それから今度もう一度文部省の方にお伺いいたしますが、たとえば国立博物館とかあるいは国立美術館でいろいろ絵画とか彫刻とかを展示される場合、それが過去の人の場合、芸術作品の作者の生存年月日等が当然下に書き込まれるはずでございますが、この辺はいままでは西暦でお書きですか、明治、大正とかそういうことでお書きでしょうか。今後はどうなさるお気持ちでございますか。
それから今度もう一度文部省の方にお伺いいたしますが、たとえば国立博物館とかあるいは国立美術館でいろいろ絵画とか彫刻とかを展示される場合、それが過去の人の場合、芸術作品の作者の生存年月日等が当然下に書き込まれるはずでございますが、この辺はいままでは西暦でお書きですか、明治、大正とかそういうことでお書きでしょうか。今後はどうなさるお気持ちでございますか。
そこで私の考えを申し述べますと、私は、元号の国民にとっての最大の意義というのは、いわゆる明治、大正、昭和、そして次に、たとえば栄光とか英知元年とか、何かそういうふうに続いていく、リンクしていくというところに最大の意味がある。そして現在生きている日本人にとって、その辺の年代の変化、それがその人のそういう元号と年によって生き生きとわかる、感覚的にわかる、こういうところに最大の意味と、そして愛着があると思うのですね。したがって、元号が法制化されましてからも、非常に遠い昔の、たとえば元禄時代の絵だとかあるいはもっと昔の絵だとか、そういうものを全部元号を併用しなければならないかどうかという点で私も少し疑問を感ずるわけなんです。ということは、遠
お二人のお答えでよく理解できましたし、もはや言わずもがなのことでございますけれども、元号がきちんと制定されたことによって、遠い過去の非常にきちんと一世一元になっていないころの元号というものに歴史上異常なほどの焦点を当てて、それをテストに出したり受験生に無理に覚えさせるというふうなことは、まずはあり得ないことだと思いますけれども、そういうことにならないように、これは責任ある方々の御配慮をお願いしたい。決して元号というものはそういう意味で制定されたのではなくして、いまから次の世代に続いていく、そういう人たちの年号の呼び方、それを最も現実的に合わしていこう、そこに混乱をなくしよう、こういう趣旨だと私は思いますので、これは御希望を申し上げて
まさにそのとおりだと思うのであります。私たちは元号の遠い歴史はそれなりに一つの元号の源流として尊重はしたいと思いますけれども、これから向こうに向かって年代あるいは年の呼び名を決めていくことでございますから、そういう点では古いものに余りこだわらないで、むしろ変化しつつある現代の本当に日本人が今後もなじめる、そういう字の中から選んでいく、そしてまた、そこに何となく感ずるイメージと申しますか、そういう人気のある、なじみやすい、愛しやすい、そういう元号というものを選び出していく、こういうことが非常に大事だと思うのです。 そこで、私からも申し上げたいのでございますが、さきの鈴切委員や他の委員の方々からもいろいろ御意見がありましたけれども、
長官、私が特に申し上げたいのは、率直に申しまして、国民は確かに明治、大正、昭和に続く元号がなければ困る。その元号というのは、われわれ日本の国民生活にとってもはや捨て去ることのできないものである。それは五十年、百年、二百年先は知りませんが、当面われわれとしてはなくてはならない年号なのだという気持ちがあるわけなんですね。しかし、同時に、何か古い、押しつけられるものだというような感じも現に一部分はあるわけです。私は、そういう点で元号というものが本当に国民に愛されて、みんながなじんで、おれたちが使っている日本の元号なんだという気持ちの高まりを存続させていくということは、大変大事なことだと思うのです。 そういう点では、いつぞや福田前総理が
と同時に、そういう方法をおとりになるとするならば、いわゆる踰年方式といいますか、ラップさせないで長い方を取ることによって、余裕期間を置かなければそれができないと思うわけでございますし、オーバーラップしないように改めていくこともこれから大変合理的なことだと思いますので、その辺は特に今後の政府自身で御検討を進められるときの一つの考え方としてお考えいただきたいと思うわけでございます。 それから、追号の問題、贈り名の問題についても、先ほど鈴切さんから御質問がありましたけれども、お答えを聞いておりまして、結局いまは何の根拠もない、したがってこのままでいけば昭和天皇という呼び名になるのか、全然別なお名前になるのか、それさえも何ともわからない
