そうしますと、たとえば全漁連というようなものが養成機関をこの法律に従った手続によってしようとするならば可能だというふうに考えてよろしゅうございますか。
そうしますと、たとえば全漁連というようなものが養成機関をこの法律に従った手続によってしようとするならば可能だというふうに考えてよろしゅうございますか。
先ほどの十月一日現在の数字を見てみますと、旧法の適用者というのは二十四万とかと言われておるのですが、漁協関係と一般と分けてみると、いままでとこれからというのはどれぐらいの人数になるのでしょうか。大まかで結構ですから……。
いずれこの問題は静岡県の方から、決議をされておるようですから、全漁連に上がり、問題の提起がされると思いますけれども、提起がされたときにまたもう少し突っ込んだ質問をすることにいたしまして、実情はよくわかりましたので、きょうはこの問題はこの辺で終わっておきます。 それでは次の問題に移ります。 まず最初に、国鉄に新幹線の騒音とか振動による公害の現状はどうなっておるかという点についてお伺いいたしたいと存じます。
新しい環境基準が告示をされましたが、これによって国鉄はどういうような対処をお考えになっておるのか。それからその新しい対処の仕方なり研究開発なりは国鉄はどういうふうに扱っているかという点について御説明を賜りたいと存じます。
それでいま、この音源対策なりあるいは周辺対策なり、言うならば公害防止の投資というものは、あるいは補償というものは、大体どれぐらいの予算を使われているのですか。大まかでいいのですけれども……。
音源なりあるいは周辺対策をしなければならぬ一番の理由というのは、これは速度の問題ですか。それから起きてくる、こういう対策ということになるのでしょうか。
けさも実は都内の交通事情の視察に歩いたのですけれども、たとえば首都高速でいままで六十キロで走っていた。それで、付近住民がやはり騒音に悩まされるというような要請があって、そして警視庁としていろいろ研究した結果、六十キロを四十キロに速度制限をした。こういうことで地域住民の要望に沿った措置がなされているわけですけれども、国鉄の場合、速度の問題というのが、少し落としてくれというような話がときどき出てそのままになっているようですが、新幹線の速度というのは決められた速度でなければいけないというのは、どこで決めることになるのですか。そういう点はどうなんでしょう。
道路の自動車の速度というのは、聞いてみると、警察庁がいま国道一号線でも六十キロのものを四十キロにやっているわけですね。それは交通安全あるいは環境整備のためにやっていると思うのですが、国鉄はどうして、周りの方から困る、何とかしてくれということに対してそれができないのですか。それは国鉄がしないのですか、運輸省がさせないのですか、そこはどうなんですか。あるいはどうしても二百キロで走らなければならぬということなのですか。その辺をちょっと教えていただきたいのです。
町を歩くと、よく「狭い日本そんなに急いでどこへ行く」と、道路の方というのはわりあいと規制がされているのですが、鉄道とか飛行機とか船とかというと、どうもそういうことが行われていないで無視をされているのですけれども、鉄監局長にお尋ねいたしますけれども、十年前東京−大阪間三時間で走ったんだから、苦情があっても何があっても三時間で走らなければならぬ。だから、苦情があるんだったら、引っ越しをさせるから補償金を出す、あるいはその苦情をなくすためにそこへ防護措置をやる。それよりも、三時間でやるよりも三時間三十分にするなり四時間にすれば、別にそんなに急いでおる人がおるわけじゃないのですけれども、そこはどういうことなんでしょうか。幾ら考えても実はよく
それは五、六年前か十年ぐらい前の考え方じゃないんですか。よく公害基本法のときに産業との調整、産業との調整と言った。国民の健康を第一に考えて、後で産業と、こうなってきたんですよ、法律の考え方も。ですから、いまのお話は、環境基準に合わせるためにどうしたらいいかという、また国鉄に金のかかるように金のかかるようにやっているんでしょう。速度ダウンすれば別に金を出さなくても環境基準に合うのでしょう。だからそれをもう少し国民経済的に考えてもらいたいと思うのですよ。やはり国民経済的に物を考えるようなシステムにすべきじゃないだろうかという気がするのですがね。国道一号線を六十キロでだあっと走っていたのを四十キロにダウンしているのですよ。とにかく警察庁の
スピードの問題も、いま三時間を半分に落とせば、それは六時間か七時間になる、そういう極端な議論をしているわけじゃないのです。三時間を三時間半か四時間にしてみたらどうだろう。それすれば、いろいろ不満が出ている、移転させなければならぬ、金を何百億もかけなければならぬ、こういうものが相当減るのじゃないだろうか。その方がまた喜ぶのじゃないだろうか。ですから、そういう立場で物の考え方をしてみたらどうだ、こう言っているわけです。私はそういう立場に物の考え方を変えなさいと言っているのだ。変えなければいかぬ時期ですよ。 それは国道一号線を英断をもって下げているわけですが、どこからも不満が来ない、みんな喜んでいる、乗っている人も喜んでいるわけですか
