すぐ調べて報告してください。待っていますから。 じゃ、それはあと回しにいたしまして、それでは、そういう例は過去何回かあるんだろうと思いますけれども、そのつど国防会議の議長である総理からきちんときょうのこの国防会議にはどの大臣とどの大臣が出席してほしいというような通達というものはどういう形で行なわれておりますか。
すぐ調べて報告してください。待っていますから。 じゃ、それはあと回しにいたしまして、それでは、そういう例は過去何回かあるんだろうと思いますけれども、そのつど国防会議の議長である総理からきちんときょうのこの国防会議にはどの大臣とどの大臣が出席してほしいというような通達というものはどういう形で行なわれておりますか。
それで、そういう過去の経過を踏んまえて、いまあらためて正式メンバーとして科学技術庁長官を加えなければならないという必要がどこにあるか。これがいま一番問題になっているところでございます。私は、シビリアンコントロールという以上——あなたは、何も日本の場合は諸外国の例にならわなければならないことはないとさっきおっしゃいましたけれども、やはりこのシビリアンコントロールや国防会議のあり方というものは、先進諸国の例にならって、そのあやまちをおかさないために、いろいろとお互いに検討されてつくられた機構の一つであると私は判断いたしております。先進諸国の例において科学技術庁長官が正式メンバーとして入っている国はどこでありますか。
大体、きょうのわれわれの質問は、この国防会議のあり方について、特に科学技術庁との関係について質問をするということは御承知のはずであります。ところが、肝心のところが全然用意されていないということは、私ども非常に残念であります。 それで、私の手元にあります資料では、アメリカの場合、国家安全保障会議という名前で呼んでおりますけれども、その構成メンバーは議長が大統領であって、議員は副大統領、国務長官、国防長官、緊急計画局長官ということになっております。もちろん、その他大臣の任命する者というのが含まれてはおりますけれども……。だからここには科学技術関係の人は見当たりません。イギリスの場合は、委員長が首相でありまして、そして、委員は副首相、
しからば、なぜきょうこの時点において突然そういう判断をせざるを得なくなってきたのか。わが国の国情というものはここ十数年全然変わっていないはずです。急にそれほど科学技術の力が大きくなったのか、急に原子力というものがへたをすれば軍事目的に利用される懸念が出てきたのか、シビリアンコントロールを徹底するためには、この際どうしてもそういうことにチェックを加えるために、また、そういう意味でのブレーキを確かに踏んでいくためにいま入らなければならないという、そういう変化、情勢というものが新たにどうして生まれてきたのか。
それほどプルトニウムはたまってきているのですか。それほどロケットの開発は推進されましたか。
それでは、もしいま科学技術庁長官が国防会議に入らなくて、このままの状態でいくとするならば、いまおっしゃるような懸念というものは十分わが国においては起こり得ますか。
何のためにわが国においては非核三原則があって、そして国会決議が行なわれ、そして平和憲法があり、断じて核兵器は使わないという定めがあるのですか。そういう定めがあるにもかかわらず、なおかつ国防会議にチェックするために科学技術庁長官が入らなければならないほど、国の憲法というものは、あるいは国会決議というものはいいかげんなものでございますか。
それはわれわれから考えますと全くの詭弁であります。そういう表現をして、科学技術庁と国防会議というものをジョイントしておいて、たてまえは科学技術が軍事に利用されないためにその役割りを果たすんだといいながら、一たん加わった議員というものはいつどのような変質をするかもしれないという懸念を、むしろ国民の側が持つことのほうがよほど当然でございまして、われわれは、一つの現象というものは必ずプラスとマイナスの作用を生ずることを知っておりますけれども、いま科学技術庁長官が国防会議に入るということは、よしんばあなたのお説のように念には念を入れて、より徹底したシビリアンコントロールのためにと思って入り込まれたとしても、受け取る国民の側は、やはり言わずも
