いや、今の問題についてその当時はどういう判断だったんですか。
いや、今の問題についてその当時はどういう判断だったんですか。
大蔵省の西村銀行局長は、この間のこの予算委員会の集中審議で答弁をしまして、私の質問ですけれども、二つの信用組合の破綻の処理方法について、従来型でとにかくひとつ長銀が引き取り手になってほしいというふうなことを当然最初に交渉したと思うけれどもどうかという私の質問に対して、そういうことをやったことはございませんと、こういう答えだったわけです。 そうすると、その答弁をひっくり返すと、従来型、従来型というのはつまり長銀の要するに例えば系列の金融機関ないしはその地域の金融機関に汗をかいてもらって、長銀も応分の負担をして、そしてそこが吸収合併をする、そして二つの信用組合には消えてもらう、こういうやり方ですね。今まで五つ、六つの信用組合の処理方
さっきもお話に出ましたけれども、平成六年の十月三十一日、有名な「金融システムの安定と日本銀行の役割」という三重野さんの講演のことについて、先ほどはとにかくいろんなことを言われて、いろんなところを引用されて、一体どこに重点があるのか、頭がよくないから私にはよく理解できなかったんですけれども、要するにペイオフということも考えたけれども、しかし今度の場合には、やっぱり信用システムの維持ということの方が心配だったから、だからそっちに決めたんだと、こういうことですか。
しかし、そこでちょっと疑問なのは、二つの信用組合、確かに乱脈経営ではあったけれども、しかし回収不能額は両方今わせて千百億ですね。それぐらいの信用組合の処理をするのに、あれだけの大がかりな新しいシステム、そして日銀出資と、それから東京都の融資という形で公的資金、事実上の税金を使うというシステムを導入して大騒ぎをしてやるほどのことであったのかどうか。要するにああいうやり方でなくて、例えばペイオフならペイオフというやり方をとっても金融システムが動揺するとでも本当にお考えになったんでしょうか。
今度の新方式、新スキームですね、これを決断するに当たって、とにかくこういうことを一回やると、全国の、さっきもお話が出ておりましたけれども、オールジャパンで全国百二十五の金融機関の協力を得ているわけですね、出資、融資について。そして、それを勧誘するに当たって、これは預金保険機構の保険料の臨時徴収だと考えてくれというようなことを言って回ったという話も聞いたんですけれども、そういうことを言っていると今の状況、バブルの後の処理ということで見ると、相当危ない金融機関はまだ中小金融機関にかなりあるわけですね。 そういうところがもしパンクをするというふうな事態になったら、全部とにかくこういう方式でやらなきゃいかぬということになるんではないかと
それから、もう時間も大分たったようですからそろそろ質問をおしまいにしますけれども、とにかくさっきも申しましたように、東京都から三百億の低利融資、それから日銀は出資という形で、まあ事実上の税金、日銀の場合も私は事実上の税金だと思うんですね。それから東京都の場合にはこれはもう明らかに税金を使うということになるんですが、そのことが国民の猛烈な反発を呼んでおるということだと思うんですね。そして東京都の場合には、私たちはもう事実上三百億を復活することはあり得ないというふうに判断をしておりまして、あのシステムはいずれにしても修正を必要とするか、途中で運営が困難になるんではないかとさえ思っておるんです。 しかし、このシステムを三者で、つまり日
ありがとうございました。
私は、東京協和、安全両信用組合の破綻、救済問題に集中して質問したいと思います。 衆議院の予算委員会で先週九日、高橋東京協和、それから鈴木安全の間前理事長、これの証人喚問が行われましたけれども、二人の証言を聞いておりまして改めて驚いたのは、その度外れた経営責任感のなさであります。 〔委員長退席、理事伊江朝雄君着席〕 大蔵省の資料によりますと、両理事長関連の貸し出しは昨年三月未の残高で、高橋前理事長関連が六百六十四億円、それからそのうちの不良債権額が六百三十億円、また鈴木前理事長関連は融資額が五百九十八億円のうち、そのほとんど全部の五百九十五億円が不良債権となっている、こういうことでございます。 この極端な信用組合の
今、大体の経過を説明されたわけですけれども、実は文芸春秋の四月号にこの日銀の担当者の小島理事のインタビュー記事が載っております。それによりますと、今お話のありました去年の夏の第二回目の合同検査、このときのことについて言っておるわけですけれども、それによりますと、「昨年夏の二度目の合同検査の結果が出た時点で都がもっと早く手を打つべきだったと思う。」「都がもっと早く動いていれば、傷はもう少し浅くてすんだかもしれない。」、こう言っているわけですね。つまり、この段階に至ってもなお都も、したがって大蔵省も、何ら有効な手は打てなかった、こういうことなんですね。 実際に大蔵省銀行局が前面に出てそして救済策に動き出したのは、本当は、日経新聞が去
日銀が二つの信用組合救済のための新しいスキーム、つまり東京共同銀行設立ということを発表したのは去年の十二月九日だったわけですけれども、そこに至るまでどんな方法で問題を処理しようかといろいろ日銀、東京都それから大蔵省と三者間で御相談になっただろうと思うんですね。 普通は、とにかくその関係の深いメーンバンク中心に、とにかくメーンバンクが大体処理を引き受けて、そして信用組合に吸収合併なりその他の組合との合併なりで消えてもらうというやり方が今までは普通だったと思うんですね。それで、当然そういう引き取り手探しですね、そして従来型の解決をするということを大蔵省もお考えになったんではないかと思うんですね。ところが、それがなぜ東京共同銀行方式と
