併し自由世界の防衛力の増強ということは、いつも言つているように、そしてこの間のアリソン大使がダレスの言葉を引用して言つているように自由世界の集団的保障のためにやるのだという考え方だろうと思う。そうだとすればやはり日本が自国のための防衛だけでなくして、自由世界の集団的な自衛権といいますかそういうもののためにも増強をするのだ、その義務を負うのだという意味になるのだと思うのですが、その点はどうですか。
併し自由世界の防衛力の増強ということは、いつも言つているように、そしてこの間のアリソン大使がダレスの言葉を引用して言つているように自由世界の集団的保障のためにやるのだという考え方だろうと思う。そうだとすればやはり日本が自国のための防衛だけでなくして、自由世界の集団的な自衛権といいますかそういうもののためにも増強をするのだ、その義務を負うのだという意味になるのだと思うのですが、その点はどうですか。
その点はどうもよくわかりかねますが、私はもつと違つた意味だと思うのですが、その点は他の機会に譲ります。
自国の防衛力増強の義務を新たに負うということになつて、それは安保条約では義務を感じていなかつたのに今度の協定を結び援助を受けることによつて新らしく義務を負うことになるのだというお話だつたと思いますが、それはそういうふうに解しておいていいのですか。
協定がどういう形になるかわからんとおつしやいますが、併し協定を結ぶ第一歩としてのこの間のアリソンのあいさつでは援助を与えるとすれば当然義務を負わなければならん、こういうことを明言しておる。それから援助を受けないとすれば問題はないのですが、受けられるとすればそれは当然義務として受けられることになるのではないか、その点はどうなんですか。
そうするとこの間のアリソンのあいさつというのはただ単にMSAの解釈、講義をしただけであつて日本に具体的に適用される場合にどうなるということを説明されたものじやなくて、日本で協定を結ぶ場合には別なこともおのずから考えられるのだというふうにお考えになつておりますか。
それならば協定の場合にも必ずしもああいつた義務を負わなければならんということもないのだ、これは時期の問題だと考えておいていいのですか。
それからもう一つの問題、次の問題からお尋ねしますが、アリソン大使はこの間、前の日本からの質問に答えた答弁の中では、仮にそういう協定を日本と結んだとしても、或いは援助を日本に与えたとしても、安全保障条約で負わされた義務以上のものは要求をしないのだ、こういうことを言つたと思うのです。ところがそう言つておきながらこのあいさつの場合には先ほどから言つているように、日本に援助を与え日本と協定を結ぶ場合にはそういう安保条約になかつたような新らしい義務を引受けなければならないということを言つている。前後非常に矛盾していると思うのですが、その点は外務大臣はどういうふうにお考えになりますか。
今のその軍事的援助の問題ですが、その点は軍事的義務は安保条約において引受けた義務で足りるのだということをあの答弁の中でアリソン氏は言い、更にこの間のあいさつの中にもその点は、軍事的義務を履行するということは安保条約の義務でいいのだ、併し日本が引受けることになれば次の義務として追加的な義務をここに規定しているわけですね。そういう意味ではMSA援助を受けることにはそういう新らしい義務が生ずると、アリソン氏は少くとも考えているのだというふうに考えておいていいのですか。
修正された予算の経緯或いは内容についての御説明を伺うというふうな委員長のお示しのようですが、その修正されている予算なるものの性格が我々にははつきりわかりませんので、先ずその点から一応はつきりする質問をお許し願いたいと思います。
性格をはつきりしなければ、この問題は非常に重要な問題であると思います。我々予算委員会としては、その性格を明瞭にした上で、内容なり何なりのお話を聞くので、それでなければ、我々がそれをどう扱つていいかということはわからないので、そういう意味で非常に重要な問題であります。殊に予算委員会として、そういう問題を不問に附しながら、うやむやのうちにそういう問題を取扱うということは、予算委員会の権威にかけても絶対に承服し得ないところであると思いますので、是非私の最初の提案通りにお取扱いを願いたい。
私の性格を究明しなければならんという意味は、それを究明しなければ誰がここで説明すべきかということもきまらないのだと思うのです。その性格を規定することなしに、どなたが御説明になるか知りませんけれども、我々は説明者自身についても問題があるのです。その性格だけは一応あらかじめはつきりしておいて頂きたいと思います
