この制裁として監置、それからその前に拘束ということがあるわけでありますが、拘束とそれから監置というのは、本質的に同じだと思うのでありますが、なお違つております点、事実問題として恐らくその当日は一応身体を拘束するということであることは、監置と同じじやないかという気がいたしますが……。
この制裁として監置、それからその前に拘束ということがあるわけでありますが、拘束とそれから監置というのは、本質的に同じだと思うのでありますが、なお違つております点、事実問題として恐らくその当日は一応身体を拘束するということであることは、監置と同じじやないかという気がいたしますが……。
そうすると監置は制裁である、拘束は事実上の監置をするかせんか、しなくても事実上の拘束であつて、制裁でない。こういう御説明のようですが……。
そうしますと、この制裁は刑罰じやない、秩序罰だ、こういうお話でありますけれども、二十日という期限もあつて、二十日以下でありますけれども、実際上どの程度におやりになるのか知りませんけれども、これが一日、二日の拘束とか何とかということではなくして、二十日にもだんだんなつて行きますと、少しやはり実質問題として刑罰に近くなつて来るのじやないか、こういう感じがいたしますが、秩序を維持するためにその法廷から排除する、或いは懲らしめるということがないのなら、秩序を維持するということが第一の目的ならば、拘束を多少延長したところで二十日をもつと一週間以下といいますか、そういうことをされても目的が達せられるのじやないかという気がいたしますが、その辺のお
三十日という案があつたことも承知しておりますし、今百日というお話、そうすると裁判所へ連れて行つて隔離して、そうして裁判を進めるということでなくて、やはり百日というのか、三十日というか、二十日というか、それはともかくとして、懲らしめてやろうというようなそういう要素がやはりあるのでしようか。
そうすると一応排除することだけでなくして、制裁という意味を私はまあ懲らしめということを言いましたが、そういう意味もやつぱり含まれていると、こういうことに解釈してよろしうございますか。
そうすると法の目的から言いましても、これは一種の法廷秩序維持というのは、裁判権の警察的なものと言いますか、まあ警察、裁判所の、そういう裁判所の警察と言うとおかしいですが、警察権の一種であろうかと、こういう感じがいたします。そうすると懲らしめるという要素が入つて参りますと、多少警察権の外に出るのではないかという感じがいたします。懲らしめるという点から言いますならば、警察処分と刑罰処分との間みたいな性質になつて来るように感ぜられますが、それはどういう工合にお考えですか。
そうするとまあ旧憲法時代にもあつた、外国にもあるからと、こういうお話でありますが、その点はやつぱり法廷秩序維持ということであつても、新しいこういう身体を拘束する、国民の自由を制限する制度を作つて参ることは、これは或いはこの法律がどういうことになりますか、ほかの場合にもそういう例をだんだん作つて参る、こういう点から私ども心配をせられるわけであります。
ちよつと話が横道にそれたのですが、私がお尋ねをしておるのは、これは受けたほうの側から申しますと、それが法廷秩序の維持のためであろうが、或いは別のことであろうが、例えば傍聴ならば傍聴をしておつてつい興奮して大声をあげた云々といつたようなことで、若しこの制裁を受けたといたします。そうするとまあ二十日以下ですから、恐らく二十日までにならずにどの程度にこれを考えておられるのか、それもまあ一つ多くの場合をお聞きしたいと思うのですが、例えば二十日ならば二十日とどめ置かれたといたしますと、普通の人間はやはり刑務所に行つていたという印象をこれは世間ではするわけですね。そういう点に、若し秩序を維持するということ、或いは裁判所の警察権というならば警察権
そうすると二十日以下と書いてございますが、先ほどルールはこしらえるというお話で、実際に各制裁に関する裁判の判例によつて作られる以外にないかと思うのですが、立案者なり、或いは法務府でどういうものはその最長、それからどういうものは十日、それから恐らく今のお話の当日法廷外に出すということだけで済むものもあるだろうと思うのですが、この辺は何も基準はないわけですが、それはどういうように標準をきめて運用せられるつもりなのかということですね。
そうするとみんな二十日になるということではないということだけはこれは言えると思うのですが、そうするとあとの基準が何もないとちよつと理解が困難……。
もう一遍、二十日の点ですが、昔のあれは警察法関係で二十九日の拘留というのがありました。あれは条文覚えておりませんけれども、あれもやはり最高じやなかつたかと思うのですが、皆二十日になつてしまうということは、先ほどの御答弁でないというお話で、その運用については、これは訓令その他でおやりになるのかも知れませんけれども、どれもこれも二十日にならないような措置はどういう方法でおとりになりますか。その一点お伺いいたします。
