総裁は私の言うたことと違うと言われたが、一体どこが違うのか。何も違っていやせんではないか。ただ連行するときの本人が何を言ったかということは、われわれは本人に会っていないから聞いていない。けがをしたと言っておる。ごたごたがあったということも聞いておる。どこに違ったことを言うておるか。違ったということは私がうそを言うていることになる。何をうそを言っておるか。
総裁は私の言うたことと違うと言われたが、一体どこが違うのか。何も違っていやせんではないか。ただ連行するときの本人が何を言ったかということは、われわれは本人に会っていないから聞いていない。けがをしたと言っておる。ごたごたがあったということも聞いておる。どこに違ったことを言うておるか。違ったということは私がうそを言うていることになる。何をうそを言っておるか。
勤務時間のことなんか言ってないじゃないか。いままでの慣行を言っておる。十年間なぜ四時に入れておった。どうする。万一現業員にそれだけ時間を厳密に言うならば、一体総裁以下時間から時間まできちっとおるか、どうだ、その点は。うそだと言うたというようなことは、人格に関する問題だ。何をうそを言うた。何が間違っておるか。
間違ったことを言うておると言うたじゃないか。間違ったということは、うそということになる。
連行するときの内容については、われわれは本人に会っていないから聞いていない。だからわからない。ただ裸で公衆の前を連れていったという事実は厳然たるものである。また周囲に適当なうちがないと言うけれども、その途中には区長の部屋がある、研修室もある、更衣室もある。もしほんとうに人権を尊重するというならばどこへでも——十五人の機動隊がおって、そのほかに私服の公安員もおる。四人の人間を、かりにその他の諸君がついてきたところで、それを食いとめておるじゃないか。何が適当な場所がないと言えるか。公安員の派出所というのは一番端なんだ。いまあなたが言うとおり、五百メートル——ぼくは五百メートルということがわからぬから、四百メートルから五百メートルの間と言
そういうことは、私どもは小泉その他四人の引っぱられておる人間に会っていないからわかりません。あなたのほうは引ばったほうの都合のいい報告を聞いていらっしゃる。だからそれはそれとして私は聞いているんですよ。あなたのほうの言うことだって間違ってるとはわれわれは言わない。またわれわれの聞いたところだって間違っはいることは一つもない。間違っておらない。しかし大部分は、やはりこれは現場の責任者の言明なんだ。責任者が言うたことだ。きのうは機動隊長がおったけれども、着物をとってくるとか何とか言うが、ただ公安派出所から、公安室長がこっちの取り調べに対して送るときにはじめてサンダルをはかしたと言うんだ。そういうことは言うたけれども、それ以外のことは何も
私はさっきから言っておるとおり、総裁や総裁の周囲の首脳部を責めようとは言わないのです。それは将来についての保証は与えられなければならぬけれども、この問題自体についてはそれを言うておるのではない。けれども、そういう具体的に起こった事実、この事実はいかんともすることができないのです。だからそういうときに、総裁だから部下をかわいがりたい、また部下をかばいたい、これもぼくは人の情としてもっともだと思う。けれども情として許されることと許されないこととがある。先ほど私は冒頭に言うたが、寛容の気持をもってしても許されることと許されないこととある。人を責めるならば、まずおのれを責めろ、おのれに寛にして人に厳だ。それは決して私は人の道じゃないと思う。
総裁からそういう力強い声明を得たから、この問題はいずれ告訴なんかを私のほうからもおそらくされるでしょう。それは刑事事件になって、結末はそれを待たなければわからぬということになるかもしれませんけれども、それとは全然別に、国鉄の最高責任者である総裁としては、将来そういうものが起こるということが絶対にないように、また現在起こったそのことについては双方の意見を聞いて、世間が妥当と思う処分をする、こういうことでございますね。——それでは私はこれで一応打ち切りましょう。
関連。——いまの答えですが、十四五名の者が奪還に来たというが、そのときに公安官は何名おったのですか。四人の逮捕者を連行するために何名おったか。一体力関係においてどちらが強いか、この点どう思いますか。ふざけたことを言うてはいけない。なぜそれを合理化しようとするか。こんなものを合理化しようとする理由がどこにあのか。悪いものは悪いと言えばいいじゃないか。総裁ははっきり遺憾であったと言っておる。もう一つ、奪還ということばを使われておるが、しからば一体そういうような事実が、あのホームの上において行なわれたかどうか。
もう一つ、そのときに何名公安官はおりましたか、その数を言うてください。
うそを言うてはいけない。それこそうそだ。十五名の機動隊がおり、そのほかに私服の公安官がおる。そして四名の人間を連行するのに、一人の人間を三名で囲んだ、あとの人間は手放しだ。——どうなんです、これこそうそだ。あまりでたらめを言いなさんな。
初めから私は、裸の者を連行した者が何人と言っていない、そこに公安官は何名おったかということを聞いておる。十五名と四名、合わせて十九名だ。十九名の公安官がおって——しかも十何人取り返しに行った、具体的な事実はなかったけれども、そういう気配があった、気配ということはあなた方の感じなんだ。具体的に取り返そうとしてホームの上で混乱でも起こったというならば、あなたのそういう取り返されようとする気配があったということも一応うなずけるけれども、そういう事実はないでしょう。数の上からいえば公安官のほうが多いじゃないか。これはどうするのです。
