そうしますと、今の地方公務員の場合には、地方公共団体の利益に奉仕する、こういうことに了解してよろしうございますか。
そうしますと、今の地方公務員の場合には、地方公共団体の利益に奉仕する、こういうことに了解してよろしうございますか。
それからさつきの団体行動云々という点でありますが、争議或いは罷業、怠業等を背景にした、いわゆる労働組合法上の完全な団体交渉権がないことは私も知つておる。併し国家公務員の場合に、それから地方公務員の場合には更に範囲が広くなりますけれども、一応その団体を結成し、組織を通じて代表者を選び或いは勤労条件に関して、その他もございますが、当局と交渉することができるというのは、法上ちやんと保障された点であります。それらの意味においての使用者に対してその勤労条件に関して交渉をする権利はこれは法上保障されておると思うのでありますが、如何でございましようか。
問題は二つあるのでありますが、先ほど法制局からちよつと御答弁がありましたが、それは労働大臣が来られる前であります。憲法に保障された団結権或いはそれに基きます団体行動或いは団体交渉については、その特殊の地位に基く制限はあるとしても、これを全く否定し去るとするならば、それは憲法違反になりはせんか。政治的な行為の場合については人事院規則を引合いに出して、法律に基きましようとも行政委員会としての人事院の規則制定権に基いて政治行為が完全に禁止され、それは執務時間内だけでなしに執務時間外においても一切について政治行為が制限されるという結果になるならば、これは人事院規則十四条七でそうなつておると私は考えるのでありますが、若し仮にそうなるとするなら
国家公務員でありましようとも、地方公務員でありましようともその特殊な地位と言われますが、その特殊な地位というのは国の権力関係ということを言われましたからそういう言葉を使いますが、権力関係の中にある、或いは国の行政事務或いは地方公共団体の行政事務をやる、こういう地位であつて、それは国に使われておる或いは地方公共団体に使われておる、そういう限りにおいて行なつている制限であつて、仮に勤務時間外において或る行動まで制限を及ぼすというのは、これは行き過ぎではないか、或いはこの法律が、三法案が通りますならば、地方公務員の中の教職員は自分の属しております地方公共団体以外の地域においても政治行動その他一切が禁止される、こういうことになるのであります
全体の奉仕者と言われますその奉仕着たる地位は、公務員としての仕事をしておる国との関係或いは地方公共団体の関係だけではありませんか。仮にお尋ねをいたしますが、それじや勤務時間外であるとも公務員である、こう言われますが、私はそうは考えないのでありますが、例えば公務員が勤務時間外に恋愛をした、或いはランデブーをやつた。これも国家公務員の地位と関係があるから、これはいい悪い、こういうことを判断しようとなさるのでありますか、或いは教職員の場合にもそういう事例が最近あるようでありますが、労働大臣具体例を挙げましたから一つ御答弁を願います。
先ほど労働大臣は、自己の属する地方公共団体以外のところでは活動はやらんはずと思つておつた、ところがやるようなことがあるから云々というようなお話です。ところが問題はそういうことではなくて、或いはそういう精神で労働大臣は、個人小坂善太郎氏は、議員として地方公務員法の改正に参画されたか知りませんが、法制的に考えますれば、法体系から考えますならば、憲法上保障された団結権或いはその他の権能を制限するとしても、これは合憲的或いは合目的でなければならん。その特殊の地位に基いて制限をするということで、国家公務員なり或いは地方公務員法上の制限がなされたと思うのでありますが、それは例えば、今の教職員の問題について言えば、これはその当否は別問題にして、教
そこで、現行法上ではこうだ、それから教育者は全体の奉仕着であるから云々と、こういう御答弁でありますが、その議論に入ります前に、労働大臣に、或いは内閣の労働政策の担当者として、国家公務員法が二・一ストに関連するマ書簡によつて出て来たことは、これは承知をいたしておりますが、講和発効後、占領というものがなくなつて、そこで労働大臣としては考え直すべきではなかつたか或いは考えるところがなかつたか、国家公務員法或いはそれに基きます人事院規則によつて政治活動を完全に禁止するような結果になるとすれば、それは合憲的な範囲を逸脱しておるではないか、或いは国家公務員或いは公共企業体、或いは地方公企労法或いは国家の現業関係の公務員、それから地方公務員、いろ