見解の相違と突っぱねればそれでいいと思っていらっしゃるかもしれないけれども、私はシビリアンコントロールといい、国民合意といい、科学技術の振興においてもそういうことが必要である、そのたてまえは、あくまでも国民の気持ち、反応に沿わなければならない。ところが、国民がどう思おうとそれは誤解だ、それは知らないからそういうことを言うのだ、われわれのあずかり知らぬところであって、われわれのやっておることは正しいのだ、それだけで突っ走るなら、基本的に国民合意の精神が欠けている。ほんとうのシビリアンコントロールの精神というものはそういうものではないと私は思うのです。なぜその辺、今日まで科学技術庁長官をかつて経験してこられたあなたが、そして防衛庁長官を
一般の国民の判断は、あなたがかつて科学技術庁長官をやられ、そして防衛庁長官をやられ、いま通産大臣になり、そして科学技術庁長官を兼務して、すべてを地固めして一挙に科学技術庁長官というものを国防会議に入れるために、あなたがその準備をしてこられたのではないかとさえ受け取っている現状です。そして、これが今後の科学技術の振興にいろいろ支障になってくることは、明敏なあなたがすでにお察しのとおりです。一体、この責任を今後どうとろうとなさいますか。私はいまからでもおそくはないと思う。まだあなたは国防会議の正式メンバーではありません。法律が改正されておりませんから、いまからでもおそくないから、これは誤解を生むもとであるから、あくまでも科学技術と軍事と
これ以上言ってもあなたの意思は変わらないようでございますから、われわれはあらためてこの法改正の場で論議をせざるを得ないと思います。 私の質問はこれで終わります。 それから、先ほどの調査中のことにつきましては、いまわかりましたか。——じゃあとで文書でどうかひとつ……。
いま他の委員からもいろいろ御賛同ございましたけれども、また大臣の御答弁にもありましたとおり、われわれこの公園問題を契機に、日本と諸外国の都市そのものの構造ないしは概念の根本的な違いをもう一度大いに反省し、そして問題を、再確認しなければならないというふうに思うのです。モスクワへ行きましてもパリへ行きましても、プラハでもウィーンでも、どこの町でもそうですが、上から見るとともかく森の中に近代的な家が配置されて、静かに、連想しながらひそみ込んでいるという感じがいたします。ところが日本の近代都市は、ともかく見渡す限り全部ビルでなければならぬのじゃないかと思い込んでいるぐらい感覚が違う。いま大臣からお話がありましたように、確かにその民族の持って
ちょっと私の考えを御説明いたしますと、いわゆる都市公団というものは、都市公園の健全な発達をはかり、もって公共の福祉を増進するためにつくるんだ。だから、いまだんだん近代化している市街化地域と申しますか、いわゆる都心部そのものに緑をどう与えるか、あるいは子供たちの遊び場をどう与えるかということがやはり本来の定義だと思うのです。ところが、たとえば明治六年、太政官布告で定められた公園がありますね。東京の上野公園とか芝公園とか、金沢の兼六公園とか、奈良公園とか、これはやはりそういう意味でつくられたものではないと思うのです。しかしこれは現在一応都心公園の範疇の中に入っているわけなんでしょう。それからいま一つは、今度たとえば飛島に国営公園ができま
別にいますぐやらなければならぬ問題ではございませんけれども、やはり一度この辺で、建設大臣や環境大臣や環境庁長官が協議されて、その辺の公園の概念の交通整理、それからお互いの持ち場の明確化ということをやられるべきでないか。私はやはり、いま大臣がおっしゃいましたように、当面何よりも緊急を要する問題は、いわゆる自然のあとかたもない今日の精神的に荒れ果てた都市、これをどう手直ししていくか、自然を取り入れて、より情緒的な、人間の快適な環境に変えていくかという問題にやはり最重点を建設省はぶち込むべきである。その他の面では、さらに国土全般のいわゆる環境をどう保全していくか、美化していくかというふうな問題は、環境庁なら環境庁で真剣になって考えるべき領