それは先の理事会で明らかにきまつたことだからやれとおつしやるのですか、この間の理事会できまつたから……、(「今の理事会だよ」と呼ぶ者あり)我々はそういうように了承しておるのではないのです。この間の理事会の考え方がおかしいから改めて議を練り直して欲しいということで、何か理事会で訳はわからんけれども、とにかく事実として一応聞いてくれというお話だつた。それならば私どもはまあ事実として拝聴しようと言うのです。それを又先の原則の問題に返して、先にきまつたことをやるのだということなら、改めて開き直つて議論をしたい。
先ほどのMSAの援助を受けたとして、その場合に日本が引受けなければならない義務が何であるかという問題ですが、どうも先ほどの御説明ではよくわからないのですが、昨日のアリソン大使のあいさつによると、これらの義務は相互安全保障法第五百十一条(a)項に明文があるとして、そうしてそれらの義務は日本が国連の参加国となつた場合には当然に引受けなければならない義務であるとは言つているのですが、そこで言う義務なるものはずつと、五百十一(a)項の六カ項目に亘る義務、それを全部説明していると思うのですがそういうふうに了解していいのですか。
そうするとそれらの義務の中で、それでは一つずつお尋ねしたいと思うのですが、第一に国際協力の義務を述べていると思うのです。そこでその場合に国際間の理解と親善の増進、国際平和維持への協同、これが五百十一条(a)項の第一。第二の国際情勢の緊迫の原因を除去するために相互に合意される行動をとるという点。それらを義務付けるというふうに言ついるのですが、そういうものが協定によつて義務付けられるとした場合に、日本の外交政策の自主性というようなものは傷つけられないとお考えになるかどうか。日本の外交の自主性と今のそういう義務との関係をどういうふうにお考えになりますか。
それならばもう一つお尋ねしますが、国際間の緊迫の原因を取除くために相互に合意した行動を取るということを言つておりますが、今日本がMSAの援助を受けたとした場合に考えられるそういう義務の内容、行動の種類というようなものはどういうものだとお考えになつておりますか。
それならばもつとその点を具体的にお尋ねしますが、例えば今後日本が対ソ対中共の政策の転換を図る、そうしてこれらとの間に親善関係を結び、更には講和条約なり何なりを結ぶというような意味での大きな政策転換を図るというようなことも今後考えなければならないと思うのですが、そういう方向に転換する場合には、若しMSAの援助を受けて国際協力の義務を、特にアメリカとの協力の義務を負わされて行くという場合には、そういう外交政策についてはアメリカ側と協議をするとか、或いはそれの了解を得るとかいうなことが必要だとお考えになるのかどうか。
いや、アメリカの考え方によれば国際間の緊迫の原因を取除くためにはむしろ防衛力の増大をするということが必要だ等々のことを主張するのじやないかと思うのです。そうだとするとそういう条約上の義務を負うとすれば、対ソ或いは対中共政策を今私が言つたような方向に転換をするというようなことは、それはアメリカ的な考え方から言えば逆行するごとになりやしないか。そういう場合に条約上の義務と日本の外交政策の自主性とはどういう関係になるか。
それじやその国際協力の義務ではないかも知れんという問題になると思いますから、次の問題に移りますが、この防衛力増強の義務は昨日の説明によると、「合衆国が一方の当事国である多数国間若しくは二国間の協定又は条約に基いて自国が受諾した軍事的義務を履行する」という例の(3)項が上げてあると思うのですが、この場合に昨日の説明によると、安保条約においてすでに引受けた義務でいいんだ、これは六月二十六日の書簡にもそれはつきりしているというふうに説明をしているようですし、更に岡崎大臣自身もそういうふうなあいさつをしておられると思いますが、ところがすぐそれに引続いて、然るに次に、自国の防衛力と自由世界の防衛力の発展と維持のために、自国の政治的経済的安定と
別のものではあるが、その義務も勿論負うということを言つているわけでしよう、向うで。その義務なるものは安保条約では負うているとお考えになつているのですか。
それならばもう一つお尋ねしますが、安保条約で負つている義務というのは、たびたびお聞するのですがはつきりしないので改めて聞くのですが、どういう義務だとお考えになるか。