お話のように、二十六年から八年ぐらいは全国銀行がウエートが非常に高うございました。これはやはり私考えますのに、二つの理由があったろうと思います。 一つは、相互銀行なり信用金庫が出発いたしましたのがやはりこの時点でございまして、まだいわゆる預金を扱う金融機関としてようやく新しい制度に乗ったばかりであったということが一つあろうかと思います。今日の相互銀行及び信用金庫の体力と申しますか、段階から見ますと、格段の違いがあるということが一つございます。 もう一つは、このころはいわば届け出だけで野放しにしておったということも一つあったろうかと思います。ようやくそれを指導するようになりましたのは三十年からあとでございまして、今回私どもがも
