旧ソ連邦から独立をいたしました十一の共和国の中で^、御指摘のごとく、ウクライナ共和国も圧倒的に人口その他からしましても重要性を持つ、また政治的な最近の動きを見ましても大変に詳細にこの動きをフォローしていく必要があるということはそのとおりだと存じております。 したがいまして、旧ソ連邦の共和国の中での大使館の設置の優先度は、もう一つカザフスタン共和国が中央アジアで大きな共和国としてあるわけでございますけれども、それと並んで優先的に実館の設置を将来考えてまいりたいというふうに考えております。
旧ソ連邦から独立をいたしました十一の共和国の中で^、御指摘のごとく、ウクライナ共和国も圧倒的に人口その他からしましても重要性を持つ、また政治的な最近の動きを見ましても大変に詳細にこの動きをフォローしていく必要があるということはそのとおりだと存じております。 したがいまして、旧ソ連邦の共和国の中での大使館の設置の優先度は、もう一つカザフスタン共和国が中央アジアで大きな共和国としてあるわけでございますけれども、それと並んで優先的に実館の設置を将来考えてまいりたいというふうに考えております。
概括的に御報告申し上げますと、バルト三国につきましては、この動きが先行しておりましたために、近隣の北欧諸国あるいはヨーロッパの各国はかなり速い速度で大使館設置に踏み切っております。主要な国は大使館を既に設置している。事務的にはホテルの中に一室を開設したというところが多いようでございます。 バルト三国を除きます。その他のソ連邦諸国でございますけれども、米国はウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギスタンに既に大使館を開設いたしております。そのほか、ウクライナにつきましては既に主要国は総領事館を持っておりましたので、これを大使館に格上げずるという形で、英国、フランス、ドイツ、カナダ等は大使館の開設の手はずを今整えてい
グルジアの情勢につきましては、他の十共和国承認に踏み切りました際には、グルジア共和国の中でいわば正統な政府あるいは指導者という問題をめぐりましてまさに二つのグループが武力をもって激しく争っていたという状況がございましたために承認を差し控えたわけでございますけれども、その後いろいろな貯金曲折がございましたが、つい最近になりましてシェワルナゼ元ソ連邦外務大臣が、執行機関と法令発布権を有します最高権力機関としての国家評議会ができたわけでございますけれども、その議長に就任するという事態がございました。そういう事態を踏まえまして、EC諸国はこれを契機にグルジアを承認するということに踏み切り始めたわけでございます。 我が国もこのグルジアの承
コズイレフ外務大臣は渡辺外務大臣に対して、三〇%の削減は実施したと。渡辺外務大臣から具体的にはどういう形で実施したのかという問いに対しまして、人員数で言えば一万人から七千人に削減をした、こういう発言がございました。これにつきまして防衛庁の方に正式にそういう事実が確認できるかどうかを照会いたしております。まだ正式な回答はいただいておりません。その間に若干の報道が見られたということは私どもも承知しているところでございます。
はい。
これは防衛庁の方に今お願いをしている段階でございますので、私の方からその確認ができるかどうか、確認できるとすればどのくらいの時間を要するものであるかということは私自身ちょっとこの場でお答えする立場にございませんことを御理解いただきたいと思います。
先生御指摘のとおり、トルクメニスタンは中央アジア五共和国を構成する一つの大事な国でございます。名前があらわしておりますように、トルコ民族発祥の原点でも地理的にはあるわけでございますが、私どもは、中央アジア五共和国の重要な一翼を担う共和国、しかも先生御指摘のように、いろいろな天然資源にも恵まれている共和国、しかしながら経済発展ということではこの五共和国の中でもいろいろ難しい問題を抱えている共和国というふうに認識をいたしております。
突然のお尋ねでございますので外務省員全体の状況を把握しておりませんが、例えば私ごとになって恐縮でございますけれども、私自身、二十八年前にトルクメニスタンのアシハバード等を旅行いたしまして報告書を出したことがございます。 時宜に応じまして情勢の把握ということで、時折中央アジアにもモスクワから大使館員を派遣をいたしまして巡回をさせているということを従来からいたしております。
トルクメニスタンとは既に国家承認をいたしておりますので、現在外交関係樹立のための話し合いを進めております。近々、渡辺外務大臣と先方のグリエフ外務大臣との間で外交関係の設定のための正式の書簡を交換するということにこぎつけ得ると思っております。外交関係の設定をいたしますれば公的に外交関係が始まるわけでございます。 今、外務大臣の訪日のお話が出ましたけれども、私ども正式にはまだ、モスクワにおきましてトルクメニスタンの代表部と常時接触をとっておるわけでございますけれども、お話はまだ来ていないと存じますので、もしそういうお話が参りますれば、御訪日になる目的その他日程等を伺いまして検討させていただきたいというふうに考えております。
先生の大変に御熱心なこの面での御関心、大変ありがたく思うわけでございますが、御指摘のゴルバチョフ大統領来日時に持ってまいりました名簿の中にこの墓地の資料がございました。それはクラスノボーツク墓地という名前のもとに、このクラスノボーツク墓地の見取り図と同時に六十一名の埋葬者の名簿を手交してまいりました。したがいまして、私どもそういう形でこの墓地の状況を把握し得たということでございます。
若干不正確なところもございますけれども、名字、名前、生年月日、それから軍でございましたので階級、以上を記載した名簿を私どもは入手いたしました。
先生の特別な御関心でございますから、後刻コピーを差し上げることは可能だと思います。
