刑事局長どうですか。
刑事局長どうですか。
書類がないんですが、書類は検察庁は見ておられると思うのですけれども、その決裁書は今自治庁の方からは依頼書というお話です。預託がえの依頼書等について、どういうように確認をせられましたか、どういうように知事がはんこを押しておると、決裁をしてると、こういう工合にあれしておられますか、今多少答弁は違いましたが。
それは写しなり何なり提出を願っておきまして、銀行局からおいでになっておりますが、これは官庁ではございませんけれども、民間の取扱い等を考えますと、まあ百万円程度ならともかくですが、一億の金を金庫銀行から移しがえをする場合に、どういう取扱いをなされておるのでしょうか。
そうすると、契約書は土屋香鹿の名前になっており、定期預金の中から一億という金を移しがえをするわけでありますけれども、その場合には、福岡県知事土屋香鹿氏の名前でなくて、出納長だというのですか、それとも金庫契約の責任者あるいは金額あるいは金の性質、そういう点からいって土屋香鹿という名前で移しがえをするのか、その点はどうでしょう。
一億の金を十二月の五日に、最初一口で銀行からは出ておる、それからあとで二口になっておりますが、最初十二月五日から三カ月預託をいたしまして、その次に預託をいたしましたのは四月の二十四日と四月三十日であります。その間に五十日ばかり差があるようでありますが、これは一ぺん銀行に返ったんでしょうか、日にちは六日の違いはありますが、三千万円と七千万円のあれは、二十四日と三十日の違いはありますが、この辺はどういうように検査、調査してこられたのか、承わりたい。
その十二月の五日に預託をした、県金庫から預託がえをした。そうして一二カ月たって、三月の五日から四月の二十四日なり三十口まで、一カ月以上、とにかく五十日ばかり期間がございますから、もしそういう期間があれば、これは当然金庫に返っておる。こういう判断をして差しつかえないかどうか。その点については、これは事実は明らかでなければ調べを願って、あとで報告を願いたい。 それから事実はとにかくでありますが、一カ月と二十日、二カ月近くも間があれば、これは当然県金庫に返りますね。
当然返るという話です。そうすると、一ぺん金庫に返っておる。三月五日から四月二十四日ないし三十日までに返っておる。そうすると、新たにもう一度預託がえをするということになると、これはどうですか、知事の承認を得なければならぬものだと指導要領によると考えられますが、その点はどうでしょう。
これは一億が、検察庁の御説明による信用金庫云々というのは、これは口実で、実際は県からまっすぐに第一相互に入った。こういうことですが、この三十一年の三月から四月の三十日まであいておって、帳簿上新しく一億が今度は三千万円、七千万円と分れて預託をされたところを見ると、一億というものが二つ動いているのではないか、こういう疑いも持たれる。それからもう一つは、これはその後御訂正になられたかどうかと思うのですが、八千万円の焦げつきができたので、そこでその八千万円の歳計現金の穴を埋めるために、新しくまた九千万円預託が行われた。こういうことですが、この点は自治庁あるいは刑事局長も、前に衆議院において御説明になりましたところを御訂正になりますかどうか、
それでは自治庁の方は、三月五日から四月二十四日あるいは三十日までというのは、これは新しく別な金が預託されたのではなくて、初めからの一億の金がずっと預託されているのだ、五十五日ばかりのものは、帳簿上の記載の手落ちだと言われるのですか、その辺はどうなっているか伺います。
明らかでないところは、あなたがおいでになったときにあった帳簿を調べてないのですか、それを調べて報告を願いたい。それからもう一つ、この点は、これは調査官が行って調査をしなかった証拠です。刑事局長の方は、三月五日から四月の二十四日、あるいは三十日に、初めは一億だったものが四月三十日に三千万円、四月二十四日に七千万円と二口になって新しく帳簿上に出ている。こういうことは御承知であったかどうか。それからもう一つは、あとの九千万円はどういうものだというようにお調べになっておるか。
銀行局検査部長さんにお尋ねをいたしますが、三十二年の二月一日に二千万円第一相互から県に返済をされた。これは、焦げついておったものの中からですが、第一相互として出せるような状態にあったかどうかという点を第一に伺いたい。それから三月二十三日に一千万円第一相互から県に返っておる、こういうことです。これは信用組合であるかどうか知りません。それから三月の十六日に、福岡相互に四千万円、西日本相互に五千万円、県から歳計現金をそれぞれ預託をしておる。その中から一千万円ずつ引いて、西日本から四千万円、それから福岡相互から三千万円、これが第一相互を経由しておるかどうか知らないが県に返っておる。こういうことは、これは県が西日本相互あるいは福岡相互及び第一
