いまにして思いますと、私もまことに遺憾だと思っております。当時のことでありますから、率直に言いまして、公害意識というものも今日ほどには高まっていなかったことは事実であろうと思います。それにしましても、どうも今日省みて、率直に言いまして、企画庁がやります際には、地元と協議をして相談が成り立たないと、もちろんこれは実施できないたてまえになっておりますから、企画庁としても地元ともっと積極的に交渉を重ね、努力すべきであったと私は今日はそう考えております。
いまにして思いますと、私もまことに遺憾だと思っております。当時のことでありますから、率直に言いまして、公害意識というものも今日ほどには高まっていなかったことは事実であろうと思います。それにしましても、どうも今日省みて、率直に言いまして、企画庁がやります際には、地元と協議をして相談が成り立たないと、もちろんこれは実施できないたてまえになっておりますから、企画庁としても地元ともっと積極的に交渉を重ね、努力すべきであったと私は今日はそう考えております。
御趣旨がよくわかりませんが、今日といたしましては、私もまことに遺憾と思っております。
率直に申しまして、地元と相談をしてきめるという体制は、やはり何といいましても、公害という問題が地元の住民の皆さんの意識というものを前提にしておると私は思います。そういうことで、当時一方においてあの地の中小企業の問題等もおそらくあったのではないかと、類推でありますけれども、どこでもよくあるように、産業と公害の問題の調整という問題があったのだと思います。そういう意味でいろいろな意見が前提の中にもあったのではないかと思いますが、いずれにしてもその調整が十分できないままに終わってしまった、それが私は今日から見ますとまことに残念でございます。地元との相談をよく整えてやるという行政のやり方をやっておりましたから、また当時の体制としてはそうした方
もちろんなぜ地元と相談をするかということは、結局、水質規制をいたします際に、その後の行政、つまり監視であるとか、測定であるとか、こうした問題を地元にゆだねることになっています。そういう意味において、できるだけ地元の納得のいく形でもってやらないと、形の上で基準ばかりきめましても、結局これを順守してもらうというその実行上の効果について問題が起こってくるからであります。企画庁としては、その観点を除きますれば、特に地元としなくても、一定の基準だけで遂行することも可能です。こういう地元にとって特に重要な行政は、私はそういう要素はどうしても残ると思います。むしろ私たちがこの水質の規制の原則を今度地方に委譲しようとしているのも、そういう観点からで
全く私も同感でございます。まあ川と海とは一体でございますから、やはり海と川を一体にして設定していく、こういう方針でいかなければいかぬと思います。率直に言いまして、公害問題が起こってまいりまして、わりあいに町に接着しておる河川が最初中心になって取り上げられました。それからまた従来の資料調査の関係等がありまして河川単独できめた例はたくさんございます。最近に至って資料の整備とともに、たとえば水島湾と高梁川の水質とを一緒にきめるとか、そのほかたとえば四日市と鈴鹿の例であるとか、できるだけいまあなたの御指摘になったような方向でこれからはやっていかなければならない、こういうふうに考えております。
いま例に申し上げたのは、すでにそれでやっているわけです。それで、たとえば伊勢湾なんかも、木曽川もすでにきまっていますけれども、しかし、その他の川できまらぬものがあります。それは伊勢湾全体としてきめていきたい。それからまた三河湾はあそこに流れる豊川、これと一緒に三河湾をきめていきたい。近々中に地域の指定、水質の基準、こういうものをきめる予定にしています。
私も、いまいろいろと質疑を拝聴しておりまして、なかなか東北開発株式会社の整備を行なうにあたりまして、いろいろな問題があったということを拝聴していたのですが、御承知のように、東北開発株式会社は過去において非常に問題がございまして、そういうことで、先ほどからも御説明がございましたように、三十八年から四十三年にわたりまして、いわゆる五カ年計画の再建期間というものを設けまして、そしてその間にできるだけきれいにしてまいる。今後とても見込みのないというようなものについて、できるだけ事業内容をきれいにしていこう。そういうふうなことでもって非常な努力が払われたと思います。政府も、また会社側も相当これについては努力したと思います。その間、先ほども御指
いま御指摘になりました三島、川之江水域でありますが、お話のように、これにつきましては三十九年当時すでに調査をしたようであります。調査をいたしたのでありますけれども、一種のその地域だけの地場産業といいますか、パルプの産業というものによって立っておる町であるというようなことで、当時は、全体としての公害問題に対する意識も、率直に言いまして十分でなかったのだろうと思います。これにつきましていろいろと県の意向等も徴したのでありますけれども、いわゆる水質基準を設定するという、そうした雰囲気がまだ十分に熟成していなかった、そういうこともありまして、なかなかこの基準の設定に至らなかったという過去の経験があったように聞いております。そういうことで延び
当初は地元の——これは地元といってもいろいろあるわけであります。漁業側の意見もありましょう。企業側の意見もありましょうしかしいわゆる県当局では、四十六年に調査をして四十七年に指定をしてほしい、こういう要求が出てきましたが、これはいまとてもそういう事態ではないじゃないか、こういうことでいろいろと相談をいたしまして、そして早急にこれについてひとつ設定をしようということになっております。ただいまのところでは、できるだけすみやかに、年内にでもこうしたものを調査、指定を行なうように、こういうことで相談をしておるわけであります。
