そのことと、一九六九年の十一月にニクソン政権がアメリカの原子力委員会におきまして、将来は民間に移行すべきだと思うけれども、当面は国でやっていこうというような、どちらともとれるような、非常なわれわれにはちょっと判断しにくい表現がなされているように聞いておりますが、そこで、皆さん方はまずアメリカはいま申されたような情勢の中で、なおかつ国営でやっていくであろう確かな年限というものは、向こう何年間くらいだとお考えになりますか。
そのことと、一九六九年の十一月にニクソン政権がアメリカの原子力委員会におきまして、将来は民間に移行すべきだと思うけれども、当面は国でやっていこうというような、どちらともとれるような、非常なわれわれにはちょっと判断しにくい表現がなされているように聞いておりますが、そこで、皆さん方はまずアメリカはいま申されたような情勢の中で、なおかつ国営でやっていくであろう確かな年限というものは、向こう何年間くらいだとお考えになりますか。
実は、将来のことはだれしも的確に予言はできないと思いますけれども、しかし、こういう大きな国家的作業を進めていく場合には、やはりある程度この辺でこうなるだろうということを想定してかからないと、いつまでたっても濃縮ウランの技術というものはどこへ落ちつくかわからないということになってしまうと思うのです。私どもは、一九七〇年代の後半には、アメリカが国営から民営に移すことが大いに予想されるのではないか。そういう場合に日本と共同で開発していこうとする場合には、民営対民営ということになりますね。あるいは国営対国営となるのか、向こうが民営でこちらが国営でもいいのか、その辺のコンビネーションなどについては全然お考えになっていないかどうか。
それからいま一つの見方として、やがて世界では大量にプルトニウムが生産される時代に入ってくると思うのです。そうすると、いままでは濃縮ウランに対して非常に神経過敏な機密保持の問題が論議されてきたわけでございますけれども、いわゆる比較論において、あるいは相対としての機密から見てのウエートのかかり方から考えて、だんだん濃縮ウランに対する機密保持というものは、過去の時代よりは変わった形になってきはしないか。ということは、結局海外に技術を輸出するというふうなことが、数年前よりも少し安易な条件をかもし出してきはしないかというような感じがするのですけれども、その点の考察はされておりますか。
次に、アメリカの日本に対する供給方針についてちょっと気になる点を伺いたいのですけれども、いわゆる日米協定の附属書というものがあって、その中に取引の保障とか、あるいは供給保障などがかなり厳密に規定されているというふうにわれわれは承っております。たとえばウランを送ってやるからそのかわり日本のほうでつくる原子炉の年次計画とその内容をはっきりしなさいとかいうふうなことがたいへんきびしく条件づけられている。それはわかるといたしましても、この供給の協定というものがきわめて一寸きざみでやられている。第一回目は一九六七年にきめられて、一九七一年までの分がきめられておる。ことしは一九七〇年ですから、そろそろ次の分をきめなければならないということで、一
なるべく統一して、それからなるべく節を長く取りきめていくように、一そうの国家的なそういう推進が必要だと思うのです。 そこで、大臣にお聞きしたいのですが、先ほどの中曽根さんの発言といい、あるいは、日本のたいへん遅々としているといったらしかられるかもしれないけれども、そういう自主開発の進みぐあいといい、そういう情勢の中で、核防条約の批准を一そう迫られるというような問題が、来年には非常に大きな政治課題になってきはしないかというふうに考えますけれども、この問題と核防条約との関連について長官はどのようにお考えになりますか。
先ほど三木委員もお述べになりましたが、西ドイツの場合は、原子炉を輸出するということ、いわゆるギブ・アンド・テークというそういう条件の上に濃縮ウランの供給というものが非常に安定化されておるというふうにわれわれは認識しているわけなんです。同じようなことが、やはり日本の場合にもやがて近き将来相手側からいわれるのではないか。 それからもう一つは、これは真偽のほどはわかりませんけれども、NATOで、西独の自衛力をふやしなさい、それと見返りにだんだん米軍の撤退をいたしましょう、そういう入れかわりの中で、これは直接関係あるかないかは別なんですけれども、そういう一つの背景の中で、ウランの供給についてもより確かなことを約束しましょう、こういう裏取
