継続的ということは、公営住宅の問題というのは絶えず継続しているのですが、それじゃ、来年も必要に応じて絶えず——年々相当期間慎重に研究を続けられるということですね、大臣。
継続的ということは、公営住宅の問題というのは絶えず継続しているのですが、それじゃ、来年も必要に応じて絶えず——年々相当期間慎重に研究を続けられるということですね、大臣。
だとすれば、大臣は、先ほど、こういうややこしい数字をひとつすんなりさせることには賛成だとおっしゃいました。そうして、できるだけ慎重に検討を加える、しかも早急にやりたいという気持ちを持っておられたと私は解釈いたします。まず住宅宅地審議会に数字をだれにでもわかるようにもう少しはっきりさそうじゃないかという問題——私の考えでは、粗収入でいいと思うのです。会社の給料の明細をもらってくるときに、一々、給与所得控除を引いた額は幾らで、家族一人当たり三千円引いたら幾ら、そんな数字は、受け付けたほうで計算するわけでありまして、もらってくるほうは、いわゆる給料袋に入っている粗収入の数字を事業所からもらってくるわけですから、それに基準を置いて、計算はい
では、その答申の結論をまたなければこういうことは一切きまらないという機構になっているのですか、この種の問題でも。
民主的にその審議会のいろいろの意見を聞かれる、大いにけっこう。しかし、この席で、大臣としては、まず来年からでも、政令に定めるいろいろな数字に関してはそのようにいたしましょうということ、あるいは必ずスライドするというふうにいたしましょうというようなことは、私は大臣できめられると思うのです。その辺をはっきりしてもらわないと、この公営住宅法に対するわれわれの態度がきまらないのです。いかがですか。
だいぶ御答弁の内容がはっきりしてきたし、前向きになってきました。もう少しあとで、またはっきりとしなければこちらの態度もはっきりできないので、その点はまたそのときといたしまして、実は葉梨委員はじめ社会党の各委員が御質問なさっておりました高額所得者の問題ですね。高額所得者、年収二百万をこえる人たち、こういう方々についてひとつ出てもらおうではないかということ、まあ理論的には正しいと思うのです。二百万という線が正しいかどうかは別ですよ、しかし、どこかで一つの線を引いて、それ以上明らかに収入が上回る人たちについては、乏しきを分かち合うという意味で、もっと低所得者で困って入れない人たちがあるんだから、ぜひ出てもらいましょう、この考え方は、私は社
そういう抽象的な答えでは、何も答えていただいたことにならないのです。局長さんひとつ……。
大臣、お開きのとおり、いま局長のほうでもいろいろとそういう点では配慮なさっているように思います。ところで、高校を出て年収三十万円、それから控除するもの十四万円、残りが十六万円、それの三分の一を引いてとか、いろいろ計算なさっているようですけれども、そういう実際の小さい数字、こういう子弟の小さい収入を多少とも合算しようとする考え方自身がどうかしていると私は思うのです。大臣、これは理論的に申しましたら——いわゆる入居基準ですね、第一種だと思うのですが——第二種の入居基準というのは、少し歴史的な経過から見て意味が違うと思うのです。二種でもいいですけれども、私は一種だと思うのです。第一種の入居基準に該当するような資格を持つに至るまでの子供たち
いろいろ頭のいい政府の皆さん方が、机の上で理論的につじつまを合わせる意味では、多少はやはり合算すべきであろうといって数字をはじかれた努力のあとは、私も認めるにやぶさかではございません。しかし、そういうことば実際には意味のない数字なんですね。ほとんど大部分には関係しない。しかも、与える心理的な影響は、場合によったら、子供の収入まで合算されるのかということで、理論的にはやはり非常に弱い面を持ちます。これはどう常識的に考えたって、独立する能力を持たない、入居基準にも達しない子供たち、これは親が預からなければならないのに、しかもほとんど家の足しにもならないのに、また、化粧品やくつを買ってやらなければならない娘たちの収入を、どうして合算しなけ
私の質問を終わります。
初めに長官にお伺いいたしますが、今日日本の国民がわが国の自衛隊に対してどういう一般的な評価をしているか、その力に対してどういう認識を持っているか。これは絶えず新聞などがいろいろな設問を試みて世論調査をしているところでございます。もちろん国防の最高責任者である長官は、絶えずそういう動向をよく把握しておられると思う。国民の一番大きい声、合憲か違憲かという論議はともかく別にして、今日現にあるわが国の自衛力に対して、国民はこれをどの程度に評価しているか。その一番大きい国民の声、反応は何かという点についてまずお答えいただきたい。