そうすると、このことから、これは銀行局として確認できませんか、八千万円とにかく焦げついている。従って第一相互銀行が一千万円、それから西日本、福岡から七千万円、五千万円、四千万円という預託を受けて、それから四千万円、三千万円を福岡県に第一相互が返した。八千万円は、一千万円返していますから、七千万円が焦げついている。それから県と福岡相互、西日本相互、それから西日本相互、福岡相互と第一相互との間に関連はないと言いますけれども、常識的に考えて、これは関係があるという以外に考えられないのじゃないですか、この二点について、あなたの判断を伺いたい。
自治庁に伺いますが、三月十六日の五千万円、四千万円をそれぞれ西日本相互と福岡相互とに預託をいたしました。これは新しく預託をいたした。運用要領によりますと、これは金庫銀行以外の金融機関に預託をするのでありますから、指導運用要領の一の二に従って必ず事前に知事の承認を得なければならないことだと思うのですが、そういう性質のものであるか、あるいは知事からの承認をどういう工合にとっておられるか、どういう趣旨で預け入れたのか、調査の結果を一つお述べを願いたい。
小林部長に伺いますが、出納長発議ということですが、中小企業金融にいたしましても何にいたしましても、先ほどは知事部局から云々という……、これは政策金融でありますから、建築部長あるいは商工部長から申請をするのが、これは当然だろうと思う。それから実際の今までの運用からいって、二十五年、以前においては県議会が議決をし、要請をして、あるいは経済委員会でありますとか、あるいは社会労働委員会であるとか、そういう委員会から要請をして、政策的に金庫銀行以外に預託をするというのが、これは常道だと思う。出納長逮捕直前です。逮捕直前に出納長が申請をして、九千万円を預託を申請をした、知事の承認を得たというならば、これは焦げついておった一億のうちの、二月過ぎて
井本刑事局長に伺いますが、これはこの福岡県から二つの地元相互銀行に預託をし、それから地元の銀行から第一相互に、何と申しますか、融資と申しますか、預託がえを一部して、そうして第一相互から来た、返った、こういう点について、これは新聞なり、その他を見まして、みんな私が考えるように考える。それは住宅協会の場合には住宅資金云々ということだし、そのときの模様は、金を必要とするに至りませんでしたけれども、名目はそういうことである。ところがその場合に名目がないわけですね。そうして、しかも出納長からとにかく承認を求めたというならば、私が先ほどから申し上げたように、逮捕寸前の出納長なり山本副知事なり、それが知事と相談して穴埋めに、証拠隠滅ではございませ
その点については、まあさらに捜査をしておるということでありますから、世論と言いますか、常識が考えるところは、そういう点だということで、その常識なり世論なりにこたえて捜査をしていただくという要望をいたして、次に移りますが、検察庁で、先ほどちょっとお尋ねがございましたが、向井何がしと土屋知事との関係をお尋ねがございましたが、検察庁では前に土屋——これは副知事であります。前副知事時代に道路協会をトンネルにして、杉本知事退職のときに五十万円、奥田副知事に三十万円という金を贈ったり、あるいは道路課長の渡米に当って八十万円をこの道路協会をトンネルにしておった。そのトンネルにして県の外郭団体と申しますか、県知事あるいは副知事等が役員をしております
この土屋知事がやめさせられた、それから続いて山本総務部長がやめた、そのときに緑荘事件というのがあった、それからこれは、今度の選挙の直後でありますけれども、これは筑後川にかかっておる両筑橋の架橋に当って、土木部長が土木業者から資金を集めまして、土屋知事選挙の選挙資金にしたといううわさがあります。そういうことを知っておられるかどうか。 それから三十年の五月選挙の後に議長の選挙が行われましたが、その選挙に当って、これは一千万円と関連がございますが、関連があるかないかは、あなたの方でお調べになることですけれども、多額の金がばらまかれたということは、これは隠れもない事実です。県民全部が知っている。そういう点について、十分御存じの上で取調べ
あとの議長の選挙に金が多額にばらまかれて、しかも、新聞紙上によると、一千万円のうち六百五十万円はこの議長選挙の穴埋めに使われた。これは各紙ともが報じておるのです。ある程度検察庁の調べでも明らかになったかのように言われておりますが、その点が明らかでないようでありますが、その点はどうですか。重大な点について答弁が落ちております。
そうすると、六百五十万円に近い金が議長選挙にばらまかれた、そういう点については取調べをしておって、これをうやむやにするつもりはない、明らかにして参りたい、こういうことですか。
先ほど、向井氏と土屋氏との関係、土屋氏のこれは内政部長時代だったと思いますが、同居しておったということは御存じかというような御質問がございましたが、そのころ、向井という人は右翼団体の人で、大陸から引き揚げて来て、土屋氏のところに同居をしておった。それからその後、塩の特配を受けて、これは、塩その他物資が非常に少い戦後の話でありますが、つけもの屋をやって、塩の特配を受けて、相当もうけておった。その当時、東中洲に事務所を持って、壮士らしいものが数人出入りしておった。そのつけもの屋の時代に、土屋氏との間に塩の特配云々について関係があったやに言われております。 それから、土屋選挙の際に、非合法文書と申しますか、選挙違反の文書を流したり、あ