最後に、私の考えでは、国民生活の中の様式というものは、理屈ではなかなか変わらない面と変わる面ともちろん両方がある。たとえば次元は違いますけれども、尺貫法の場合でもそうでありまして、距離なんかはほとんどメートル法で、みんなその方がよくわかるようになりました。 〔竹中委員長代理退席、委員長着席〕 しかし、広さの点でございますね、何平方メートルとか何アールと言ったってなかなかなじみませんで、結局坪とか何反とか何町歩とかいうのが依然として生活の中にきちんと根づいているわけなんですね。これは畳の数から勘定が合うわけでございますし、家の構造が何間何間ということで多く建っているわけであります。 そういうふうに、すべての国民生活は現
先ほど公明党の近江委員から総理に対し、自民党と民社、公明両党との予算修正交渉の過程において合意された幾つかの項目について、政府の善処を求める旨の質問があり、総理からお答えがありましたので、私は個々の問題について一々お尋ねすることを省略いたします。 しかしながら、二万円老齢福祉年金の実施並びにこれに関連する諸年金の引き上げ、雇用創出機構の設置など、年金、雇用、住宅等に関する合意事項は、いずれも国民生活上また景気対策としてもきわめて緊要なものであります。われわれは、国民の立場からもまた民社党の立場からも、これらの早期実現を強く要請いたしたいと思います。つきましては、総理の誠意あるお答えを要望いたします。
総理のその御回答のとおり、完全な実施を特に強く要望する次第でございます。 次に、質問の順序を少し変更させていただきまして、実は外務大臣が公用のため間もなく退席されるようでございますので、日中商談の中断についてからまず質問を始めたいと思う次第でございます。 御承知のとおり、二月二十八日、突然の電報によりまして、中国側の契約発効ストップという事態に立ち至っているわけでございますけれども、この事態の真意を外務大臣としてはどう見ておられるか。いわゆる路線の変更であるか、あるいは資金的な理由が主たるものであるか、あるいはそのいずれもであるか、その辺の的確なる事実関係に照らした確認を求めたい次第でございます。
外務大臣と通産大臣の御見解がほぼ一致しているかに思えるわけでございます。しかし、最近伝わってまいりました李先念副主席の発言をわれわれが読み取る範囲におきましては、必ずしもそう断定できないのではないかという気がしてならないのでございます。特に李先念氏は、私を含めて一部の同志がせっかち過ぎたため、計画全体が大き過ぎた面があった。重点項目に調整を加えつつある現状である。八五年に六千万トンという鉄鋼生産目標も改めるべきかどうか考えている。こういうふうに述べておられるようでありまして、若干修正の可能性もあることがほのめかされているようにわれわれは受け取らざるを得ないわけであります。こういう点につきまして、この李先念氏の発言、特に向こうの経済十
路線問題に重要な変更がなければ、それは大変望ましいことではございますけれども、たとえいま大臣から御答弁のありましたような線で今後順調に進んでいくものとしても、結局そうなれば、いよいよ政府借款等をめぐるいろいろな政府の煮え切らない態度に対してかなり向こうが困惑し、また不満を持っているのではないかという感じが強く残ってまいるわけでございます。契約が成立しなければ発効ができないわけでありまして、こういう政府借款等の問題あるいは輸銀をめぐるいろいろな円建て決済等の問題、こうした点につきまして現時点で政府はどのような考え方を煮詰めておられるかお伺いいたしたいと思います。
そういたしますと、あくまでも政府系金融機関が自国以外の通貨建てで融資するのは国際的にも例がないというたてまえに立って、日本の輸銀を通じてはあくまでも円建てでいかざるを得ない、こういう方針には変わりはないと受け取っていいわけでございますね。とは申しましても、いろいろとドルと円の相場の問題、変化等もございますので、民間の方で約五〇%ドル建てによって融資を行うという計画もあるやに聞いておりますけれども、この辺についてはいかがでございますか。
その辺の話はいつごろまとまる予定でございますか。たとえば劉希文氏の来日によってかなりこの辺の協議が詰まるのではないかというふうにわれわれ国民は見ているわけでございますけれども、その決着の可能性と見通しについてお述べいただきたいと思います。
