シベリアへ抑留されておる同胞の数については、直接に問題になつたことはないように記憶しております。ただ昭和二十二年十月二十九日に対日理事会で、シーボルト議長からソ連委員に対して、当時引揚げが五万の協定になつておるのに五万に達しておらぬ。実績が四、五箇月五万以下であるからということを指摘して、十六万ずつ引揚げるようにしてはどうか、それだけの船並びに受入れ態勢はいつでも用意できるようになつておるから、十六万にしてもらいたいという提案をされたときに、ある部分で、ソ連の收容所の中には相当状況の惡いところがあつて、死亡者なども二、三割出ておるところもあるということを聞いておるというようなことを話されたとのことでございます。そのほか公の発表、ある