私が聞いているのはそういうことじゃないのです。現にあるがままの今日の自衛力に対して、自衛隊に対して、国民はその力をどの程度に評価しているか、そういうことなんです。認識を持ってきたとか、理解を持ってきたとか、国防意識が少し芽ばえてきたとか、そういう抽象的な問題ではなしに、この自衛力が今日の日本の防衛にどの程度役立つというふうに感触として受け取っているか、その一番大きい声は何か、それはあなたは知っておられるか、こういうことなんです。
全く驚くべき認識の不足だと思うのです。現に国民は、この自衛隊は間に合うだろうかということに対して一番大きい声は、ある程度間に合うと思う、その次に大きい声は、あまり間に合わないと思う、この程度なんです。いまおっしゃったような、局地的な戦いに対してもしも予想される侵略がありとするならば、これは非常に役立つであろうというような声は、もうほとんどない。その原因はなぜか。事実そうであるとするならば、もちろん国民は、防衛に対してはそれぞれさしたる専門的な知識は持っておられないにしても、何となくそういう感じを与えている最大の原因は何かという点について、考えられたことはございますか。
答弁を非常にすりかえられると困ると思うのです。そういう意識の問題とかは別として、国民が今日の自衛力に対してどうもはっきりした期待やあるいは評価をすることができないというのは、それの最大の原因は、それをはかる尺度を持たないということなんです。なぜ尺度を持たないかというと、日本の防衛というものは日米安保条約に基づいて、アメリカの戦力と日本の防衛力、これの組み合わせによって守られるのだ、そういうところまでは知っています。その中で日本とアメリカのお互いの分担の限界、その辺が非常にはっきりしない。どこまで日本が守り得るのであろうか。あるいは想定されるどの程度については、日本オンリーで守れるのであろうか、こういう場合には日本だけでは守り切れない
長官の答弁がいまおっしゃるようにまことに春風駘蕩であるものですから、これは国民がいまの自衛力に対していろいろ評価しようとしても評価し得ないのは当然の話だと思うのです。 そこで私は、国防会議の事務局長の海原さんがお見えのようでございますからお伺いいたしますけれども、いろいろあなたが書いておられるところ、あるいはいろいろな機会に論じておられるところによりますと、日米の防衛の分担、これについては日本は内野を守るんだ、外野はアメリカにまかせておくより以外にないという、非常に抽象的な表現を使っておるようにわれわれは承っておりますけれども、そういうことでは概念としてはわかってもいかにもぴんとこないと思うのです。内野とはどれをさし、外野とはど
では、いまの問題について防衛庁のほうからお答えいただきたいと思います。
いまお二人のお答えになったところで特にひっかかる問題は、積極的な打撃力というのは何ですか。積極的な打撃力は日本は持たない、消極的な打撃力は持つ。積極的な打撃力とは、迎撃するときも積極的な打撃力なのか、あるいは向こうの基地までたたくというような打撃力なのか、その辺のところをまず……。
そうすると、一たん日本が侵略を受けた場合に、相手の基地をたたくという積極的な打撃力は日本の自衛隊自身は持たないとしても、また断じて持つべきではないが、アメリカにはそれをしてもらうことはあり得るということですね。
それは日本が一たん攻撃を受けた場合には、極東の地域の全域に対してアメリカに要請してこれを爆撃に出かけてもらうというふうなことは大いにあり得ますね。それは日本の自衛という力の中に内蔵されるものなんですね。安保条約というものにささえられた日本の自衛のワクの中に入るものなんですね。
それでは長官、ひとつはっきりしておきたいのですけれども、憲法九条には、日本はどのように解釈しても外には攻めていけな いということだけは、これは万人の知るところ、はっきりしている。しかし一たん日本が攻撃を受けた場合には、アメリカに要請してどこへでも攻めていくことができる、報復爆撃といいますか、報復手段に訴えることができるということを、はっきりと長官はそういうふうに理解し、そういうふうにこの憲法は解釈できると考えておられるかどうか。
そうすると長官、日本がもしも不当な侵略を受けて、これを迎撃したところがとても守り切れないという場合には、アメリカの第五空軍や第七艦隊の力を借りてどんどんどんどん相手をせん滅にかかる。これはどこの戦争ですか。日本の戦争ですかアメリカの戦争ですか、日米両国の戦争になるのですか。どういうことですか。