プラント輸出や資源開発に対する輸銀の融資についての特に金利の問題でございますけれども、先ほど大臣からもお述べになりましたが、できるだけ安くしないと向う様にもいろいろ都合があることはわかります。しかし、たとえば利息を六%プラスアルファ程度にするとして、そういう動きに対してガイドラインを破る疑いがあるではないかというアメリカ等からのいろんな批判もあるやに聞いておりますけれども、その辺のところにつきましてはいかがでございますか。
それから大蔵大臣は、いま政府借款についてはまだ正式に向こうから申し入ればないというふうにおっしゃいましたけれども、わが党の佐々木委員長が鄧小平氏と会談をいたしましたときに、特にこの政府借款等について触れておりまして、先方でも大いに受け入れしたいということを言明されたと聞いております。したがって、恐らくは、海外経済協力基金等をいかに有効に活用しながら向こうの要請にこたえていくかということがこれからの問題ではないかと思います。しかしこの問題につきましても、発展途上国から、そういうことになると、それぞれの国に借款の枠の削減が起こってくるのではないかという警戒心もあるやに聞いております。その辺のバランスと申しますか、調和と申しますか……。
では次に、防衛問題について御質問をいたしたいと思います。 まず、この委員会におきまして、過日来大変問題になっております国後、択捉両島のソ連の軍事基地の問題であります。 言うまでもなく、これは本来わが国の固有の領土でありまして、そこに今日の時点において、ソ連が膨大な軍事基地を置いているということを一体どのように解釈すればよいのかということは、まさに国民の最大の関心事でございます。 たとえばこの件に関しまして、米国の対ソ戦略専門家のコリンズ氏は、この両島の基地化問題はまさに政治的なシグナルである、つまり日本は武力で両島を解放することもできないし、米国に頼んでももはや問題にされないという事実を見せつけるためだ、こういう見方を述
ちょっと防衛庁長官からの御答弁を少し後にしていただきまして、先に外務大臣にお伺いいたしたいと思います。 いま、まさに、大臣がおっしゃったとおりでありまして、いわゆる国民の願いに逆行するもはなはだしい事態でございます。先ほど大臣は、近江委員の質問に対して、北方領土の返還、これに対する答弁で、先方に話し合う誠意があるならば、他の問題についても、いろいろと経済協力の面で誠意をもって対応していきたいとおっしゃいました。しかし、今日の時点というものは、話し合うそういう誠意も雰囲気も全くなくて、むしろわれわれの願いをじゅうりんした状態において膨大な軍事基地を置いておる、こういう状態でございます。したがって、この事態が固定化される限り、日本と
では、そういう外務大臣の見解を横に置いて、防衛庁長官としては改めてこの二島の今日の現状をどう解釈、認識しておられますか。
長官のただいまの答弁はかなり現実に即してきた答弁のように思うわけでございますけれども、去る二十一日、わが党の神田委員がこの件につきまして質問いたしましたときには、長官は、国後、択捉両島へのソ連軍配備については「わが国の近接地域に新たな軍事的能力が出現したことには、重大な関心を持っているが、現状は主として、二島の防衛の域は出ないと考える。しかし、二島の防衛以外の目的を排除するものではなく、監視を続け、適時、適切な措置をとるようにしたい」こう答弁しておられるわけであります。ソ連自身があの択捉、国後の二島ないしはソ連領域内のいろいろな軍事地域を防衛する目的のためだ、こういうニュアンスが非常に前に出てきておるわけでございますけれども、しかも
そういう分析の後に、あなたは神田委員に対して、この二島の今日の現状というものは、あるいは極東におけるソ連の今日の軍事配置というものはまさに潜在的な脅威と考えざるを得ない、こういう表現をお使いになったわけであります。いまも再三申されましたとおり、しかも、脅威とは侵略する意図とそして侵略し得る能力である、こういうふうに防衛白書にも五十三年に述べられているわけでございます。私は、その脅威は侵略する意図と侵略し得る能力であるという表現はまさに的確だと思います。しかしもう少しこれを一つの方式的にあらわしてみるならば、少し数学的にあらわしてみるならば、脅威イコール侵略する意図掛ける能力というふうに置きかえても間違いではないと思うわけなんです。い