電力の供給或いは石炭の生産、或いは保安の確保は誰の責任か。
電力の供給或いは石炭の生産、或いは保安の確保は誰の責任か。
公共の福祉という名前で国民生活或いは国民経済に影響があつたと言われるが、その供給すべき責任者の電力経営者或いは石炭の経営者という者にはその責任は問われないで、労働者にまつすぐに責任が問われようとしている。他方において生産の点において経営者の責任がある場合に、政府は責任を一向追及しようとしておらんのであります。それでは、政府としては経営者に対して責任を追及さるれ所存であるか、或いは別にそういう法律をお出しになるつもりであるか、その点一つ伺いたい。
昨年の争議によつて国民生活に影響があつた。その国民生活に影響があつたというのは、電力が円滑に供給されなかつた或いは石炭が十分に配給されなかつた、こういうことであろうと思うのでありますが、その責任はこれは経営者にあるとお認めになつた。経営者を通り越してすぐ労働者にこの責任をこの法律では転嫁しようとしておるのであります。先に炭山の閉鎖という問題も起りました。或いは電力の円滑なる配給が行われない、こういうことが起るならば、政府は法律を作つて処罰される所存であるか、こういうことをお尋ねしておる。
それでは通産大臣に対する質問が途中で切れましたが、労働大臣にお導ねをいたしますが、昨日労相と中西労政局長、二人からであつたと思うのでありますが、社会通念ということに関連して、大衆の声は素朴でこれは神の声のごときものだ、学者の持つて廻つたためにする発言よりもこれは尊重すべきものだ、こういう発言があつたと思います。私は昨日民主主義のABCとして、深く民主主義の原則については触れませんでしたが、なお学者の意見について今日こういう考えを持つておられるかどうか。申上げるまでもなく或いは学説、判例等は、これは法律の法源として普通考えられております。恐らくこのことを労働大臣といえども否定されるはずはないと思うのでありますが、これらの法学説に関連い
私がお尋ねしているのは、大衆の声或いは社会通念の論議をここでしているわけではありません。一般に法源と考えられている学説、判例の中で、労働法学者が挙つて反対の意見を表明いたしましたこの法律に関する意見を、学者の持つて廻つた意見だ、この点はそういう言葉を話しておらんというお話でありますが、残念ながら今速記録がございません。朝来速記録について調べましたが、まだ翻訳をしていない、併し速記者もそういう発言のあつたことは認めております。若し速記録がなければ論議が進まんということであるならば、速記録を取寄せてからにいたしますけれども、法源の一つとしての学説についてどういう工合に考えられるか、そのように侮辱をなお与えられるかどうか。
学者の意見に対して侮辱を与えた覚えはないというお話でございますが、私が朝来調べたところでは、そういう発言があつたということは速記者もこれは申しております。その点は留保いたします。 それから学説が法源にならんというお話でございますが、この点は私は通説に反すると思います。それならばこれは昨日なども引合いに出ました、私も後刻引合いに出したいと思いますけれども、労働省等でお聞きになつた意見等も、これも全然法源にもならん、法令解釈の資料として一つの法源たり得るということは、これは法学通論の、大学でなくても高等学校でお聞きになつたところでも恐らく明らかだと思うのですが、法源だとすべての人が言つておりますが、その点もなお御否定になりますか。
それでは、行政解釈のことを尋ねておるわけではございません。学説というものについてお尋ねをしているのでありますが、この法律について労働法学者が品を揃えて違憲の疑いあり云々という意見を述べられたのであります。こういう学説について、それが法源でないとお認めになりますか、なりませんか、はつきりした御答弁を伺いたい。
これは新らしい学説だと思うのですが、(「小坂学説」と呼ぶ者あり、笑声)その点は又追つて論議するつもりでございましたが、法源でないというお話でございますが、法律の解釈、或いは法律がどういう具合に世の中に、社会に活くべきかという点について、私は法学に関しましては、プリミティヴな段階においてこれは法解釈の一つの材料であるということには間違いはないと思う。いわゆる通説ということがよく言われますけれども、その通説ということは一つの法源であり、或いは法文に書いてありますものを法として適用いたします場合の大きな私は材料であるということには間違いはなかろうと思います。
論議をしても仕方がございませんから、その点については意見を明らかにいたしまして、次に進みたいと思うのでありますが、もう一つ。昨日中西労政局長から大臣の代りに御答弁頂きました際に、保安要員の引揚げが違法であるという社会通念がある、或いはそれに関連いたしまして判例等があるならばお示しを頂きたい、そのときに、中西労政局長の手許にありました判例を引いてお話になつたのでありますが、今日実はその写を頂いたのでございます。それによりますと、昭和二十三年の二月二十五日の北海道の井華奔別鉱業所奈井江坑において保安要員の引揚げ戦術を決定し、労務の不提供を行なつた事件について同年九月二十三日の札幌地方裁判所の判決があり、それに対する札幌高等裁判所の判決が
これは昨日の中西労政局長の答弁は正当ではなかつた、或いは私が質問をいたしましたのに対する答えとしては適当でなかつたという点だけはお認めになりますか。
昨日の論議は、私が言うまでもなく社会通念として不当であるという言葉を労働大臣は使われましたが、その不当であるということと違法であるということとは同じであるとあとで訂正をされ、そうして保安要員の引揚げ等について、これは電産関係の例は川崎の裁判事件を私は知つていました。そうしたところが、保安要員の引揚げ問題が違法であるとして判決せられた例があるとしてこの例を引かれたのであります。従つてその場合に違法であるかどうかどいうことは、これは判決の結果に関連しますならば、有罪であるか無罪であるかという点がこれは問題であろうと思う。その場合にあなたは、それはたしか溢水という事実はなかつたというお話があつたと思う。私は説明を聞いておつて溢水罪について
