みずからなりたくないが要請があればなろうというお気持ちですか、どうですか。
みずからなりたくないが要請があればなろうというお気持ちですか、どうですか。
幕僚の各位も長官の苦衷を――いま政治家の苦衷の開陳があったわけですが、せっかく補佐の任にある、防衛庁設置法第二十六条には皆さんの任務がずらりと並んでいる。制服のやることに対する長官の任務の補佐もやらなければいかぬという内局の参事官を代表して答弁を願いたいのでございますが、だれから答弁してもらいましょうか。官房長から答弁してください。 つまり長官をして本当に防衛庁の長官として職責に邁進していただくべきときに、途中から知事に色気を出したりなんかするようなことがない立場を希望するんじゃないですか。これは士気に影響すると私は思う。防衛庁長官としては命をかけるんだという長官を自衛官も期待しておる、内局の皆さんも期待すると思うのです。それに
実にすばらしい部下が並んでいるじゃないですか。 ただ、私、いまから指摘したいことは、昭和三十年に防衛庁がスタートした。ちょうどこの内閣委員会に二十三年おるので、私の歴史とともにこの委員会があるわけだからよくわかる。その二十三年の間に防衛庁長官は何人かわったと思われますか。一年に一人ずつの割合でかわっておるのです。政務次官もかわっておる。軽々しくその席を離れていくというところに内閣人事の欠陥もあるわけでございまするが、防衛庁の仕事は、長期展望に立って国土、国民を守るための士気を高揚しなければならぬ立場にもあるわけで、軽率に防衛庁長官が交代するということは好ましいことでないということを長官おわかりでございますか。これは長官から御答弁
防衛事務当局は、防衛庁のお仕事を遂行する上に、せっかく新長官のもとに企画運営がされつつあるときに、頻繁に長官や政務次官が交代することは好ましいことかどうかを御答弁願いたい。
明快なる答弁。そのとおりです。私はそういう意味で、長期展望に立つ日本の国土防衛計画というものに対して、比較的長期の長官や政務次官がい、また内局の皆さんは他省と頻繁に交代して出世コースに内局のポストを利用するような悪弊は、これは一掃しなければならぬ。最近はそれがいささか沈滞ぎみでありますが、もともと防衛庁の局長のポストを大蔵省と交代、その他ちょこちょこっと腰かけに来る役人がいたのを御記憶ですね。ちょっとだけ腰かけた。つまり内局の人事もそうです。シビリアンコントロールをりっぱに実行するために、制服を抑えるために、頻繁にかわる長官及び内局の皆さんと、長期に最初から自衛官として筋金入りで来た制服とを比べたら、これは内局はシビコンの大きな期待
わかりました。本当にりっぱな根性を持ってがんばっていられるわけです。 いま、ちょうど国防会議の事務局長もおいでになりまして、警察畑から防衛庁へも行かれ、いろいろと重い任務を経てこられた久保先生もおられますので、いよいよ核心に触れる質問に入ることにいたします。 真田法制局長官、私は憲法第九条の論議を久しぶりにしてみたいのです。 これは、いまちょうど栗栖発言があって、この憲法第九条の法理論を解明しなければならぬ時期が来ておると思うのです。わが国は、憲法第九条において戦争を放棄した。しかし、放棄したけれども、国際紛争を解決する手段としての軍隊を保持しないのであって、その他の自衛のための部隊は持ってよいという解釈になっておるわけ
長官の御答弁で、自衛のための交戦権とはっきりとは言わないが、事実上それになる実力行使は認めるんだ、こういうことですね。そうでしょう。 そこで、防衛白書を今度拝見してみると、三-一〇七に出ているのは、「「交戦権」とは、国際法上、国が交戦国として認められている各種の権利を意味するのであって、」云々と書いてある。ところが、交戦権を裏づけとして戦争をする立場の交戦権と、それからいまのような戦時国際法上の権利義務関係を発する交戦権と分けて考えるときに、侵略部隊が日本へ襲いかかって、そしてこれに抵抗するために日本の自衛隊その他が出動してこれを排除したというときは、これは一般的に自衛のための交戦権と見られる。これは外国から見る場合は当然そうな
長官、あなたは事実上交戦国と見られるといま言うのですね。事実上交戦国、戦争している国と見られる、しかし憲法の規定があるから交戦権という名前は使わないんだ。事実上軍隊だと見られておる、これは政府も一応認めておる。日本の自衛隊は軍隊だと認めておる。外国が言えばそのとおり軍隊です。事実上交戦国と認めておる。侵略軍に対して米軍と日本軍が一緒に戦いをしているときに、米軍だけが交戦国で日本は交戦国ではないと言えませんね。だから、事実上交戦国ですね。外国から攻めてきたものを防衛するときには、だから事実上交戦国になるのですね。