まあ確信せられるということですが、はつきりいたしませんとその危険性を無視するわけに参りませんが、これはまああと運用に任せるよるほか仕方がございませんけれども、裁判所側のお気持だけを一つ承わつておきたい。
最後に一点だけ伺いますが、この制裁の裁判について四項に「制裁を科する裁判をしたときは、手続に要した費用の全部又は一部を本人に負担させることができる。」これは負担させることができるというのでありますから、必ずさせるというわけではありませんが、前項には「証拠調をすることができる。」、証拠調をすることについて、本人側の請求すべきものを負担させられるような精神かのように考えられるのでありますが、この費用はどういうものでありましようか、承わ存じます。
そうすると若し、さつきの中山さんの御質疑ではございませんが、本人に負担能力がないといつたような場合にはどうなるのですか。
それから先ほど中山委員がお尋ねになりました中で、まあ大部分というわけではありませんが、比率が、最近の事例から見まして、朝鮮人諸君が多いというお話がございました。その点は裁判所のことでございますから心配はないと思いますけれども、法の運用について、何と申しますか、朝鮮人だから言葉が通じない云々ということで、或いは余計感情を刺戟することもあるかも知れんと思いますけれども、何と申しますか、感情を交えざる公平な御処置をこれは要望として特にいたしておきたいと思います。
私はこの法廷等の秩序維持に関する法律案、これが侮辱制裁法の構想からだんだん御努力によつて緩和せられて参つた経緯は承知をいたしておりますが、その本質において破防法と通ずるものがあると考えるのであります。それはこの本質が法廷の検察権に基き、その発動に関する規定であるという点でも同一性を持つておると思うのでありますが、なお又暴言、暴行、けん騒その他不穏当な言動をしたという第二条の根拠条文に見ても、そのあいまいさと申しますか、或いは概念の不正確さ等にも通ずるものがございます。破壞活動防止法を私どもが審議をいたしました場合に、或る法学者からこういう意見を承わつたのであります。そのことを午前の質問の際に私の考えとして述べて参つたのでありますが、
先に討論をいたしました内村君の討論を補足いたしまして、私の討論を進めたいと考えるのであります。 私どもが原案と二修正案について反対せざるを得ない第一の理由は、この法案に対しまする世論を十分に反映していないという点であります。この破壞活動防止法の前の案であります或いは団体等規正令であるとか、或いは保安法等について、国民の大多数、労働組合といわず、新聞雑誌出版関係者といわず、学界文筆人といわず、宗教家といわず、法曹界といわず、国民の良知良識あるかたがたの挙げての強い反対があつたことは私が今更指摘するまでもございません。これだけ広汎にして真剣な反対運動が拡げられた法案は曾つてなかつたと言つても、これは決して過言ではないと思うのでありま
この韓国の国家保安法によりますというと、一九四九年の七月から十二月までに六万人が保安法違反で殺されておる。著名な歴史家或いは植物学者は転向書を書かなかつたという理由で拷問の挙句、全身にガソリンをかけられて焼殺されたと報ぜられております。私はこの破防法によつて更にそれが拡大修正せられて行き、この韓国におけるような今日の事態の招来することを憂えるのであります。 なお、第七に、この法案の客観的な条件、従つて法の役割と運命であります。両条約の締結、或いは行政協定による米軍の駐留、そうして再軍備、日本の再軍備、アジアの放棄、軍事予算による国民の犠牲、国民の基本的人権の抑圧、これらの関連については、先ほど来内村君から討論をいたしましたから省
第八に、法律の本質につきましては、先ほどもちよつと触れましたけれども、この破壞活動防止法が、警察法、特に治安警察として、治安警察の機関として、公安調査庁を作り、現在の特審局を拡大して、そうして七億に上るところの予算を新たに要求せられ、この点については、我々がこの国民生活の回復しておらんときに、多くの税金を払つて自分たちの口を塞ぎ、耳を塞ぎ、或いは目を塞ぐところの法律と、そうしてそれを実行する警察官を養わなければならないのであるか、こういう批判が、この破壞活動防止法ほか二案に対して寄せられましたが、まさにこの輿論をこの破壞活動防止法の本質として、私ども政府に投げかけざるを得ないのであります。或いは刑罰法の改訂を広く行い、刑法総則の改正
私はこの審議を通じて、この法律が、選挙運動にも適用せられる危険性を感じ、或いは各政党に対しても、政治運動一般に対しても適用せられる危険を見て参つたのであります。労働組合運動に至りましては、或いは第三条リ号等、その予備、陰謀、教唆、扇動だけでなしに、或いは国鉄の争議に関連して、汽車、電車の往来危険罪に関連する予備、陰謀も指摘せられて参つたところであります。或いは一たび組合が解散せしめられますならば、第二組合しか作ることができない。再び全従業員を、或いは全産業の組合員を包括する組合ができないという点は、労働組合が最も反対する点であります。私は大学教授その他文筆人が喋つたり、書いたり、或いは大衆運動をする者が、この法律の適用を必然性を以て