これは先ほどからも申しておりますように、われわれは絶対応じなかったわけでございます。したがって、そのようなメモはございません。
これは先ほどからも申しておりますように、われわれは絶対応じなかったわけでございます。したがって、そのようなメモはございません。
三億二千万ドルが最終的にきまりましたのはもちろん協定をサインしたときでございますが、五月二十八日の少し前ごろから、日本が第七条に従って払う金額につきましていろいろ交渉がございました。そして、結局、資産の引き継ぎのために一億七千五百万ドル、労務費のために七千五百万ドル、それから核撤去等を考慮して七千万ドル、こういうふうに一応きまりましたわけでございます。ところが、その経緯におきまして、ことに五月の二十八日の愛知・マイヤー会談におきまして、それがきまったにもかかわらず、先方は、再びともかく四百万ドル何がしかの一これは具体的には行政裁判できまるわけでございますから、はっきりした額はわかりませんが、大体復元補償の先方が払うべきものにつきまし
これにつきましては、先方と何回も交渉がございまして、そして五月の中旬から下旬にかけてわがほうの一応三億二千万ドルできめようという気持ちが出てきたわけでございます。で、その愛知・マイヤー会談の直前にわがほうの腹づもりがきまったと、われわれはこう覚えております。
調印した日は、六月十六日でございます。したがって、六月十六日に最終的にはきまったわけでございます。
このころの交渉及びわれわれの内部の打ち合わせは、ほとんど記録が、公式な記録というものは残念ながら残っておりません。というのは、各省との話し合い、それからわれわれ自身の先方との話し合い、こういう形が大部分でございまして、したがって、それを一々記録にとっておりません。しかしながら、この電報文にもあらわれておりますとおり、愛知・マイヤー会談の際にわがほうがわがほうの腹づもりとしてそのことを言ったと、その意味では今回明らかになりました五月二十八日の電報は、その一端を記録しておるわけでございます。
空軍につきましては、四月六日の日に通報がございました。艦隊につきましては、先ほど福田大臣のお答えのとおりでございます。
その点は誤りございません。(発言する者多し)
昨年の十二月の七日及び十三日におきまして、政府委員といたしましてこの問題に関していろいろ答弁さしていただきまして、その間におきまして、私としてはあとで議事録を読み返しますと、はなはだ表現に不適当なものがあったということは認めます。ただし、たとえば電報があったかどうかと、こういうことにつきましては、あえて弁解さしていただきますならば、まず第一に、われわれの記憶はそれほど完全なものでなかった、それから第二は、いずれにせよ、このような機密にわたる内容の電報は、われわれの外務省内の慣行といたしましては、その存在すら明らかにすることでがきない、こういうような立場にあったわけでございますし、またさらにその内容自体が、相手方もあることであるし交渉
電報があったか、なかったかということにつきましては、そういうものは一切ございませんでしたと、この点につきましては、残念ながら事実と違うことを申し上げた、こういうことは確かでございます。ただし、たとえば四百万ドルの交渉とか、その実質問題につきましては、われわれとしてはうそを言ったということは一切ございません。また特にあの質問の経緯は、初めメモがあったとか秘密協定があったとか、こういうような形で始まりまして、そのようなことはいまでも絶対ございません。
電報の点は、明らかに私が事実と違う発言をいたしました。
うそということばになりますと、われわれも守らなければならない主観的な国益というものもございますから、したがって、事実に違うということを申し上げた次第でございます。これをどのようにお解しになっても、これはやむを得ないと思います。
責任の点につきましては、私は一公務員でございますから、私の身分につきましては、上司にすでに処分をおまかせいたしております。
お答えいたします。 これらのうちの輸入関係の会社につきましては、御存じのとおり、沖繩は現在までほとんどあらゆる物資が自由に輸入されることになっております。したがって、それが日本にそのまま返ってまいりますと、彼らとしては、従来どおり幾らでも何でも自由に輸入ができる。ところが日本の政策は必ずしもそのとおりではない。脱脂粉乳にしても食牛にしても、いろいろなものはみな割り当て制になっている。ところが在沖繩の外国系企業は、これは彼らの既得権である。したがってあくまでも自由に輸入さすべきだと、こういうことを主張していたわけでございます。したがって、その間にいろいろのむずかしい交渉がありまして、最終的には、ともかく過去において輸入した実績は認
その電報は、実は交渉経緯の一部について単に事務的に書いておるものですから、全体としての連絡というものが、必ずしもさだかに覚えておりませんが、先ほど申し上げましたとおり、これらの脱脂粉乳の輸入業者、あるいは肉の輸入業者、それらにつきまして、関係省といろいろ調整いたしまして、そしてまたアメリカ側と当たる、こういうようなことを何回も繰り返したわけでございます。また先方は先方で、沖繩の商工会議所その他を通じまして、彼らの内部でいろいろ相談しまして、また米国大使館を通じてわがほうにいろいろ言ってくる、こういうような過程があったわけでございます。
一つは脱脂粉乳などを輸入しておるインデルコーと称しておりますが、インターナショナル・デアリー・プロダクツ・コーポレーションとか何とかいうのだろうと思うのですが、それの略でございます。それからフェアチャイルドは、御存じのとおり、エレクトロニクスの会社でございます。
御指摘のとおり、五月二十八日ごろから六月九日に至る間、非常に最終段階の詰めをやっておったわけでございます。しかしながら、いつの段階で全部まとまったかと申し上げますと、これはわれわれの記憶もさだかではないのでございますが、ともかく調印のまぎわまで、まだいろいろまとまらないものがございまして、一生懸命でやっていたように覚えております。しかしながら、大体パリ会談を境に、おもなるものはまとまってしまったと、こういうように考えております。
これらはいずれも重要な問題でございまして、交渉の最後の段階までも残ったわけでございます。そしてこれらは結局いまの協定で最終的にケリがついたと、それまではやはりどれが一つ先に片づいて、どれがあとに片づいたというようなことはなかったとわれわれは記憶しております。
この問題はいろいろの交渉のやりとりがございました。しかしながら、結局いま言われたような書簡を愛知大臣なり日本政府が先方に渡すというようなことはなかったわけでございます。で、なぜそういう形で解決したかと申しますと、先方は最終段階になりまして、四条三項による復元補償の金をアメリカの議会から新たに請求するわけにいかない、したがって、何とかそれが日本に払えるように日本側でも便宜をはかってくれ。たとえば日本がアメリカ側に支払う三億二千万ドルのうちからそれが払えるように、たとえば特記というのか、別記するようなことができないのかと、こういうことを先方は迫ってきたわけですね。これに対してわがほうは、そういうことは一切できない。われわれの払うのは三億
この点は先ほど御説明したとおり、このような書簡を先方が出してくれということを言ったわけでございますが、わがほうはこれを断わりまして、結局そういう書簡は出ておりません。したがってそういう書簡はないわけでございます。
ちょっと、あの聞きはずしたんですが、最後の、ファンド、いつから議論になったかということでございますか。