労働大臣の御答弁を……。
労働大臣の答弁の中に大事な点が落ちておりましたが、憲法上保障されておる諸権利、それからそれを国家公務員については国家公務員法によつて制限をされる。併しそれは合憲的に或いは合理的に制限されること以外には許されないのではないか、講和条約発効後再検討すべきではなかつたか、特に人事院規則十四条の七によつて政治行動が完全に禁止されるというようなことになつておるとするならば、それは合憲性が人事院規則について争わるべき段階になつているのではないか、或いは国家公務員としても公企労法関係、或いは現業関係、それから地方公務員、地方の現業関係、或いは地方公労法上規制されておる労働者、それから地方公務員の中で一般の地方公務員と今文教職員は、義務教育学校の職
国の全般の労働政策或いは労働法の体系の全部に亘つて検討をする意思がない、こういうことで良心の片影さえもございませんので、これから先は争つてもしようがないのですが、どこかで公務員を含みます労働関係について再検討の意思があるということでありましたが、そういう最小限の良心さえもないことを大変残念に思います。だからこそこの委員会、この連合審査に臨まれる態度等について遺憾の点があつたのだと私は遺憾の意を表して先に進みたいと思います。 それから私たち文部大臣が身分の点について法律がこれを国家公務員にする、こういう工合に誤解をしておるかも知らんがというお話でありましたが、そういう誤解を私もいたしてはおりません。ただ或いは教育という教育公務員の
公務の適正ということを言われましたが、その点はこれは地方公務員であると国家公務員であると問わず、公務であるということはこれは公務の任務或いはそれが近代的な労働関係でありましようと、労務の提供或いは売買であるという基本的な点であろうと思います。これはそうであるということを認めますが、公務というものが或いは団結権その他憲法に保障された憲法上の権利を制限するとしても、それが規制の事由でなければならんじやないか、こういうことを先ほどから申上げ、そうしてその公務というならば、その公務を提供する、労働を提供するその範囲内の問題ではないか。従つて執務時間以外について、これを先ほどからランデブーの話をしましたけれども、労働以外の自由を拘束すると同じ
三十六条の五項を繰返して読上げられましたが、それはその第一項等に関連して、例えば知事が内閣が迭つたら自由党の選挙運動をやる、或いは部長も職員も自由党のあれをやる、それから今度は又内閣が迭つて社会党が天下をとつたら社会党の党色に染つてやる、こういうものを抜くために五項というのが作つてある、私はそうだと思う。この五項の制限は第一項なり三項なりの運用のこれは注意規定として五項というものができたと思うのでありますが、而もなお第一項において政治活動が自己の属する地方公共団体以外の所、或る場合には区といつたようなものも挙げられておりますが、そういう所でなし得るということは、これは一項なり或いは五項に関係なしに、本来許されております国民としての政
その点は問題になると思いますが、又文部委員会等でも御論議を願うと思いますので、問題を残しながら先へ進めたいと思います。 国家公務員の例によるということで、国家公務員に対して規定せられました法律或いは人事院規則等がこの法律によりますと教職員に適用せられる結果こういう事態が起つて参りますが、これはどういう工合に解釈せられますか。これは国家公務員の政治行為に関連いたします人事院規則十四の七、これがこの法律によりますと教職員にも適用せられるということになりますが、そうなるとこの政治的行為に関する人事院規則の六項の四号或いは十二号等に関連をいたして参りますが、六項四号によりますと「政治的目的をもつて、前号に定める金品を国家公務員に与え又は