今井参考人にお聞きいたしたいのですけれども、濃縮のコストですね、この辺も、そろそろ事業団としては検討しておられるのではないかと思うのですが、アメリカのコストというのは、二十六ドル・パー・キログラムSWUですか、そういうふうに聞いておりますけれども、これは非常に安い五%の金利で、しかも、償却は三十四年というべらぼうに長い償却で、しかも、五ミル・パー・キロワットアワーという、ニューディール政策に基づいてつくられたダムから引き入れた、そういう非常に低廉な電力を使う。しかも、軍事力というものが背景にあって、どこまで研究を援助しているのか杳としてわかりません。ともかく、そういう特別恵まれた中でのコストでございますね。しかも、この二十六ドル・パ
性能の高いものというのは、結局ガス拡散と遠心分離とどちらのほうが性能が高いか。これも非常にむずかしいでしょうけれども、そういうことですか。
この間動燃のほうへ参りまして、その遠心分離機の原型みたいなものも、あるいは研究しておる現状も見せていただきました。われわれよくわかりませんけれども、何か三十六階のビルをつくるのに昔の大工さんの道具箱をのぞいたような感じでございまして、七二年にチェック・アンド・レビューをする、そしてチェック・アンド・レビューが的確にできれば次の方針をきめよ、こういうふうに原子力委員会はきまっておるはずでございますね。その辺に間に合うのかどうかという質問です。 〔委員長退席、近江委員長代理着席〕
長官、いろいろ日だけ近づいてくるわけなんですけれども、いまお聞きのような状態でございます。私どもはやはりここでもっと積極的にやはり金をぶち込むべきではないか。よしんばそれは捨て金になっても、これは国の科学技術振興のためにはいたし万ない一度通らなければならない道程だと思います。そういう決断がいよいよ必要だと思います。 それからもう一つはマンパワーというんですか、人間の、技術者のほうの不足がやはりおおいがたいものがあるように思うのです。いまお話がありましたけれども、この辺をよほどせかないと自主開発やるんだやるんだというかけ声だけに終わってしまいます。アメリカとの技術導入は、いま中曽根さんよけいなことを言うなということで、これもなかな
そこで、いろいろ聞いてまいりまして、原子力委員会の方も動燃の方もあるいはまた長官はじめ科学技術庁の方々も非常に意気込みやことばはいいんですね。しかし、聞いてみた、そして答弁を得た研究の進みぐあいの実態からいうと、まことにお寒いものがあるのです。だからいかに力んで言われても、われわれには非常に空虚な響きしか与えないのです。民間の協力も得たいし、話し合ってみたい。おそ過ぎるのですよ、正しいと思えばもうどんどん現にやっておられなければならない。その辺何か、言いたくはありませんけれども、お役所仕事的な、そのうちに何とか時期が来れば解決するわいというふうな感じがもしもどこかにあるとするならば、これはもう国費の乱費もはなはだしい問題になってくる
私は先ほどからいろいろ質問をいたしました。しかしその質問はあらゆるアメリカの内部事情からいっても、日本の事情からいっても、世界の事情からいっても、技術導入しなければならないようになる条件というものは残念ながら刻々高まってきているようにも思えますよということを私は長官に御指摘しているつもりなのです。しかもそういう状態の中で断固として自主開発でいくのだ、柱はあくまでも自主開発でいくのだ。われわれはその旗を断じておろさない。ともかくいまのところはおろさないのだということは、これは非常に勇気壮たるものがありますけれども、これはたいへんな覚悟です。相当な体制を組まないと、結局は口ではそう書っていたけれども何もできなくてなしくずしに導入してしま
実は海洋開発の問題につきまして、特に最近科学技術庁は横須賀市長あてに、追浜の海岸にある米軍使用基地が近く返還される、そういうことで、かっこうの場所であるからここに海洋科学技術センターを置こうということで、その土地の払い下げを要請しておられるということを承っております。あの辺の場所に海洋科学技術センターが置かれるということは、海洋開発を進めているわが国として非常に重要な意義のあることだと私は思います。ただ、御承知のとおり終戦直後旧軍港市転換法という議員立法による法律があるはずでございまして、この種の施設が軍あるいはアメリカから返還される場合には優先的に平和産業に貸与される、ないしは譲渡されるべきであるというふうに書かれているはずでござ
特に最近入ってまいります情報では他の場所でも接収解除されるアメリカの基地が幾つか予想されるようでございます。したがってこの場合、きわめて円満に、先ほど局長がお話しになりましたように、他の民間の企業とも仲よく活用できて、その土地の払い下げを円満に受けるということならば非常に申し分はないのですけれども、広くとも将来また手狭になってくる、結局はいつの間にかその中でみんながひしめき合っている、かつ十分な機能をそれぞれが果たすことができないというふうなことになればたいへん残念なことでございますので、そういう点他に想定される用地なども十分考慮に入れて、だれがどこに入るということは別でございますけれども、ひとつきわめて円満にかつ友好的に話が進みま