騒音や振動のために、いま二、三年で約五百億プラス千五百億、二千億の金を投じなければならない、こういう説明があったわけです。そうするとあなたの説明は、二千億という金を投じてもスピードをダウンしない方がいいという計算になることになるのですよ。あるいはその二千億が千億になるのか千五百億にまたなるのかわかりませんけれども一、私はそう思うのです。 だから、やはりそういう点も私は考えてもらいたいと思うのです。せめて運輸省というところで総合的な物の考え方をやってもらわなければ、スピード気違いが汽車を走らせて、そのスピードをとめるわけにはいかない、こう言っていて、片方はスピードから起きる障害については全部銭を出してやろう、それじゃ銭が足りなけれ
私は、従来国鉄の場合は、お客さんを運ぶ、荷物を運ぶということだけを中心に物を考え過ぎて、どうしても安全なり保守なりというものについて、なおざりになったとは言いませんけれども、とかくそこの声というものが無視されがちな運営がなされてきたような気がしてならないわけです。ですから、たとえば保線に参りましても、十分な人がありながら、一日の作業時間というのはほんのわずかしかない。もう少し効果的に人を使う方法というのはないだろうか、私のような部外者が見た場合でもそう感ずる点があるわけです。そうしてみますと、私は、旅客とか貨物に合わせるのも大事だけれども、本来の鉄道の安全を守っていくということの方にもより力を入れなければならないし、また国鉄の採算と
いまの中央新幹線の構想というのをもうちょっと具体的に。大体いつごろまでにどうやってどうやるというところまではまだいってないですか。
終わります。
まず、総合的に総理府にお伺いをいたしますが、この交通白書を見せていただきますと、わが国の交通事故は、昭和四十五年をピークとして年々減少の傾向にあるわけでありまして、大変喜ばしいことだと存じます。特に昭和四十九年は、前年度に比べて大幅な減少率を示しておるわけでありますが、この減少の原因についてどういうふうに分析されておりますか、まずその点について総理府の御見解を賜りたいと思います。
一応総合的な交通安全の対策がよかったのでこの程度の減少をしてきたというお話ですが、道路交通事故の今後を見通した場合に、どういうことを目標としてさらに強化するならば減少させることができるのか、こういう点について見解を承りたいと思います。
警察庁にお伺いいたしたいのですが、最近の交通事故死傷の現状はどういうふうになっているのでしょうか。実は私、最近静岡の県警本部に参りまして、本部長、交通部長といろいろ懇談をする機会を得まして、お話を聞きましたところ、大分前ですけれども、静岡県が全国一の死者数を持っているということでいろいろその原因なり対策なりというものを話し合ったことがあるわけですけれども、第一線の話を聞いてみると、 一つ一つの分析というもの、それからそれに対する対策というものが、総合的にはされておりますけれども、なかなか不十分、あるいはいろいろな予算的な面からいってなかなか御苦労されているなと実は思ったわけでありますけれども、そういう点から特にこの四十九年度に比
交通局長、この間私はこういう話を聞いたのです。都会と田舎、たとえば東京と静岡を比較してみると、歩行者に事故が多いという原因は何なんだろうということの話の中で、都会の人間は人を信用しない、田舎の人は人を信用する、だから歩行者の事故が田舎には多いのだ。それはどういう意味なんだと聞いてみたら、都会の人は、自動車が来るときに、人を信用しないから、もういいなと思っても、これは危ないなと思って通らない。田舎の人は、通れないと思っても自動車がとまってくれるだろうと思って横断する。だから信用するかしないかによって歩行者の事故が田舎とそれから都会と違うのだという話を聞きまして、私はこれは経験からきた一つの真理かなという気がするわけですよ。 いまお
局長、観念的には救急病院が少ないとかということはわかるわけですよ。具体的にその事故があって、そこに救急病院があったかなかったか、どうだったかというその詰めまで考えてみると、なかなかきめ細かなものというのはどうもどこの警察へ行って聞いても不十分だという気がしてならないわけです。 ですから、総合的なものはいろいろとお考えになってやられていると思うのですけれども、一つ一つきめ細かな、それはいまあなたがおっしゃいました警察だけでは何ともならぬというお話もわかります。あるいは警察署が第一線ですからその署でやるのでしょうけれども、その署自体もそう医者の専門家もおるわけじゃないし、工学者もおるわけじゃないし、あるいは責任を道路に転嫁することも