いま竹田さんのおっしゃいましたような様相について、ある程度そういう様相も確かに出てきている面があると思うのですが、われわれの目から見ますと、まだそれが決定的なあらわれ方というわけではないと、こう考えています。一部の指標には多少鎮静化のきざしが見える面もございます。しかし、依然として生産も高く、日銀券の発行高の増加率も高く、また、たとえば百貨店の売り上げ高等も依然として高い増加率を示しております。そういうことで、全体としての様相というものは、まだ過熱が十分に鎮静した、過熱ぎみの情勢が鎮静したという断定をするところまでは私はいっていないと思います。 もともと、御存じのように、今回の金融引き締めそのものが、かつて日本の経済がしばしば繰
総需要抑制政策というものが物価政策としてどの程度の評価をされるかという問題でありますが、その前提として、竹田さん、相当景気が沈滞しつつあるという前提で話を進めておられたようでありますが、まあ今日の企業の収益状況、あるいは売り上げの状態、あるいはまた、それを裏づけるところの消費需要の強さ全体を通じて見まして、おそらく史上でも空前の好景気のさなかであろうと私は思っております。一部に、特殊な個別的な理由によりまして倒産等もありますけれども、全体に大勢的に見ましても、やはり今日はまだまだ景気がいい段階である。指標的に落ち着いてきたというのも相対的な過去との比較の問題でありまして、経済全体はまだまだ過熱をしているというふうに私は見ております。
日銀券の発行高そのものは、いわば経済の実態の反映であろうと思います。むしろ、その結果といたしまして、各金融機関において手元の日銀券の需要というものが窓口において非常に強い、これは経済の実勢を反映しておることでございます。でありますから、日銀券の発行そのものを押える、こういうようなことはもちろん考えられないことでありますし、むしろ、その全体としての、たとえば貸し出しの問題であるとか、そうした面から押えていくことになるわけでありまして、それが今日の金融引き締めであろうと思うのであります。そういう意味で、直接日銀券をどうするということは考えられないことである、こういうふうに考えております。
いま御指摘になりました点は、私たちも十分考えておるつもりでございます。できるだけ輸入をふやさなければいけない、また、いわゆる経済協力あるいは資本輸出、いろいろな形で国際的な自由化の風潮にこたえて、日本もそうした方向でもって動いてまいる、これも当然われわれとして考えなければならないことでございまして、そのために、すでに、御存じのように、ケネディ・ラウンドの一括引き下げの繰り上げをやりましたり、あるいはまた、輸入担保金の担保率をゼロにしてしまいましたり、あるいはまた、対外援助の率を、援助額を引き上げるために、一九七五年を目途にして、対GNP比一%の宣言を行ないました。あるいはまた、対外投資について、いわゆる自動的な認可限度を引き上げまし
確かに、今日の御時勢でございますから、国際的な影響というものは、これを無視するわけにはまいらないと思います。特に輸出を中心とするところの、いわゆる日本経済全体に与えておるところの景気に対する刺激、これもまた非常なものであると思います。そういうようなこともございまして、いま御指摘のような点も出てきたのだろうと思うのですけれども、実は、この円の切り上げという問題は、やはりよほど慎重に考えないといかぬのではないか、西独でマルクの切り上げを物価対策を主眼として実行しましたが、必ずしもいい成果をあげておりません。結局、一割ばかりのマルクの切り上げを行ないましたけれども、それを上回る賃金の上昇がすぐそれを追っかけて、結局それを打ち消してしまった
私もインフレとの戦いという表現を用いましたが、先ほども申し上げましたように、私はこれは一九七〇年代を通じての戦いだと思っております。先ほども申し上げましたように、少なくとも、従来の経緯から見ましても、好景気の期間が長く続けば長く続くほど、これを抑止し、これにブレーキをかけるのにも時間をある程度覚悟しなければならぬ。それは、先ほど御心配になっておられたように、経済に不当なショックを与えないように注意しながら物価を押えていくのが道筋ではなかろうかと、こういうふうに考えております。その際に、やはり今日われわれが物価政策として基本に考えるのは、先ほどの議論に出ました総需要の抑制、あるいは場合によっては、所得政策の問題も将来問題にのぼってくる
最初の公害の問題でございますが、まあ、竹田さんのおっしゃる御趣旨は、私も根本において異論はございません。公害に要する経費も、たとえそれが生産にプラスしなくても、やはりその公害の費用を支出するということが、やはり円滑なる生産の前提であるという限りにおいて、当然これはコストでございます。コストでございますから、これはコスト一般と価格との関係と同一でありまして、公害のコストだけが価格との関係において特別のものであると私は考えておりません。いま御指摘がありましたように、率直に言って、もっと早く公害の対策費を講ずべきであったのでしょう。投資すべきであったのでしょう。残念なことに、日本においてその面の関心が薄かったこと、それからまた、それに伴い
ええ。
まず、いま御指摘になりました国鉄と私鉄との関係、これは、それぞれ事情の違うことでありますから、国鉄が上げたから私鉄は必ず上げるのだ、こういう方針はとりません。国鉄がどうであるかということよりも、私鉄自身の経営内容、私鉄の事情、それ自体の事情というものを十分に検討をした上で決定をしたい、そういうふうに考えております。別に、御指摘になったような政治的な理由とか、そういうことではなくして、一体、私鉄の経営者がどういう態度、方針を持ってわれわれに対してこの値上げの申請をしてきておるのか、そこいらのところを十分検討をし、見きわめをしたいということで時間がかかっておるわけでありまして、国鉄との関係を非常に重視するような、もし答弁があるとしました
別に、いま、まだ最終的な結論を急いでいる際でありまするから、ことしじゅうに上げない、ことしじゅうは上げないとか、そういうような既定の方針を持って臨んでおるわけではありません。
御存じのように、十四社について目下検討をしておるわけでございます。できるだけ早い機会に決定をいたしたいと、こういうふうに考えております。