それでございますから、抽象的な考え方を変える気はございませんということを前提にいま申し上げたわけでございますけれども、やはり具体的な事案についてはいろんなことも考えられるわけでございまして、どのようなことが起こるかをいまから想定することはできないわけでございます。
それでございますから、抽象的な考え方を変える気はございませんということを前提にいま申し上げたわけでございますけれども、やはり具体的な事案についてはいろんなことも考えられるわけでございまして、どのようなことが起こるかをいまから想定することはできないわけでございます。
どの新聞報道をごらんになってのお尋ねかと思いますが、それに類することといたしましては、再審制度全体のことについて、いま大臣の仰せにもありましたように、三審制があって、それがまた再審請求の手続を経て、また再度の裁判が場合によっては三審になるというようになっていることにもなお検討の余地があるのではないかということを申し、また、それとの一環において、最高裁までいった事件について再審の第一審で別な結論が出るという場合もあり得るので、そこにも何か検討をするべき点があるのではないかという程度の抽象論を申したつもりでございまして、別に本件について釈然としないとか、おかしいとか、そういうことを申したつもりはございません。
先ほどのお答えもその点を否定する意味じゃございませんで、別な機会にも十分申しているつもりでございますが、要するに誤判があってはならないことは当然でございます。それにつきましては、特に捜査当局といたしましては十分そういうことのないように、従来からもやってきたつもりでございますけれども、こういう事態もあるわけでございますので、いろいろなケース、今度のケースも含めましていろいろと最近も問題になったケースもあるわけでございますから、抽象論ではなくて具体的なケースに応じた、その中から具体的な問題点を十分拾い出して反省の材料として、対策も具体的に考えていかなきゃならないというふうに考えているわけでございます。 それにつきましては、やはり問題
御指摘を待つまでもなく、鑑定の重要性ということは私ども十分理解しているわけでございまして、具体的な事案に応じてそれぞれの検察庁におきましても適切な鑑定人をお願いする、そして権威のある鑑定を得るということに努力をしておるわけでございます。 ただ、いろいろと、化学式といいますか、進歩もしておりまして、また鑑定の対象もいろいろとふえておるわけでございまして、それに応じた適切な鑑定人を得ること自体についてなかなか困難な問題もないわけではございません。しかし、その中でやはり鑑定の重要性ということは十分認識をいたしまして、適切な権威のある鑑定を得たいということを、従来からも考えておりますし今後とも考えていかなきゃならないと思います。その場合
ですから最後に申しましたように、ケース・バイ・ケースということになるかもしれませんけれども、その鑑定の権威を高めるためといいますか、重要性にかんがみましてできるだけ慎重な鑑定が必要である、そのためには場合によって二人以上の鑑定ということも十分考えていいことではないかというふうに、寺田委員の御趣旨とほぼ同趣旨のようなお答えをしたつもりでございます。
諸外国におきます死刑制度の実情でございますけれども、一九八〇年の国連の事務総長の報告というのがあるわけでございまして、数から申しますと、当時の加盟国百五十二カ国の中で廃止国が二十一カ国、それから通常の犯罪については死刑を廃止しているけれども、特別の犯罪については存置している国が十二カ国、それからアメリカ等の連邦国家におきまして一部の州で廃止しているものが二カ国、残りの百十七カ国は死刑存置国と、こういうふうになっているわけでございますけれども、そういう数字から見ますと存置国の方がはるかに多いというのが実情でございます。 一方、いわゆる西ヨーロッパの諸国において死刑廃止国があるということも一面事実でございまして、ただいま委員御指摘の
証拠能力ということになりますと、証言につきましては特段刑事訴訟法には規定がないわけでございます。
飯田委員に法律のことを申し上げるのもいかがかと思いますけれども、証拠能力といいますのは、やはり伝聞証拠とかそういう関係から問題になる事柄でございまして、証言ということになりますと裁判官の面前で行われることでございますから、あとはその信用性の問題、それをどの程度信用あるものとして裁判官、裁判所が御判断になるか、こういう問題であろうかと思います。したがいまして、いまのように一つの証言だけが有力な証拠であるという場合には、これはまあ裁判所の問題でございますけれども、ほかの状況証拠なりいろいろなことを判断された上でその証言の証明力をどのように見るかということになろうかと思うわけでございまして、その点については、裁判所が十分御配慮されるものと
まあいろいろな問題があるわけでございますけれども、御指摘のとおり、当時の店員といいますか関係した人の証言が一つ大きな証拠になっていたということは事実でございます。
御質問の趣旨を十分理解していないかもしれませんけれども、いわゆる自白が証拠の王だと言われたことと、いまおっしゃいましたような証言が証拠の王だというようなふうには、同じことではないような気がするわけでございまして、やはり証言につきましては先ほど来申し上げておりますように、その内容について、また信用性については十分吟味の必要があるわけでございまして、証言があったからといって直ちにそれのみによって結論を出すということは、もちろん事案によりますけれども、適当でない場合もあるわけでございますので、自白の問題とはちょっと性質が違うんじゃないかというふうに考えております。