私は中西労政局長が引かれた判決の最後の点は、無罪の判決を言い渡した後に、「使用者側においてもまた労働運動そのものに十分な見解を欠き、なお昔日の態度を完全に払拭し得ず、必要以上に労働者を刺戟せるものがないではなく、その後継起した多場くの事件により我が国民主化の前途に一抹の暗影を投げてきたのであるが、」、こういう使用者側に対する注意も書いてあります。反省を求める点も書いてございます。労働者側に対してもそれは行き過ぎであるという点が戒しめてある。いわばこれは判決を言渡した後に裁判所が労使双方に対して反省を求める上において書いた、これは主文ではございません。はつきり求められた、この有罪か無罪であるか、或いは刑法上違法であるか或いは適法である
ちよつと今注意をほかに外らして、十分間かなかつたのでありますが、私が申上げたのは、主文はこの行為の刑法上の責任を明らかにして、そうしてこの事件についてはこれは無罪だ、或いは刑法上違法でない、それからあとは、労使双方について裁判所が注意をいたしまして、そこであなたは一番しまいの点だけを抜き出して考えられますけれども、若し労調法三十六条違反の事件であるかどうかということについての裁判であるならば、私は中西労政局長の意見に賛成をいたします。併しながらこの判決はそうじやない。そうすると先ほど申上げたようにこの争議行為の方法の規制に関する法律案というものができなければ、少くともこの保安要員の引揚げという行為をなしたとしても、それは違法性を阻却
労政局長の法理論も大変当てにならん議論でありますが、違法性を阻却しないというのであるならば、これは何らかの法的な責任を問うたでしよう。併しこれは問うておらんのではないか。重ねて今の御知識で答弁を願つても無駄であります。法務省がおいでになつた際に改めて論議をいたしたいと思います。
事件は御存じかどうか存じませんけれども、保安要員の引揚げという戦術の決定をしたのであります。そうして労務の不提供をやつたのであります。併しその場合に予想を本人たちもしておりましたが、職員が代つて坑内に入つて、或いは溢水その他の水利関係の刑法百二十三条でしたか、事実がないのです。で犯意の問題でありますけれども、これは事実が起つておらん、全然、それに違法である云々というお話がございました。問題は刑事的な責任の問題であります。三十六条違反関係云々というよりは労働法上の問題である。ここに問題になつておるのはこれは刑事的な責任である。そこで刑事的な責任について責任はない、こういう判決が下つて、あと御覧になるとわかりますが、労使双方に対して訓示
法務省から来ておられるから伺いますが、これは判決は、行為がなかつたということは見てとつてよいと思います。これは百二十三条は水利妨害罪でございますが、「堤防ヲ決潰シ、水閘ヲ破壊シ其他水利ノ妨害ト為ル可キ行為」と書いてございます。それを労務不提供ということで、妨害となるべき行為があつたと、こういう労政局長の解釈でありますが、私はこれは刑法の解釈としてとらるべき解釈でなかろうと思います。重ねて一つ御答弁願いたいと思います。
実は百二十三条の問題を論議しておるのではなくして、この法律ができない前の法関係と、それからこの法律ができてからの法関係とを実は論議をしておるのであります。中西労政局長は、この争議行為の方法の規制に関する法律案の中身をなしております或いは電源スト或いは停電スト、或いは保安要員の引揚げというものはこの法律がなくても違法である。そういう社会通念ができ上つている、それを規定したにとどまつている、こういうお話であります。そこで三十五条、三十六条、これは人命に関する点を規定いたしております。人命に関す」る趣旨と解釈するのが通説であります。通説を否定するなら別であります。その他のこの条文にいう鉱物資源の滅失或いは重要なる施設の荒廃或いは鉱害を生ず
問題は大変微妙なところで、藤田君の言うように、労働大臣と法務大臣とお揃いの上これは究明すべき問題だと思うのであります。ただ一点伺つておきたいと思うのですが、やはり百二十三条水利妨害罪について生ずべき行為があつたならば結果は問わない、こういう御答弁が先ほどございましたが、大体刑法の規定は、未遂罪の規定は、未遂罪を処罰すべき規定はございません。それから殆んど各条章とも作為とそれから結果が現れているのが大部分だと思うのでありますが、結果責任ではなくして、結果は問わず生ずべき行為、これは争議行為等においては従来合法と認められて参りました行為であると考えるのでありますが、なおその点大臣その他局長等がおいでにならないでも、問題は保安要員引揚げと
その点は別の機会にもう一遍私も判例等を調べた上で御質疑をいたしたいと思います。 それからもう一点は、先ほど鉱山保安法の処罰を受けるというお話であります。公益事業令にいたしましても或いは鉱山保安法にいたしましてもそうでありますが、鉱山保安維持の責任は鉱業権者にある、公益事業令においても電気の供給の責任は電力会社の経営者にある、これは明かだと思います。八十五条の点は若干疑問が残りますけれども、少くとも鉱山保安法についてはこれは間違いないと思うのです。そうすると私ども先ほど通産大臣に来てもらつて明かにしようといたしましたが、これは別の機会になりますけれども、この法律は一条に、「公共の福祉を擁護するため」という文字がはつきりと法律の中に
明らかになりませんが、先ほど申上げましたように法務大臣、労働大臣お揃いの上でこの点明らかにしたいと思います。先ほど通産大臣にも問題を投げかけて、そのまま御退席になつております。別の機会に通産大臣等御出席の上で質問を続行したいと思います。