問題はただ行政罰といいますか、懲戒罰を加えるとか何とかいう問題じやなくて、刑罰問題でしよう。それを国の庁舎には貼つてよろしいけれど、各地方公共団体の庁舎に貼つて悪いというのはどうかと思う。まあ御答弁によりますと、地方公務員としての教職員の場合には、地方のものに貼つてはいかん。国のものに恥つていいかどうかは、これはバランス上から言えば、国のほうにも貼つてはいかんじやないか、こういう御答弁だつたのであります。法文が国家公務員の例によるということになると、これは政治的行為に関しまする人事院規則の十四の七ということになれば、私が言いましたように国の庁舎には貼つてはいかん、併し地方の庁舎には貼つてよろしい、これが法文のそのままの読み方でありま
大達文部大臣の罪刑法定主義の理解を聞いてあきれるのであります。法制局はおられますか。この法律によらずして処罰せられることはない、その法律というのは大達文部大臣が言われるように法が委任した政令であるとかいう問題ではない、国民主権の観念からいつて、国民の代表である国会が、言い換えれば国民がきめた罪でなければそれ以外に処罰されることはない、こういうのが罪刑法定主義です。法制局一つ部長が来ておりなさるが、一つ御教示願いたいと思うのであります。政令や或いは行政権の一方的な意思によつて罪がきまる、かような罪刑法定主義理論はこれは明治時代にはあつたかも知れません、帝国憲法の下にはあつたかも知れませんが、少くとも日本国憲法の下においてはないと思うの
法制局の野木部長から罪刑法定主義の解釈を伺つたのでありますが、どうも幾ら法制局が最近政府の機関として法律の解釈に詭弁を弄するようになつたとしても、今のような論弁を聞こうとは思いませんでした。罪刑法定主義の中に罪の構成要件もはつきり法律にきめなければならん。国民が自分できめるという点は、これは明らかだと思うのです。成るほど百二条には「政党又は政治的目的のため」云々と書いてございます。一応そこに包括的な概念として「政治的目的のため」云々というのが出てはおります。そうしてその百三条の違反の罰則を百十条に掲げられておりますけれども、併し問題にしておる人事院規則ではその政治的目的の中身を書いておるのです。具体的に先ほど例を挙げましたが、或いは
ちよつと今憲法上の規定を探しておるのでありますが、罪刑法定主義の解釈は、刑罰の中身を国民の代表である国会がきめるのでなければそれ以外で処罰されないという建前があることは間違いがないと思うのでありますが、仮に法律に、国家公務員法百二条によつて一応規定するとしても、その実質的な中身を人事院規則に任せておる場合に、人事院規則十四の七ですか、それの第五項のあれが百十条との関係においては構成要件になるという点はお認めになつたと思います。その構成要件が法律によらなければならんという建前は、これもお認めになると思います。そうすると、実質的に構成要件を人事院規則で定めた、こういう規定の仕方が合憲的であると申しますか、罪刑法定主義から考えて好ましいと
私どもの了解いたします罪刑法定主義は、法律が任せれば政令でも或いは行政行為でも構成要件をきめ得るということではないと思うのであります。まあ議論になりますから別の機会に譲ることにします。 もう一つ、先ほど大達文部大臣が言われた国家公務員の例によるというこの法律の結果、国の庁舎には貼つてはいかんけれども、地方公共団体の庁舎には貼つてよろしいこういう結果になる。従つて、人事院規則を改正することを望んで、これは人事院規則の改正が行われるかも知れん、或いは恐らくこれは行われるであろうというお話だろうと思うのです。そういう行政権の問題、行政機関の意思によつて人事院規則も拡大せられる。そうしてこの国家公務員法百十条の処罰要件が拡大せられるとい
誤解と言われますが、罪刑法定主義というのは私は国会がきめた法律、こういう意味だと思うのであります。それをあなたはノルムであれば法律であろうと政令であろうと或いはそれが行政行為であろうと、行政行為という意味は例えば政令にしてもそうです。政令をきめる、それはノルムであることには間違いありません。間違いありませんが、行政機関が一方的に判定するノルムであることも間違いない、そういう意味において個々の行政行為であるか、或いは政令その他のノルムをきめる行為であるか、これは私は今言つているわけじやない、若し国会がきめる法律でなくて行政機関がきめるノルムであるならばそれも法である、こう言われるならば罪刑法定主義の精神は壊れてしまう、そうして政令に任
ノルムができる……。