事柄の性質上、通常の場合団体交渉がまとまりましてから実施するようにいたしております。
事柄の性質上、通常の場合団体交渉がまとまりましてから実施するようにいたしております。
そのつもりでおります。
正確には存じませんが、大体一月が昇給期でありますから、ほかの公社、現業庁は実施しておるのではなかろうかと思います。
いろいろあると思いますけれども、要点は、要するに国鉄の職員の場合に、一定の形式的な欠格者を除いた者は全員、一〇〇%昇給させろというのが組合側の要求でございます。国鉄当局側はそれに対して、それは認められない、やはり勤務評定ということをやりまして、勤務成績に欠くるところがあると認められるような人々については、たとい形式的に外給期が来ておっても昇給させない場合がある、いわゆる一〇〇%昇給というわけには参らないということを主張いたしておりますので、その点が組合との間の最大の論争点になっておると承知しております。
昇給につきましては、そのときどきの情勢によりまして、昇給の原資というものが問題になったことも過去においてはございましたし、またそういうこともあるわけでございますが、現在国鉄の労使間において問題になっておりますのは、そういう原資の予算のことよりは、のやり方、要するにいわゆる一〇〇%昇給を認めるか認めないか、勤務評定の要素を入れるか入れないかということが、論争の眼目になっておるわけでございます。
さようでございます。
他の公務員あるいは公社等についての詳細なことは私も存じません。一部においては勤務評定の要素を取り入れて実施しているところもあるようでございますし、またそういうようなことを重視しないで、きわめて形式的画一的に昇給をさしているところも相当多いということは承知いたしておりますが、国家公務員法の建前その他から申しますと、いわゆる勤務評定ということは行なうべきものであるということになっているように承知いたしております。
私どももいろいろな機会に他の公社の経営当局あるいはまた現業庁その他政府関係機関の幹部の方々と昇給等の問題について話し合う機会があるわけでございますが、そういう際に、少なくとも勤務評定の要素というものを加味して実施いたしております国鉄当局のやり方に対して、他官庁あるいは他公社等から、お前のところのやり方は間違っているというような話を聞いたことは一度もございませんし、またそうあるべきものだろうというふうな意見を私どもはいつも伺っております。
それは各業務機関の長が認定をいたすのであります。
その通りでございます。
勤務評定の要素になります事柄の中には、職員にも相当明確にされておるものもあると思います。たとえば業務の遂行について、いわゆる日本国有鉄道法による処分ではないけれども、訓告処分を受けたとか、あるいは訓告ではないけれども、厳重注意を受けたとか、あるいはまたそこまで形式的なものじゃないけれども、平素仕事のやり方について上長から注意を受けるというようなことがあれば、そういう人はそういうことのない人よりも当然勤務成績はよくないということになると思いまするが、しかしこの評定というものは必ずしもそういう形式的にはっきりした要素ばかりによるのではないのでありまして、終局的にいえば、それぞれの個所長が平素のその所属職員の勤務ぶりを見ておって、全人格的
先ほども申し上げましたように、要素として、ある程度、形式的に明確にできるものもあります。しかし、ただ文章や言葉ではどうしても表わせないものが残っておるということも、これも否定できない事実であると思います。そこで、これは一つ逆の面からもお考えいただきたいと思うのでございますが、なるほどある個所に百人なら百人の人間が働いております際に、やはりおのずからその業務に対して自分が打ち込んでやる打ち込み方の程度というものには、人による差というものがあるのが普通でございまして、非常に一生懸命に仕事、職責に邁進しておる者と、そう申しては語弊がありますけれども、ある程度いいかげんにと申しますか、その仕事に打ち込む打ち込み方の少ない人、そういう人が何の
今、勝灘先生のおっしゃいましたように、実際の昇給に当たっては、百人のうち二人か三人の人が実際問題として落ちるということになるかと思います。しかし、この二人か三人の人が落ちるということが私どもとしては非常に大事なことだと思うのであります。そういうことがありますと、その落ちる二人か三人の中に入っちゃ大へんだという気持は、やはり普通の人ならば持つと思うのであります。それがやはりみなが職責に邁進するという一つの大きな刺激になると私どもは考えておるわけでございます。 そこでその判定の基準というものはもう少し明確なものでやれないものか、明確なものならみなが納得するのだがというお言葉でございましたが、これは実際問題としては、やはりそういう後回
