そうすると、この債務と心得ているということを言い始めたのはいつなんですか。それから、それはどういう経過でそういうふうに言い出し、そしてその後だんだんどういうふうにその債務性の問題が発展をしてきたのか。その辺の経過をもう少しはっきりさせていただきたいと思います。
そうすると、この債務と心得ているということを言い始めたのはいつなんですか。それから、それはどういう経過でそういうふうに言い出し、そしてその後だんだんどういうふうにその債務性の問題が発展をしてきたのか。その辺の経過をもう少しはっきりさせていただきたいと思います。
その点がどうも、政府のほうでは債務と心得ておるというようなことをしばしば言っておられるようですが、あるいは法律的には確定された債務じゃないんだけれども、道義的なものだとか、あるいは独立国民の名誉にかけて、これを債務と考えてそういうふうに処理するんだ、というようなことを言っておられますけれども、これは政府がただ一方的にそういうふうに主張しているだけであって、国民なり国会はそのようには了解はしていない、ただ政府にそういうふうに聞かされているにすぎないと、こういうふうに思うのです。で、われわれは、これはやっぱり占領軍事費——占領に伴う軍事費というふうに考えることのほうが正しいので、また事実アメリカ側でもそういうふうな説明をしばしば一方にお
その占領地から租税その他を徴収して占領費をまかなうという問題は、それは直接の軍事費その他に関係する問題ではないかと思うのですが、したがって、その問題は終戦処理費との問題にも関連すると思いますので、この点は後ほどお尋ねをしますから、あとに譲っておきますが、いずれにしましても、その第四十三条は、「占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復確保スル爲施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ盡スヘシ」というふうに規定をしているのですから、やはりあの当時必要であった食糧その他は、公共の秩序を維持する、あるいは生活を回復するというような意味の必要手段であるから、これは占領軍が当然に負担すべき責任であるというふうに考えることのほうが至当じゃないですか
しかし、国際法は、解放地の公共の秩序と人民の安全、福祉を守るという軍司令官の責任を認めておる。連合軍は軍事的な関心から、補給線と兵站予備地の治安と統制のために秩序の回復と維持を必要としておる。米国軍隊を病気と民間の不安から守るためのみでも占領地での民生品供給は必要であったということをアメリカ自身も言っていると思うのです。そういうふうな考え方からすれば、経費も当然にアメリカが、占領軍が負担をすべしという結論が出てくると思うのですが、その点はどういうふうにお考えですか。
その、占領軍の負担すべき義務とその経費の負担とは別だ、経費は被占領地に負担をさすべきだ、こういう考え方、国際法できまっているというふうなお話のようですが、それはどれをさしてそう言われるのか。
今対日平和条約との関係が出たのですが、対日平和条約では、むしろ債務の問題が論議には出たのかもしれないけれども、これは何ら規定はしてないというふうに見るのが至当だと思うのですが、その点はどういうふうにお考えですか。
そうすると、その以前から、昭和二十四年阿波丸協定あたりから債務と心得ると吉田総理は言っており、しかもそれは講和条約で最終的にはきめられるであろうというようなことも言っておりながら、講和条約のときもそれがきめられなかったというのは、どういう事情に基づくものですか。
終戦処理費との関係ですが、一体終戦処理費というのは総額正確には幾らになるのですか。
この二十八年度までで五千百六十八億四千八百万円、これはドルに直すと幾らになりますか。
五十四億ドルというのは各年度別にはどうなりますか。これはレートはどういうふうにし……。
そうすると、そのレートで二十一年度三百七十九億というのは、ドルにして幾らになりますか。
ドルに直して二十年度が幾ら二十一年度が幾ら、二十二年度が幾ら、二十三年度が幾ら、各年度別だけでいいです。
五十四億八百万ドル、そうすると、これはさらに後ほど聞きますけれども、今一応聞いておきたいのですが、日本が援助された金額はドルにして総額幾らですか。
向こうから対日援助としてもらったのが十九億ドルとかあるいは十七億ドルとかいうことが言われている。それに比較して、こちらで終戦処理費として負担をしたものが五十四億ドル、非常に日本側は多額な終戦処理費を負担している。この対日援助をやる場合に、アメリカの陸軍がその経費を国会に請求をしたとき、これはドッジが予算局長のときもそうだったと思うのですが、あるいは陸軍次官その他も、日本は対日占領費を、日本の占領費を、終戦処理費を非常に多額に負担をしているので、若干の対日援助をやったってこれは何ら日本に対するプラスになっていないのだ、差引するとむしろ日本のほうが非常にマイナスで、負担をより多くしているのだ、それだけに、逆に言えば、アメリカ側の負担は非
政府は、外務大臣は、ドイツの例をしばしば出されるのですけれども、ドイツの場合には、今ちょっとお話しがありましたように、初めから債務として確定した協定を結んでいるわけですね、初めから。そうじゃないですか。日本の場合には、今も債務として確定をしていないのですから、まだそういうものがきめられていない。その点では、ドイツの場合と日本の場合とは非常に違うのではないか。
先ほど援助総額の問題が出ましたが、アメリカ側は十九億ドルですか、日本側は十七億ドルというふうに、援助総額自体が食い違っているのですが、これは今度の協定を結ばれるまでずっと食い違ったまま、援助総額については食い違ったままになっているのか。何か両方から統一した援助の総額の確定があったのか、その辺はどういうふうになっておりますか。
どうも西独の場合に比べて有利になっているかどうかは非常に問題だと思うのですが、今お話にもあったように、債務の援助総額については協定に明記することができなかった。ドイツの場合にはそれは異論なしにちゃんと明記し得るような金額でもあったわけです。ところが、日本の場合には今お話にあったように、総額自体が両方で確定のできないような不明確なものであったわけです。その不明確なものを債務として引き受けるというのだから、西独より有利であったというようなことは少しも言えないと思うのですが、その点はあるいは意見の相違になりますから、これ以上申しませんが。それでは、その総額からすでに食い違っているのですが、一体これが債務であるというようなことに心得るという
その返事でも明瞭ですが、占領中は、これに対する態度をむしろ明らかにしなかった。当時池田大蔵大臣はしばしば答弁しましたけれども、この性質については態度を明らかにしなかったということが事実だったんじゃないかと思う。ただ、平和条約を署名して帰って来て、羽田の飛行場で、これは債務であるから今後考えなければならないんだということをあのときに言って、実は僕らは非常にびっくりしたという記憶を持っているんです。アメリカ側から言って来たのは、今もお話しのとおりに、一九五一年、昭和二十六年講和会議のときにアメリカ側から、この支払いをどういうふうにするんだということで関心を示された。しかし、このときには日本側は何らそれに応じていない。ただ、向こうから非常
そのあくる年の二十八年、五三年、池田・ロバートソン会談が行なわれているようですが、この池田・ロバートソン会談のときには、この問題はどういうふうに扱われたか。
どういう共同声明。その問題に関して……。