前提についての考え方が違う、これは違うのです。それは行政権を持ってこれを行使しようという側と、その行使によって多かれ少なかれ被害を受ける側と、これは違うのは当然です。しかし、この違ったのをいかにして調和せしめるか、私は政治の要はそこにあると思うのです。権力を持ったから、これを何でもかんでも自分の都合のいいように解釈をして、相手がどうあろうとこうあろうと、とんとかまわない。やるだけのものをやればいいんだという考えでは、これは政治でも何でもない。それは暴君のやり方なんだ。そうではないはずです。いわんや民主主義の時代におきまして、権力の行使によって多かれ少なかれ、何らかの形において被害を受ける相手方——今度の場合でいうならば、護憲連合とい