ただいま私が口で申し上げましたようなことは、これは規定に書くということになるとなかなかむずかしいことではないかと思います。それで今申し上げましたようなことは、いろいろな機会に私どもは各所属長あるいは業務機関の長等に話をいたす機会があります際にはそういうようなことを話しておりますし、また今私が申し上げましたようなことは何も私だけの考えというのではございませんので、やはりこれは管理者の立場にある者の間では一つの常識になっておると思います。従いまして、この常識は一般の職員の方にもわかっておられることではなかろうかと思うのでございますが、ただ大ぜいの人たちの中にはそれはいろいろな人がおりますから、ときには一般の標準から見た場合におかしいでは
国鉄の職員が信用できないかとおっしゃられては、私も非常に困ります。国鉄の大多数の職員はほんとうにまじめに毎日の仕事をやっておると思います。しかし同じ一生懸命やるにいたしましても、これはあまり俗っぽいたとえで申し上げて恐縮だと思いますけれども、よく四角なおぜんをまるくふくというような比喩もございますが、同じ時間に出てきて、同じところを掃除するにいたしましても、みんな同じようにほうきも使うでしょうし、じょうろも使うでしょうけれども、やはり心の打ち込み方という点においては、人間の通性といたしまして多少の差というものはあるのでございまして、そういう仕事に対する打ち込み方、また注意の行き届き方ということの程度の相違というものは、これはやはりそ
いわゆる勤務評定の表わし方といたしまして、その方法として、昇給のみが唯一の方法であるとは私ももちろん考えておりません。また昇給のみによって区別をつけるべきものでもないと思っております。しかし、国鉄九十年の歴史を振り返ってみまして、この間に今日の伝統を築き上げて参りますまでの間、過去のいろいろな実例を考えてみますというと、昇給の原資というようなものも、有資格者に対してもっともっと少なかった時期もありましたし、また昔やっておりましたいわゆる賞与というものも、今の期末手当に大体見合うものでございますが、賞与というようなものを出すときには、やはり平素の勤務成績を加味いたしまして、それによって差等をつけて賞与を支給するというような手段をとって
私どもといたしましては、何度も申し上げておりますように、百人のうちで二人か三人の人が落ちるということはばかばかしいことは考えておりません。これは非常に大切なことだというふうに考えておるのでございます。しかし、何もこれのみが唯一の方法だとは思ってはおりませんので、実は他の方法を組合側に提案をいたしたこともございます。たとえば、昇給期が来たら全員昇給するようにさせよう。しかし、そのときにやはり勤務成績を勘案して、ある人は百円上がる、ある人は二百円上がる、ある人は三百円上がる。民間の事業会社等ではほとんど全部がそういうようなことをやっておるやに私伺っておりますけれども、そういうような方法で差等を表わしていくのも一つの方法じゃないか、こうい
承知いたしました。
御質問の通り、おかしいとお思いになるのもごもっともだと思いますが、従来の取り扱いといたしまして、自衛隊が出動いたします際は、運賃を後払い扱いということで処理することになっておりました。今回もその例によりまして、自衛隊が出動される際の運賃関係の処理につきましては、一応後払い扱いということで処理してございます。しかし、この事後処理につきましては、政府御当局ともよく御相談いたしまして、自衛隊の御迷惑にならないように処理いたしたい、かように考えております。
国鉄といたしましては、緊急物資の輸送というものにつきましては、もう何ものにも優先してやらせるように指図をいたしておりますし、そういう取り扱いをしておるはずでございますが、ただいまの御質問のことにつきましては、実は詳しくは私もまだ承知しておりません。さっそく取り調べたいと思います。ただ、今回の緊急物資の必要なものの輸送は十分できるように指図しておりますけれども、いわゆるやみ屋さんなんかの輸送や何かというものはやはり若干あるようでございまして、そういうのを公安官が取り締まっておるのがあるということは聞いております。ただいま御指摘のような、駅長が承認しておるものを公安官が押えるというようなことは、まことに不都合のようでございますし、十分取