所得税法によりまして、保険金と同様、要するに、心身に対して加えられた損害あるいは慰謝料につきましては非課税という規定がございまするので、その規定から課税しないということになっておるわけでございます。
所得税法によりまして、保険金と同様、要するに、心身に対して加えられた損害あるいは慰謝料につきましては非課税という規定がございまするので、その規定から課税しないということになっておるわけでございます。
確かに、いまのお答えは多少不十分なことがございまして、松井先生にはいわゆる釈迦に説法の面があるわけでございますが、財産の分与につきましては、幾つかの面があろうかと思います。一つは、夫婦生活中の財産の清算という問題、それからその後の生活の保障という面、あるいは先ほど申しました損害、慰謝料的な面。で、これをどのように見るかということにつきましては、現在のところ必ずしも通説というものはないように存じております。ただ、非常に強くあらわれておる面は、夫婦生活の財産の清算という面と、あるいは心身に加えられた損害に対する補償という面等もございまして現在課税していないと、かように考えられます。
確かに、先生の御意見は、私どもとしても今後検討に値する問題だろうと思います。ただ、現在、贈与税、これは申すまでもなく相続税の補完というたてえまをとっておりまして、基本的にはやはり長年にわたってその夫婦が相協力してまいりまして、ただ、今日のように、核家族といわれておりますような風潮、あるいは居住用の財産についてこれを妻には譲っていきたいというようなそういう背景からいたしました場合に、基本的には、妻がその老後の生活を保障するというたてまえから居住用の財産を譲りたいといった場合に、それについてまあいま平均的な財産であるならば、これを課税の対象外に置くという発想から実はできておりまして、多分にその二十五年と申しますのも沿革的なことからきめら
かなり客観的にそれに居住をしておられるという事実がないと、この要件には当てはまらないわけでございます。
もちろん御主人と一緒に住んでおられる場合にはいいわけですが、人に貸しておられるといった場合には、もともとこの配偶者に対する居住用財産を優遇するという趣旨が、老後非常に不安定なために、住む家をなくした場合に、せめて住む家については配偶者の控除をお認めしようと、かような趣旨でございますので、基本的にはやはり一般の相続税なり贈与税の考えておりますところがある程度の富の集中というものを排除しようというところである以上は、自分が住むだけの家、これだけはひとつ配偶者としての当然の権利であるから控除しようという趣旨でございますので、それ以外のいわば一般的な財産ということである場合には、それが家屋であろうと、土地であろうと、あるいは有価証券、動産で
まず、最初に、沿革的と申し上げましたのは、私は、年限を二十五年あるいは二十年にしておること、あるいは、二十年一本にかっきり区切っておるのが、多分に沿革的な意味があろうかと申し上げたわけでございまして、居住用財産の贈与について控除を認めるということについては、もちろん一つの制度でございますから、沿革的なことはあろうかと思いますが、考え方の基本といたしましては、先生いまおっしゃいましたように、夫婦協力してつくってきた財産が、それが居住用財産になった場合に、これを当然妻に譲ってやろうというのは、これは一般の通念としてもう定着しつつある状況でございますから、それに着目して、自分の住む家ぐらいは残してやろうと、かような趣旨だろうと思います。し
松井先生に非常に専門的なことを私から申し上げるのもはなはだ恐縮でございますが、現在の相続税のたてまえは、やはり夫婦財産制度に基本を置いておるというのが原則だろうと思います。その夫婦財産制度はわが国の民法の夫婦別産制ということを基本のルールにしておるわけでございまして、御指摘の今回の配偶者に対する優遇措置というのも、その基本原則の中で行ない得るいわば最大限の措置ではなかろうかと、かように考えておるわけでございます。したがいまして、夫婦生活の間に形成されたそれぞれの持ち分をいかように税制が考えるかということについては、先生の御指摘のように、私どもとしてはできるだけこれを厳格と申しますか、やはり社会通念があらわれておるものとしての民法のた
これは多分に税の執行上の問題もございますので、具体的なことになりますと、あるいは国税庁からお答え申し上げたほうがいいかと思いますが、税法の原則論から申し上げますと、いまのような例でございますと、そのむすこさんが農業経営の主体になっておられる、かつ、実際に自分がその所得を得ておられるといった場合に、その農地の買い入れ資金を自分が出されておるものであれば、贈与税は課税されることはございません。ただ、こういう場合でなくて、お父さまがその家得者である、あるいはその資金の出し手であるという場合には、その名義をむすこさんにされる場合には贈与税が課せられると、かような問題が起こります。やはり具体的なケースで判定をすることになろうかと思います。