そういう御意見もあり得るかと思いますけれども、従来から、自白につきましては別ないろいろな問題もありましてそういうような制限を受けているわけでございますが、証言につきましても確かに御指摘のような問題もないわけではございませんけれども、自白と同じように扱うということが果たして適当かどうか、必ずしも同様ではないんじゃないかというような感じを持っております。
同じようなお答えになるかと思いますけれども、抽象的にはいま飯田先生のおっしゃるような証言だけが唯一の証拠ということも考えられないわけではございませんけれども、証言がありました場合に、直接的でないにもせよ、間接的あるいはその周辺の事情としてそれを裏づける何物かが普通はあるわけでございまして、やはりそういうものがない場合には、その証言自体、直ちに信用していいかどうかというふうな問題がまた逆に起こってくるだろうと思うわけでございます。したがいまして、実務の運用において、また現実において、そういう実態であろうと思うわけでございますから、直ちにそういうふうに厳格に立法をするということはいかがなものであろうかという感じを持つわけでございます。
免田事件におきまして、重要な証人の証言が前と後とで変わったということは事実でございますし、その点が一つの、一つといいますか相当大きな問題であったことはそのとおりでございますが、それにいたしましても、その変化だけで事が決まったわけではございませんで、その周辺事情なり、関連する間接的な証拠なり、そういうものとの総合判断の結果結論が導き出されたというふうに考えるわけでございます。
免田事件ではそういうような措置はとられていなかったと思います。
偽証の問題につきましては、申し上げるまでもないと思いますけれども、いわば故意にといいますか、ことさらに虚偽の事実を述べたという場合に偽証になるわけでございますが、記憶違いとかいろいろなこともあるわけでございまして、証言なり供述に変化があったからといってすべて偽証になるというわけにもまいらないわけでございます。 そういうふうに記憶等に基づく証言である場合にどちらが信用できるかということになりますと、冒頭に申し上げましたように、その変化がどういうわけで起こったかとか、あるいは前の証言と後の証言の内容に応じた裏づけ的なものがあるかどうかというような内容の吟味が行われるわけでございまして、その吟味の結果、どちらかが正しい、どちらかは誤り
今回の判決では、アリバイの点について、アリバイが認められるということが大きな理由になっておりますが、そのほかにもいろいろと、自白の信用性なり、従来から論ぜられておりました点についても触れておるところでございまして、いろいろな問題が含まれておるわけでございますが、アリバイの点が重点であることはそのとおりでございます。その場合に、何人かの証人が関係しておるわけでございますが、その中で御指摘の方の証言が一つの大きな意味を持っていることもそのとおりでございますけれども、そのいずれを信用するかということは、ほかの間接的な、あるいは関連する証言なりあるいは物証なり、そういうものとの総合判断のもとでああいう結論が出たというふうに考えるわけでござい
この事件におきまして再審請求が数回にわたってなされておりまして、第五次の請求についての裁判があってから第六次の再審の請求があるまで約五年の期間があることはそのとおりでございますけれども、御指摘の刑事訴訟法の四百七十五条の二項にございますように、六カ月の期間のことが定められているわけでございますけれども、再審の請求がある場合に限らず恩赦の出願がある場合にも、「その期間に算入しない」というただし書きがついていることは御承知だと思いますけれども、その点との関連で申し上げますと、実は恩赦の出願が当時なされておりましてまだ結論が出ていない状態にあったわけでございます。
お尋ねの中で、細かな点のようでございますけれども、判決が確定しました場合に最高裁から通告があるということはございませんで、確定いたしますと当該事件を扱っております検察庁の方から法務省の方に報告があるということが前提でございます。その後の手続きといたしましては、いま飯田委員の仰せになりましたように、死刑判決の場合にこれが重要なことであるということから、大臣の死刑執行命令を発せられます前に記録を十分精査をいたしまして、再審の事由はないかあるいは恩赦の事由はないかというような点も含めまして十分検討いたしまして、その上で執行の手続をとるという慎重な手続がとられているわけでございます。
あるいは御質問の趣旨を取り違えているかもしれませんけれども、死刑判決が確定いたしますとそれぞれ判決書があるわけでございまして、それは裁判所の判決書でありまして、そのことが検察庁に通知があるということでございますから、いわば間接的ということになるかもしれませんけれども、裁判所の御判断が正式なものとして私の方に伝わってくるということでございます。
先ほど申しましたように、大臣の死刑執行命令が出るまでの間、あらゆる角度から検討をするわけでございますが、その主たるものは、再審の理由はないか、または恩赦に浴させる事情はないかというようなことにあるわけでございまして、そのいずれかであれば部内の職員である検察官を通じて再審請求もさせることができるわけでございますし、また恩赦の申し立てもできるわけでございますから、御指摘のような制度をとる必要はちょっとないのじゃないかというふうに考えます。