重ねてのいろいろな御指摘、大変ありがたく思うわけでございますが、外交関係の設定につきましては、猪木先生の非常に積極的な御助言等もいただきまして実は文書の作成は最終段階に入っております。 先生御指摘のように、先方も外交というものを全く経験していない。したがって、向こうの外務省もできたばかりでどういう文書をどういうふうに書いたらいいかわからないという中で、例えば言語の問題が問題になりまして、先方はやはりロシア語は使わない。最終的に合意いたしましたのは、日本は日本語を正文とする、トルクメニスクンはトルクメニ語を正文とする、しかし訳はロシア語ではなくて英語の訳をもって当てる、例えばそういうこと、細かいことでございますが、そういうことを今
お答えいたします。 大臣が御答弁申し上げた輸銀融資の件は、緊急食糧・医療援助としてさしあたり問題になっておりますのは、一昨年の暮れに日本政府として決定をいたしました一億ドルの融資の問題でございます。一億ドルの融資の問題は、大臣先ほど御答弁ございましたように、一つの大きな問題は向こうの責任者、主として一番大きな問題は債務の保証をだれが行うのかという問題でございましたけれども、そういう問題等々技術的な問題も含めて幾つかの非常に難しい問題ございました。 最近はそれに加えまして、日本の銀行もいろいろ債権を持っておるわけでございますけれども、その利払いも滞っているというようなことが出てまいりましたために、今は一億ドルにつきましては銀行
我が政府がとりました対応について補足をさせていただきます。 韓日間の漁業当局者の話し合いがウラジオストクで行われ、その結果が報道によって伝えられたという時点で私どもこれを承知したわけでございますが、その確認をいたしまして直ちに、先月末でございましたが、枝村駄ロ大使、柳駐韓大使からそれぞれ、今回のこの措置は先ほど外務大臣から御報告申し上げましたような認識から極めて遺憾であるという強い抗議の申し入れをいたしました。 以後、両国の首都におきまして、私どもが申し入れました善後策というものを早くとってほしいという督促をいたしておりますが、韓国につきましては柳大使から、先週末、韓国外務部長官に対しまして重ねて早急なる措置の実施方を申し入
ただいま先生から御指摘いたださましたように、事領土問題に関する問題についてはおっしゃるとおりきちっと、ぴしっと筋を通して言うべきことは言う、まことに仰せのとおりであろうと私も存じます。 日本政府といたしましてもそのような認識に立ちまして、この問題につきまして、つまり日韓の漁業協定を私は今御答弁しているわけでございますが、モスクワにおきましては枝村大使、ソウルにおきましては柳大使を通じまして公式にそれぞれこのような今回の日韓の取り決めというものを日本政府としては黙って認めるわけにはいかない、直ちにしかるべき善後策を講じてもらいたいということを申し入れた次第でございます。
まず、コズイレフ外務大臣御訪日の目的でございますが、申し上げるまでもなく、私ども日本側から見て最大の重要な問題はソ連から引き継がれました平和条約締結交渉、この重要な第一歩を外務大臣として始めるということが最大の重要な課題であると存じます。それと同時に、過去、ソ連邦との間におきまして外務大臣レベルで、当時は日ソ外相定期協議、今は日ロになるわけでございますが、ここで領土問題、平和条約締結以外の今先生御指摘のございました漁業問題も含めましていろいろな二国間の問題、さらには日ロ両方が関心を持っております国際問題について、今般最初の両外務大臣の協議でございますので、広範な意見交換をいたしたいということでロシア側と話をしたところでございます。
これからの在外公館新設の御下問と承りました。 一番大きな問題は、先生よく御存じでいらっしゃいますように、旧ソ連邦が崩壊をいたしました結果、旧ソ連邦だけでもロシア連邦を除きまして十一の新しい国が誕生したわけでございます。そのほかにバルト三国がそれぞれ独立をいたしたわけでございます。今、今国会に法律の改正をお願い申し上げておるわけでございますけれども、これら分離、独立をいたしました国、グルジアだけは国家承認をまだ経ておりませんのでちょっと別でございますけれども、その他の国につきましては大使館を設置するというための法律の改正をお願いしておるわけでございます。 それからさらに、総領事館ということになりますと、極東地域がこれから関係は
まさに先生御指摘のとおり、一九七五年の欧州安保会議というのは、ある意味では戦後のヤルタ体制を一応ヨーロッパの指導者が集まって追認したという意味で、画期的な会議でございました。このときには、ブレジネフ、グロムイコ両首脳がモスクワから参りまして、ソ連にとっては大成功と言われた会議でございました。 さて、それからいろいろな紆余曲折があったわけでございますけれども、一九九〇年十一月十八日の、今度はパリの欧州安全保障会議は、私は全くそれと逆であった。つまり、その体制が今度は崩れて、新しい体制がヨーロッパにできた。それを追認する会議であった。そこでコール首相、ゲンシャー外相がその最大の役者と言われたということで対照的であったと思いますけれど
仰せのお話でございますけれども、若干補足させていただきますれば、例えば杉原氏は後刻叙勲も受けておられるわけでございます。たしか勲五等瑞宝章という勲章を受けておられる。このことからいたしましても、先生御指摘の訓令違反があったのでやめさせられたということではなかったのだろうというふうに私ども拝察をいたしております。 それからなお、御指摘の鈴木政務次官が外務省を代表されておわびしたということでございますけれども、中山外務大臣御在職中のことでございましたけれども、鈴木政務次官がバルト三国にまさに歴史的な外交関係を樹立する任務を帯びて立たれるという直前にこの杉原副領事のお話を聞かれて、政務次官御自身も大変に感激をされ、ビリニュスに、あるい