大体A表に載っております基地は、御存じのとおり、たとえば訓練場だとか、それから通信施設だとか、飛行場だとか、弾薬倉庫とか、あるいは普通の倉庫とか、それからサービスセンターと称して修理その他をやるところとか、あるいは将兵の慰安施設とか、そういうようなものからなっておるわけでございますが、それ以上に基地の機能と申しますと、いかなるものでございますか、われわれちょっと理解いたしかねますから、もう少し具体的に御説明願いたいと思います。
大体A表に載っております基地は、御存じのとおり、たとえば訓練場だとか、それから通信施設だとか、飛行場だとか、弾薬倉庫とか、あるいは普通の倉庫とか、それからサービスセンターと称して修理その他をやるところとか、あるいは将兵の慰安施設とか、そういうようなものからなっておるわけでございますが、それ以上に基地の機能と申しますと、いかなるものでございますか、われわれちょっと理解いたしかねますから、もう少し具体的に御説明願いたいと思います。
御説明いたします。 御存じのとおり、ロランにはAとCがございまして、ロランCはロランAに比べまして有効範囲及び精度において格段にすぐれた性能を持っております。目下のところ、その利用者は、受信機の普及状況から見て、ほとんど軍用の船舶、航空機に限られています。わが国としても直ちにロランCを引き継ぎこれを運用することは困難な態勢でございます。
日本には、国連軍の後方司令部がございます。 なお、国連軍の日本における配置状況は、立川にタイの空軍分遣隊が二十七名、それから座間に先ほど申し上げました国連軍の後方司令部、五人。それから府中に国連軍の合同会議、国連軍側代表というのが一人。それから横田にこれはタイの空軍機が二機常駐しております。
VOAは、御存じのとおりUSIAあるいはその下部機構であるUSISの海外放送局としまして、海外に対してニュース、ニュース解説、それから音楽これを放送している、あるいは中継している、こういうことになっておりまして、われわれも、アメリカ側からテープにとりました放送内容もそのつどもらいまして、内容を調査したりしておりました。
アメリカ側はマイヤー駐日大使とスナイダー公使でございます。
正確に調べてお答えいたします。
とりあえずのお答えといたしまして、昨年六月五日の愛知・マイヤー大使との会談を起点といたしまして、その後、原則として毎月一回ずつ会談を行なっておりました。
いま本省に問い合わせて記録を調べておりますから、正確な答えは追って御返答いたしますが、六月になりましてからは、私の記憶では、六月二日の日に一回、それから六月の九日の日にパリで一回、それから、おそらく調印前の日に一回ぐらい会っていたのじゃないかと覚えておりますが、五月ははっきりいたしませんから、いま調べております。
われわれのメモで調べますと、五月の十一日、五月の二十四日、五月の二十八日、三回にわたって五月は会っております。
お答えいたします。 当時の交渉は、非常にいろいろの懸案がたくさんありまして、それらはいずれもわれわれにとっては重要なものでありました。たとえば那覇空港からP3を撤去する、あるいはヴォイス・オヴ・アメリカの交渉をどうするか、その他この補償の問題もありましたが、いずれにせよ、その意味で非常に最終の詰めをやっておったわけでございます。しかしながら、先生のおっしゃるように、三億一千六百万ドルで、あと四百万ドル上積みしたのだ、こういうような経緯は絶対ございません。
いま先生の御指摘のような事実は、われわれは全然存じておりません。 なお、パリ会談におきまして、いままでの会談の主たる内容は、P3の那覇空港からの撤去と、それから返還日をわが方からは四月一日を希望する、こういうことを強く述べた、これはわれわれとしては覚えております。
この当時の会談はほとんど口頭で行なわれておりまして、議事録というものはお互いにとっておりませんし、また、お互いに、それ以前の会談につきましても、議事録というものは、公式なものは一切ございません。したがって、会談の内容等は記録というものはございません。
この会談は、先ほど御説明いたしましたように、お互いにそういうメモというものは一切とらずに口頭で行なっておりました。したがって、そのような記録というものは残っておりません。
交渉の経緯につきましては、われわれは、先ほど申し上げましたように、口頭でやっておりましたから、何も残っておりません。もちろん、その第一条の第一案とか、第二案とか、そういう意味でお互いに草案みたいなものを交換したことはございます。しかし、そのようなもの以外は、一切いわゆる議事録というようなものはとっておりませんです。
この点は、先ほども述べましたように、四百万ドルに関しては一切そのような記録はございませんし、またそのような文書もございません。 〔発言する者あり〕
四百万ドルという数字はございませんでしたが、琉政の出してきたその損害の最初の数字か何かが四百三十万ドル、こういうことであったことはわれわれも記憶しております。
お答えいたします。 FBIS、すなわち外国放送情報局は、ただいま外務大臣からお答えになったとおり、六月一日に軍の施設とするということを決定いたしまして、その決定に基づきまして六月十七日われわれは協定を調印したわけでございます。そしてこの手続が最終的に完了いたしましたのは十月四日でございまして、そうしてさらにそれに基づきまして看板を塗りかえたのは、御指摘のとおり十一月一日でございます。なお、FBISの場所はボロー・ポイント陸軍補助施設、A表のボロー・ポイント射撃場、ここにございます。
FBIS、こういうようには書いてございませんが、ボロー・ポイント陸軍補助施設、こういうことになっております。
A表の(注2)に「この表に掲げる施設又び区域のうちには、これらに接続する制限水域の提供を必要とするものがある。」と、こういうように書かれてございます。御存じのとおり、復帰後、米軍に使用を認める施設、区域のうちには、その機能達成上または保安上の必要から、当該施設、区域に接続しておる制限水域を認める要のあることは、これはわれわれとしても認めざるを得ないわけでございます。ことに、安里先生がいま御指摘のとおり、大部分の沖繩の施設は、残念ながら海に面しておる。したがって、それに接続する水域も、先方、米軍の使用に必要である、その機能達成上また保安上の関係から、われわれも認めざるを得ない。こういうものは、制限水域として、基地の提供とともに、われわ
第三条の議事録の4に「施設及び区域の能率的な運営及び安全のため軍事上必要とされる限度で、その施設及び区域を含む又はその近傍の水上、空間又は地上において船舶及び舟艇、航空機並びにその他の車両の投錨、係留、着陸、離陸及び操作を管理すること」、こういうことも合衆国がとることができる、こういうことになっております。