終戦のときに、それがどうであったか、それから今お話のように、その後四年間に、どう形成されて、現在はどうなっているか。これはある意味では、非常にわかりにくいあれかもしれませんが、概括的に、常識的でよろしゅうございますから、あとからでもいいですから、一応お調べになって、報告して下さい。
それから、やはりアメリカに支配が移ってから、飛行場の建設、あるいは軍用道路の建設が非常に大規模に進められつつあるということがいわれておるのですが、この点を、どういうふうにお考えになっているか、実際はどうだという調査になっているか、それをお聞きしたい。
軍用道路。
その情報の出所いかんによって、いろいろ数字が違ったり、模様が違ったりはいたしておりますが、しかし、その相違は別として、基本的な方向なり傾向は、軍の装備増強がなされておる。それから飛行場の新建設、軍用道路の建設が、非常に積極的になされているという事実だけは事実としてお認めになる以外にないんじゃないかと思うのですが、その点に関連して、一体ベトナムに限らず、アメリカは、外国に対する援助ということを、それの目的を、どういうものと考え、どういうふうに進みつつあるか、これは、ベトナムでも同じですが、その他の東南アジア諸国でも同じ、これを外務大臣、どういうふうに理解しておられますか。