実際は三十九年度から発足することを予定いたしまして、四十年度予算に際しましても、三十九年度を初年度とする事業量といたしまして、今回決定いたしました六千五百億円というものを要求しておったわけでございますが、これは諸般の事情があると思うのでございますが、大蔵当局と最終的に決定いたしましたときには、金額のワクとして一年ずらしまして、四十年度から四十四年度というようにきまったわけでございます。これは港湾だけではございませんで、河川の五ヵ年計画も同じような措置が取られたわけでございます。したがいまして、一応計画としては四十年度から四十四年度でございますが、実質的には三十九年から六ヵ年続いたもの、そういうように考えてもいいと思います。