大体、いま先生のおっしゃったとおりでございます。その具体的な事情によりまして判定をせざるを得ないだろうと思いますが、まあ一切その辺の事情を勘案いたしまして過当であると認められる場合には、贈与税を課税するというたてまえになっております。
おっしゃるとおりでございまして、婚姻生活中の夫婦の協力によって得た財産の額と思われるものということでございます。その他それに多少関連する事情も考慮することではございますが、原則としてはそういうことでございます。
それは、御質問の趣旨は、財産分与の場合は贈与とみなさないということでやっておりますので、配偶者控除というようなことの優遇は受けられないと存じますが。
まあ観念的に申しますと、おそらく、過当であるというようなことを執行上たてまえとしておりますのは、いま非常に例は少ないとは思いますが、やはり租税回避のための仮装離婚というようなこともあり得るようなことで、それ以外には、おそらく離婚をなさる場合に、それ相応の財産を分けられるには、それだけの理屈が——私どもは大部分はやっぱり家裁で協議の場合がむしろ多かろうとは思いますが、そういうケースである場合には、おそらく過当であるというような判定はする根拠もないものではなかろうかと思います。ただ、これは、どの程度が過当かということは、個別のケースによってのみ判定できることでございますので、一がいには申せませんが、おそらくそういう過当だということをめぐ
確かに、入場税、あるいは入場税に類するその他の娯楽、あるいはそれに関係するサービス等に対する消費をどう考えていくかということは、これからの税制の一つの基本的な問題だろうと思います。一つは、こういう消費が非常に高度化多様化していく社会生活の中で、その担税力をどういうふうに求めていくかという基本的な問題の考え方にあるわけですが、基本的には、個人の担税力を所得の稼得だけに求めていいか、あるいはそれを消費する段階で担税力を求めるかという問題が今後の税制の課題だろうと思います。そうした場合に、これを個別のそういう消費税一つ一つの形態に即して考えていくことがいいのか、あるいは、それを一般的な消費というものの考え方の上にそれぞれの方位に担税力を見
直間比率の問題は、もう木村先生に申し上げるまでもないことですが、それ自身としての数字がそれほど意味があるものとは考えておりません。ただ、わが国税制のあり方というのが、大体二十年ぐらいを一つのきっかけとして常に見直してくるようなことでございました。それで、国会などの論議を通じましても、わが国の七〇年代以後の税制をどうしていくかということをこの際基本的にやはり見直すべき時期にきておるというように、そういう考え方がむしろ一般的になってきておるこの際、ひとつ税体系、あるいは税の負担、あるいは直接税・間接税のあり方を総合的に検討していこうということで、ことしの八月をめどといたしまして、そういう基本的な税制の見直しの作業を税制調査会で御審議を願
二十二年の十二月から試算をいたしますと、これを消費者物価指数に換算いたしますと、当時の一般免税点が三円でございまして、五・四八倍というところでございます。
先生のお話しの六百倍は、昭和九年から十一年を一といたしました場合、六百倍近くになっておるわけでございます、六百十一倍でございますか。ところが、昭和二十二年では、九八・七四、約一〇〇に近いわけでございますので、それからいたしますと、むしろ六倍というところではなかろうかと思われます。
はなはだ申しわけございませんが、月で実はやっておりませんので、ちょっと……。いずれ後ほどまた調べまして御報告さしていただきたいと思います。
消費者物価指数を基準にとりますと、昭和九年から十一年を一といたしまして、急激に上がりましたのが実は昭和二十一年でございまして、このときに約四十六倍、四十五・九二倍ということになっておるわけでございましてそういう意味からいたしますと、いまの先生の御指摘の二十二年四月の前の二十一年の四五をとりますと、ちょっと暗算で計算いたしますと、約十二倍ぐらいになるかと思います。
妻が相続を放棄をした場合の計数については、国税庁でもちょっと統計をとっていないようでございますので、お答えいたしかねます。
正確には裁判所で調べる以外には方法がないということのようでございますので、一応国税庁においてその努力をいたしてみたいと思います。その後またあるいはそれができないということになるかもしれませんが、一応研究してみたいと思います。