まず第一に、鉄道建設公団法案につきましてはすでに同僚の諸君から若干の質疑がなされておりまするので、あるいは重複する点があるかもしれませんけれども、それはそれとして、私は本来的な意味においてのこの公団建設がなぜ必要であるか、その点をお伺いしたいと思います。
建設公団ができるとどうやってすぐに金ができるのですか。いまおっしゃるとおり、政府もその責任を負わなければならない、公債を発行して一般からの資金の徴募もできる、こういうようなお話ですが、それならば国鉄が現在やっておる新五ヵ年計画に基づいてやるということとどういう違いがあるのですか。国鉄においてでも、もし基準の上において公債募集ができぬとするならば、それをできるようにすればいいじゃないですか。建設公団ができるというが、建設公団そのものはある意味からいけば建設について管理機関なんです。一つも技術があるわけではない。結局鉄道の技術を二分するということ以外にない。二分もしくは鉄道の技術を移譲する、転出せしめるということ以外にはないわけでありま
もし建設公団ができて新しい技術陣を動員しなければならないというときに、現在の国鉄の建設事業を推進するという意味において国鉄自身に補充したらどうか。しいて公団をつくって、公団という別個の公法人格といいますか、そういう人格をつくっても、結局それは将来は経営するのでも何でもない、建設そのものだけを担当するということであって、ある意味からいえばぼくは公団自体は管理機関にすぎないと思うのです。そうすると管理のためにさらに現在の国鉄の建設事業をあちらに移すということになるわけですけれども、形は国鉄であろうと公団であろうと、早くできればいいという考え方であるかもしれないけれども、ある意味からいくと、また公団という屋上屋を架するような管理機関ができ
これはまたあとから触れることにしますが、現在国鉄のほう——これは運輸省のほうから出された資料ですか、その資料によりますと、着工線もしくは調査線の工事費、営業収入またそれに伴う経営費の数字が出されておりますが、それによりますと、着工線四十七線、二千二百二十五キロ、工事費千九百四十三億二千九百万円、営業収入が九十億三千幾ら、これに対して経営費が、経常の費用が八十七億円で、償却費が三十八億円、合わせて百二十六億三千万円、そうしますと、この着工線の損益計算は三十五億九千万円ばかりが赤字になるわけです。それから調査線が十五線、八百六十五キロ、これの工事費が一千十二億七千万円ばかり、営業収入が四十億六千万円以上、経営費が四十七億円、償却費が二十
いま私のお尋ねした赤字は借入金の利子というものを全然見込んでない、ただ当局の出した数字をそのまま言うたに過ぎないのですが、将来これだけのものを建設するのに政府の出資がどういう関係になるのか、それから国鉄の出資が、負担がどれだけになるのか、そのほかに借入金をどの程度必要とするか、こういう見通しについてはどうですか。
それはこの法案が早急の間にできたという関係で、日本の金融財政の実情の将来への展望が明確に持たれなければ、そのうちからどれだけこの鉄道出資に回すかということが明確ではないと思いますけれども、しかしながら少なくともこれだけの案を出して、将来主として国が負担をしなければならないということ、ことに公債にしましてもその他の形による借入金にしたって、利子が伴うことは言うまでもないわけであります。したがって日本の、少なくとも見通し得られる限り財政経済の見通しの上に、どれだけ国鉄に新しい出資が可能であるか、おおよその、少なくとも年度割りにしてどのくらいのものは出し得られるかという、そういう計算は、これは運輸省だけでなくて、政府として当然大蔵省を中心
もちろん将来の展望において、常に動いておる経済現象を見通すということは困難なことであります。したがって、精密な数字上の資料がなければいかぬなどというやぼなことは私も言うつもりはない。けれども、少なくも大綱だけは示してもらいたい。ただ三十八年度政府が五億円出資ということだけでは相済まないんじゃないが、少なくともこの鉄道が引かれるについては、政府に、ことしは五億円であるけれども、明年以後おおよその見当でもいいから、どれだけのものが負担し得られるという大綱だけは示してもらわぬと、この点に対する不安が消えないだろうと思います。 それからもう一つ、いまの赤字問題についての経営上の合理化の問題でありまするが、言うまでもなく、鉄道経営について
いまの政務次官のお答えについて、今度は大臣にお伺いしたいのですが、この法案を決定されるときに、いまお聞きのとおり、将来の政府の財政負担についての問題について、運輸大臣と大蔵大臣でもよし、運輸省と大蔵省でもよし、もしくは閣議において決定されておるかどうか、そういうことについて話し合いがなされたことがあるでしょうか、どうでしょうか。
そうすると、大体十年計画として、赤字を解消するために、建設費として、あるいはその間の、順次鉄道が敷かれ、営業も一部開始されていくわけですから、そういう赤字補てん等を含めて概算五千億円、年額五百億円というものについて政府はほぼ責任を持つお考えでしょうか。ただ閣議で話し合われたというだけでなく、将来責任を持つお考えでしょうか。