きのう大臣は、この委員会におきまして、下水道がわが国において特におくれてきたいきさつについてるるお述べになりました。特に、水に流すとか、みそぎとか、ずいぶんしゃれた表現で、自然の川とともに生きてきた日本の歴史的風土という御説明もありました。しかし、これは何も日本にのみ特に言えることではないと思います。諸外国におきましても、人間の歴史というものはそういうところから始まっておる。ところが、ヨーロッパの場合は、特に、ペストであるとかコレラなどの大流行による社会的な甚大な被害を防止することから、きわめて早くから下水道というものが促進されてきた。こういう歴史的条件との比較は、確かに聞いておくべき一つの説だと思います。ただ、私は、今日このように
それじゃ大臣はちょっとお留守のようですので、政務次官にあと続いてお答えをいただきたいと思います。 〔委員長退席、天野(光)委員長代理着席〕 いま大臣からも御説明がありましたように、ただならぬおくれが日本の場合には想定されます。そこで、その技術者の不足を補うためにいろいろと対策を講じようとなさっておりますけれども、これは早急に技術者養成の何らかの機関を設置するということをしないと、ただ意識の高揚や協力の促進だけをはかっておったのでは、とてもこの膨大な下水道普及事業には追っつかないと思うのです。政務次官か局長のほうで、その点何かさらに具体的なお考えがあれば伺いたい。
次に、大臣は先ほど、うしろ向きの話はなるべくやめることとして前向きに考えようではないかということでございましたけれども、少しうしろ向きの話ですが、私はこだわらなければならない問題があると思います。と申しますのは、公害対策基本法ができたのは昭和四十二年でした。実は、第二次下水道五カ年計画というのは昭和四十二年から始まっております。しかるに、その進捗状況を見ますと、きのうもいろいろ論議がありましたけれども、最終年度の来年を残して、現時点における達成率はわずかに六一%で、三九%も残っているということは、公害対策に日本の政府が本格的に乗り出してから、なおかつ下水道問題については真剣な配慮が払われていなかったということの証明になると思うのです
先ほどの数字も流域下水道の関係分ですが、特にこの流域下水道を中心に問題を考えていきたいと思うのです。 そこで、今度の法改正で、流域下水道というものが非常にはっきりと規定づけられてまいりました。この改正に伴って、今後流域下水道をつくろうとする水域が非常にふえてくるということは容易に想像できます。法改正後全国において今後どんどん需要が伸びてくるであろうこの流域下水道の当面想定される総事業量というものはどのくらいのものなんだろうか。たとえば、昭和五十年の時点ではどのくらいになるだろうか、昭和六十年ではどのくらいになるだろうか、この辺の数字をあらかじめそろそろ御検討になっているはずだと思うのですが、御説明をいただきたいと思います。
さっきも言いましたように、いままでの流域下水道は、いわばまだほとんど手がついてない。入場券を取った程度の進捗状態です。だから、その六百億と比べて六・二倍になった。確かに伸び率はたいへん大きなようについ錯覚いたしますけれども、私は、それは、積極的に今後やろうとする証明にはほとんどならないというふうに思うのです。問題は、向こう五カ年間の、いわゆる第三次五カ年計画の総ワク二兆六千億の中で、特に流域下水道分は三千七百億ぐらいでいいのだろうか。要するに、私が聞きたいのは、全部の下水道関係の総事業量の中で、流域下水道といえばその根幹をなすものだと思うのですが、それが二兆六千億分の三千七百億ぐらいでバランスがとれていくんだろうか。この問題をまず伺
専門的にはそのくらいでいいんですね。この総額二兆六千億で足りるか足らないか。とても足りないと思いますけれども、一応バランスの問題でお聞きしますが、二兆六千億のうち、四十九水域にかかる流域下水道並びにその関連の公共下水道分は一兆六千四百億である。そのうちの一番しんになる流域下水道は三千七百億である。われわれよくわかりませんが、そのくらいのバランスで走っていって、それは全体としての機能を発揮するわけなんですか。その点の自信があるのかないのか。単にいままでの予算額との比率の中で、六倍にもなったんだから、これ以上は要求できないんではないかというふうな考え方が基礎にあるとするならば、先ほど大臣に申し上げましたように、この流域下水道を根幹とする