事実上交戦権があると外国から見られる、しかし日本は憲法の制約があるから交戦権とは言わない、外国からは交戦権があると認められる、こういう御答弁です。そのことによって、交戦権があり交戦国である、つまり自衛のための交戦権があり、自衛のための交戦をやっている交戦国であると外国が見る。見ることによって、戦時国際公法のたとえば陸戦の法規、海戦法規、慣例というようなああいう条約は皆適用されるのですか。たとえ誤解を受けるおそれのある交戦国と言わぬでも、事実上交戦国というふうに見られておるから、戦時国際法規の適用を受けるのですか。
しからば長官、はっきりしたのですが、われわれは事実上も交戦権は認めない、事実上も交戦国ではないというような政府の解釈のようにいままで考えてきたのですが、事実上は交戦国であり交戦権があると認められておる、それに伴うて戦時国際公法の適用も受けるということであれば、われわれの方が交戦権という言葉を遠慮し、誤解を受けるという意味で使わないだけであって、外国は交戦権があり交戦国であると認めておるわけですね。そのことは肯定するのですね。
これはきわめてはっきりしておる。つまり長官は、事実上外国から侵略を受けてこれに対処する日本の自衛隊、これは軍隊として戦っておる。これは戦争ですよ。自衛戦争だ。それは外国では交戦権であり交戦国であると認められておる。ただ日本は、憲法があるからなるべくそのような誤解を受けたくないという――これはこの際はっきり憲法第九条の第二項後段の規定は自衛のための交戦権で一項に係るものだという解釈にしても、いま長官がそこまで言い切ったのです。 いままでは、交戦権とか交戦国とかと外国が言うということさえ言わなかった。全然否定しておったのです。外国がそれを交戦権と呼ぶのは仕方がないとおっしゃるのだが、事実もうそこまで認められておるなら、第九条二項後段
交戦権を戦争するそのものを対象にすることと、いまのような戦時国際法規の適用を受ける立場と二つに分けて、後段の御説明は、自衛のための交戦権がなくても、実力行使に交戦権が与えられるという解釈でいいですね。
交戦権ということを明確にうたうべきだというので、中曽根総務会長も先般演説をやっておられるようだが、憲法を改正しなければ交戦権という言葉は用いられないのだ、自衛のための軍隊は持てても、自衛のための交戦権という言葉は誤解があるという、この解釈はちょっと矛盾がある。自衛のための軍隊が持てるというのなら、自衛のための交戦権もあってしかるべきだ。(「軍隊と言わない」と呼ぶ者あり)いや軍隊と言うておるのです。いまの自衛隊を軍隊と称して差し支えないという政府の答弁をやったことがありますね。御答弁を願います。
これについては防衛庁、官房長でも結構ですが、軍隊と見られてもやむを得ないという答弁のあったことが修正されたのですか。いつの間に訂正されたのですか。頻繁に訂正が行われるとなると問題がある。昭和三十五年の安保特別委員会で法制局長官の答弁にある。
昭和三十五年四月二十八日の林法制局長官の答弁、「自衛隊は外国からの侵略に対処するという任務を有するが、こういうものを軍隊というならば、自衛隊も軍隊ということができる。しかし、かような実力部隊を持つことは憲法に違反するものではない。」こういう解釈ですね。そして、二十九年の十二月に大村長官も同じように、「自衛隊は外国からの侵略に対処するという任務を有するが、こういうものを軍隊というならば、自衛隊も軍隊ということができる。」これがどこかで変更されたのですか。これは生きておるのじゃないですか。まだ生きているでしょう。その後どこかで訂正されたことを聞きません。いま交戦権については、初めて、事実上の交戦権を自衛のためならというような話を聞いたの
非常に奇妙なことになっておりまして、軍隊ということをかつての防衛庁長官と法制局長官とがはっきり言うておりながら、どうも言葉を使うのは本心的に困る、憲法の上からということですが、これは憲法を改正するということでなくて自衛隊を持っている政府としては、そういう見方をされる一面があるということはちゃんと言うておるのですが、これはいまどこかで取り消したとおっしゃる。取り消したのは私聞いておらぬです。国会の速記録というのは貴重なものでございますから、取り消したら取り消したで 防衛庁長官が台湾を入れたのは、取り消したわけですね。これは取り消したのです。あれは取り消しでしょう。しかし、この問題については取り消しというのがないのです。私、もうこれ以
防衛庁長官は防衛出動命令にどういう役割りを果たされますか。
国防会議に当然付議される事項ですが、国防会議で、つまり議員の一人が反対してもいいか、全員一致しなければならないのか、事務局長。
原則であって、例外があるかないかです。
国防会議の決定に基づいてやる。閣議に諮らなくてもいいですね。国防会議の議を経ればすぐ発動できる。