大臣、国営公園なんかをつくられた場合に、その管理などは環境庁のほうの出先にまかしたり、あるいは地方公共団体にまかしたりなさるのだろうと思いますが、その辺も非常にいろいろと各省にまたがる微妙な問題が出てくると思うのです。ただつくっておけばそれでいいというものでもない。いろいろと法律の整備も必要でしょうし、またそういう仕事の分掌もやはりできるだけ一貫した、筋の通ったものにされることが一つの大事な問題ではなかろうかと思いますので、その点は申し上げておきます。 そこで、私はいつも気になるのですが、たとえば日本の都市の一人当たりの公開の保有面積ですね。これが諸外国のそれと比べてはまるでけたが違う。諸外国の場合、ここで出てくるたとえばベルリ
その辺だと思うということでは少しあいまいでして、私たちもその辺、そうだろうと思いますけれども、歴史的な背景も違いますが、いわゆる同じ次元のものをとらえてそして論じていく、ないしは、自然公園的ものであっても一応その都市の中心部に所在するものは、これは公園の機能に変わりはないわけですから、人間との関係においてはやはり取り入れて計算していくということで、日本が諸外国に比べてなおどういう現状にあるかということを精密にいろいろ検討して、どこまでアプローチしていくかという問題の目標を立てていただきたいというふうに思います。 それからいまちょっと思い出しましたが、国営公園も基礎的な法律はないようですね。ですからこれもたいへん思いつき的だと言わ
それから、実はこの間、市街地化区域の農地、特にA農地の問題が税制上の問題でいろいろと問題になりました。そのときに公園または緑地にしようではないか、そういう名目とそして態度がはっきりすれば配慮していいということに現状なっております。こういう動きをとらえて、これが単に税金のがれのか便ではなしに、ほんとうに説得して、緑地ないしは公園地に買い上げていくということは、建設省がことしあたりからほんとうに真剣になって取りかかっていかれていい問題ではないか。またそうでもしなければいまの市街地の公園問題は解決しないと思います。この点、大臣は今日どういう御心境でいらっしゃいますか。
チャンスというものは生かさなければならないと思いますので、いま御答弁のとおり、ひとつ政府としては関係各省庁の大田と緊密な連絡をとられまして制度をつくり、法が必要ならば法律をつくられて、こういう公園拡大のためにいろいろな手だてを整備していただきたいと思います。 それから、文部省の文化庁、お見えですね。――いわゆる緑とオープンスペースを確保するためには、都市公園の整備とあわせて、郷土史的なあるいは文化的な価値を有する自然環境を保全しながら公園化していくということがこれから非常に大事だと思うのです。各地でやっておられるようではありますけれども、何か文化庁は、いわゆる古文化財に対して保存しろというストップをかけられることは非常にうまいの
文化財というものは、ただそれだけを守るのだったら、正倉院みたいにどこか倉庫のようなところに全部入れておけばいいわけです。しかしそれは現に生きている人、将来生まれてくるであろうわれわれの子孫たちに対して文化財に接しさせることが非常に大事でありまして、そのためには足を運んでみようというような環境を用意しなければならない。またそういう美しい環境があって初めて文化財というものが守られ、その真価を発揮することができる。だからこういう公園行政につきましても、文化庁はさらに積極的な意見を建設省などに申されなければならないというふうに思います。 それから最後に、これから生活様式がどんどん変わってくる、自由時間がふえてくる、そしていわゆるレクリエ
要望ですが、やはりパブリックなものですから、そういう意図でつくられたせっかくの公園あるいは施設が入園料ばかりかせがれるものに悪用されたのでは、全く事志と違う結果に終わると思います。したがって、あくまでもわが国の公園行政の拡大の中で、基本的には公園は大衆のために無料で開放されたものでなければならない、こういう鉄則を貫きながらひとつ国が積極的にみずからの経費を投じて、いま局長からお話ありましたようなもろもろの手だてを講じていく。それが公害をなくする一助にもなりますし、また今日の学生運動の暴走を見たときに、こういう精神的な荒廃をなくしていく一つの大きなささえになると思いますので、一そう馬力をかけてがんばっていただくことを要望して私の質問を