呼ばれております。
呼ばれております。
これは記憶ございますけれども、捜査の機密ですから私、申し上げかねます。(発言する者あり)——
三回でございます。
先週くらいじゃなかったかと思います。
たしか一週間の間に三回と思います。
伺うと、多いように思います。
恐らくそうかもしれません。
申しわけないのですが、私その発注のときにどう発注するかということはいま認識しておりませんので、お答え申し上げられないのは大変残念でございます。
その認可の時期はいつごろでございましょうか。
どうも私、そのころの状況を調べてこなかったものですから、はっきり申し上げられないのは大変申しわけないのですが……ちょっともう一回おっしゃっていただきたいと思います。
私は直接話を聞いておりませんけれども、その当時の資料を調べてみないとわからないと思います。
本件、よろしゅうございますか。
聞かれております。
恐らくこれは事務当局は監理部の監督課であろうと思います。
それがどこまで上がってきているかは、私いまはっきりわかりませんけれども……。
最後の通達になったものでございますね。——これにつきましては監督課で起草したと思います。
課長ないし補佐官だろうと思います。
一番初めの発足段階で私、参加しておりました。
最終案について省議にかかっておりません。
一番当初は航空局の方、監督課の方で原案をつくって出しまして、それは恐らく三月二十二日に自民党の航空対策特別委員会に出されたものであろう、こういうふうに思います。それからその後幾多の過程を経まして、私どもの方からも若干の意見は出し、それから主として佐藤政務次官が中心になられましてつくり上げられたものが、いわゆる佐藤政務次官案というものである。それから、そのほかにいろいろ意見の必ずしもかみ合わない点がございまして、それによって一応事務当局の案をいままでの問題を踏まえながら整理してつくったのが、いわゆる町田試案と言われているものです。最終的にそういったものが調整されまして最後の通達案になった、こういうことでございます。