それでは、渡海大臣に具体的にちょっと聞いていきたいと思うんですね。 まず、私が行った渡嘉敷島というのは、米軍が最初に大艦船軍団で来て、そして、空襲から艦砲射撃から、そして上陸ということがあった、一番最初の時期の戦闘があったところ。そこで三百人を超える方が亡くなっている。いわゆる集団自決ですね。そういう現場もこの前行ってまいりました。 生存者の方、そしてもう亡くなった方が過去に村史とか県史でお話しになっていることを総合すると、必ずしも同じ場所で同じように手りゅう弾が渡っているというふうには言っていらっしゃらないんですが、大筋、防衛隊の方にもらったとか、あるいは、二発もらった、一つは敵を撃退し、一つは捕らえられるぐらいだったら自