それは初耳であって、長銀に対して面倒を見ろということを全然言わなかったんですか。大蔵省も言わなかったんですか。
東京共同銀行方式の問題については後でまた触れたいと思いますけれども、話を先に進めまして、今回の二つの信用組合の処理問題で非常に不透明な部分が多くて解明を必要とする問題に、イ・アイ・イ・グループのメーンバンクとして一時数千億円を高橋氏の率いるイ・アイ・イ・グループの開発事業などにつき込んだ日本長期信用銀行、長銀と二つの信用組合とのかかわり合いの深さがどの程度のものであるかという問題があります。 先週の衆議院の証人喚問で高橋、鈴木両前理事長は、長銀は九〇年秋からイ・アイ・イ支援を打ち切った九三年七月まで、二つの信用組合の預金の出入りから貸し付けまですべてチェックしていた、こういうふうに述べております。そして、日々の資金の出入りを長銀
それじゃ、共同銀行をつくるときに出資、融資などの比率について長銀負担分というのが決められておりますね、どうしてそういう基準が出てくるんですか。そういう明確な判断ができない状況でどうして長銀分という枠が決まっていくんでしょうか、御説明を願います。
それじゃなぜ、地方の民間金融機関、これは全国、オールジャパンで全部出資なり融資を引き受けさせられているわけですけれども、口々にとにかく長銀の負担が軽過ぎるというふうなことを言い出しておるわけです、なぜそういうことになるのか。 あなたは応分の負担と言いますけれども、その応分の基準がさっきの答弁ではよく我々には理解できないわけなんですけれども、その辺のところを我々がわかるように御説明を願いたいと思います。
ここに過去のいわゆる何といいますか、引き受けた銀行の負担分というふうな表がありますけれども、それによりますと、例えば住友銀行、イトマン事件のときにイトマン系ノンバンクの分まで含めて八千億円の不良債権を一行でかぶっておるわけです。それからまた東洋信金事件、この場合には結局日本興業銀行が失敗をしたわけですけれども、東洋信金は銀行、ノンバンクに対して約二千五百億円に上る債務を負ったわけですが、結局、三和銀行が吸収合併することになったんだけれども、このとき興銀は百十億円の債権を放棄するとともに、三和銀行に対して五百億円利益を供与することになったんですね。このとき興銀は合計六百十億円負担をすることになっておるわけで、これに比べると今回の長銀負
例えば朝日新聞の三月十日付の社説ですけれども、長銀は、二つの信用組合の預金や貸し出しなどの資金管理にも関与したようであるが、そうだとすれば主力銀行としての責任を果たすべきだ、東京共同銀行の金融支援と運営は長銀中心で再検討されていいと、こういうふうに書いておりますね。 長銀は、イ・アイ・イ・グループのメーンバンクであったばかりでなくて、東京協和についても事実上の後見役であった。そしてその経営に深くかかわっておったわけです。長銀は関連会社を通じてこの信用組合の出資金のほぼ半額を出資している、そして非常勤監事や顧問まで派遣をしている、こういう密接な関係にあったわけです。 また、高橋氏の証書によれば、イ・アイ・イ・グループに対する長
今の私のいろいろと申し上げたことで、長銀とそれから二つの信用組合の関係というのは相当密接であったということが証明されたと思うんです。ところが、さっきの銀行局長の答弁によると、驚いたことに、東京都は一回も長銀に引受手になってくれということを頼まなかったという答弁でございますし、大蔵省もそれをやったようにはおっしゃらなかった。これは非常にびっくりすることでございまして、そうだとすれば、もうこの新しいスキームを、東京共同銀行方式によるスキームをとにかくしゃにむにやりたいということが先行して、それ以外のいろいろな手はほとんど打たれなかった、こういうふうに解釈せざるを得ないと思うんですけれども、もう一度、長銀に本当に働きかけをしなかったのかど
そういう答え方をするから、一部には、新しいスキームは長銀の責任問題を覆い隠すあるいは拡散させる長銀救済策だというふうなことを言う人さえ出てきているわけでございます。また、その背景に何か政治的圧力があったのではないかという疑いが出される一つの根拠にもなっておる。 こういうことでございますけれども、とにかく今のお話を聞いているとますます、まず共同銀行方式ありきで、しゃにむにそれをやろうということが先行しておった、こういうふうに受け取らざるを得ないんですけれども、その点はどうですか。共同銀行方式以外にいい工夫というのが考えられたんでしょうか。
今回の東京共同銀行方式による新救済スキーム、これはバブル崩壊後倒産の可能性のある金融機関を全国的スケールで救済するために公的資金の動員を含めて考案されたものであって、その原型は四年ぐらい前から日銀の信用機構局の中で研究チームをつくって、そして研究を発足させたというふうに言われておるわけです。そのとおりでしょうか。 また、しかしそのころ想定した金融機関の破綻状況というのはもっと大がかりなものを想定しておったと。そして、ある経済ジャーナリストの話によりますと、こうした日銀での研究の結果、これは生まれてきたのがバッドバンク・グッドバンクというふうな構想であって、これを要するに日銀が大蔵省に提示したのは九三年夏ごろだったと、こういうふう
それでは、日銀が中心になって研究を始めて、そしてその案を大蔵省に提示されて大蔵省もそれに乗ったと、こういういきさつは認められますか。