各組合とも詰めの段階に入っておるということですけれども、全部同じペースで進んでおるのでしょうか。それとも内容について進みぐあいの早いところ、あるいは比較的理解のできたところ、あるいは全然そこに行っていないところ、いろいろ差があると思うのですが、その点はいかがでしょう。
各組合とも詰めの段階に入っておるということですけれども、全部同じペースで進んでおるのでしょうか。それとも内容について進みぐあいの早いところ、あるいは比較的理解のできたところ、あるいは全然そこに行っていないところ、いろいろ差があると思うのですが、その点はいかがでしょう。
そういたしますと、伝えられるところによれば、大体公労委の調停あるいは仲裁裁定に移るという作業につきましては、大まかな日程がきめられておりまして、十九日ないし二十日ごろに山場を置いて、そのころには何とか解決のめどを見出したい、そういう予定で、かねてから公労委のほうでは、一応の目算のもとに作業を進めておるというふうに私どもも聞いておるわけでございます。一方、そういう公労委の作業日程に合わせたような形で、本日から二十日にかけまして、国労、動労関係では全国縦断ストというようなストライキの計画があるやにこれも伝えられておるわけであります。ストライキがあるかないかということは、公労法のたてまえと関連いたしましていろいろ問題があります。この点につ
そういたしますと、重ねて念を押したいと思いますけれども、もちろん合理化問題というのは複雑にして多岐な問題を含んでおりますから、全部が全部短期間に決着がつくという性質のものではないと思いますが、当局が賃上げについて従来よりも前進した何らかの具体的な態度を表明するというのは、やはり合理化問題についてのめどがつくといいますか、見通しが立つということでない限りそういう表明はできない、こういうふうにいまの状況でもわれわれとしては受け取ってよろしゅうございますか。
その点について、私も過去に公労委に関係をいたしておりまして、調停、仲裁にも関与してまいった経験を持っておるわけですけれども、三公社五現業、一応それぞれ自主的な立場をとるというたてまえは持っておりますけれども、五現はもちろん政府直轄でありますし、三公社につきましては非常に強い政府のコントロールのもとにある。また、今日までの賃金その他労使関係の歴史的な経過から見まして、民間企業のようにそれぞれがばらばらに問題を処理するということは、事実上不可能であるというふうに認めて差しつかえないと思うのです。将来どういうふうに改革をしていくかということは別問題として、今日までの状況におきましては、全部が各個ばらばらに解決をするというわけにはいかない。
そういたしますと、問題を整理すると二つになると思うのですね。 一つは、当局側も一生懸命努力をされておるようでありますし、公労委のほうからも、私の聞くところによりますと、国鉄の労使に対しまして、いまの状況では調停を進められるような条件になっていない、そこで、合理化、近代化の問題について自主交渉をもっと進めて、調停に入れるような状態をつくってこい、簡単に言いますとそういうような意思表示もあったそうでございますから、公労委のそういうバックアップもあって交渉されているわけであります。三つの組合の中で、鉄道労働組合は、合理化問題につきましてはその意義を認めて、比較的前向きの態度といいますか、これを建設的に処理しようとしている。他の国鉄労働
これは、私の念の押し方が非常にむずかしい、機微に触れたことを言っているので答えにくいと思うのですが、四月二十七日の大蔵委員会におきまして、その点について、ことしのことではないのですが、去年までの実績を通じて山田副総裁にお尋ねをした。その答えというものを要約してみますと、現実に他の民間も大体きまってくる、二公五現もきまってまいるというような状況で調停なり仲裁という段階にタイミングとして入っていくわけでございます、その際には、私が質問したことに対してですが、先生がいまおっしゃいましたように、私どもも、うちの職員にはやはり人並みの賃金は上げてやりたい気持ちは持っております、それを仲裁の席上で申し上げているのが昨年の実情でございます、こうい
いままでにおいても、同時に全部が実施ということにならなくても、それぞれの事案について、多少時間的にずれても一応実施をされてきておると考えておる、今後もそういう点において大体やられていくものと思えるので、お流れになるとか、それがルーズになることはないように思うというふうに真鍋さんもいま言われたわけです。そういたしますと、ここ数年来の状況を見た場合に、去年もそうでございましてことしもそうでございますが、大体公労委の立てた問題解決の日程に沿った形でストライキのスケジュールというものが組まれておる。一部ストに入って、国民の立場から見れば足に影響を受けるという事態があるわけです。しかし賃金の問題は、民間の賃金の進行状況、他の二公五現というもの
その点について、今度は政府のほうにお伺いしたいのですが、運輸大臣がおりませんので鉄監局長に確かめたいと思うのです。 いま国鉄は非常にむずかしい立場に置かれておりまして、昨日の説明によりましても、すでに四十六年度の予算におきましても純損益として二千四百六十五億、それから繰り越し損益では、やはり赤字が八千二百億という巨額に達する、このままでは赤字が累増するばかりであるということを言われておりました。これについては、私は国家の積極的な補助と、もちろん国民の協力、国鉄当局の血のにじむような合理化、近代化の努力と、それから健全な労使関係の確立というようなことが組み合わさっていかないとうまくいかないと思うのです。幾ら数字の上で議論をしてもだ
そんな官僚的な答弁を求めているんじゃないんですよ、私が言っていることは。先ほど来のやりとりでわかっておるように、国鉄で自主的に何かせいといったって、どんなにすぐれた運輸大臣が国鉄総裁になったって、いまの状況ではできやしないですよ。何とかしてこれは助けなければいかぬという形で、国会で小委員会までつくってやっているわけでしょう。そういう状況の中で、賃金の問題を国鉄当局だけ責めるのはむだなんです。組合がストライキをやっていますが、先ほど来のやりとりでもわかるように、ほんとう言うと、あんなストライキも何の役にも立っていない。しかし、こういう状況から見れば、何となくそういうストライキがなければならぬような空気があることも事実なんです。ほんとう
最後に念を押しておきますけれども、やはりこういう問題について、政府が国鉄当局にもっと前向きに協力をする必要があると思う。国鉄が今日の状況になったのには、国鉄の職員に全然責任がないとは言いませんよ。民間の場合でも、企業が悪くなるという場合は、経営者と労働者と両方——どっちかが全面的に悪くて、どっちかが全面的に正しいなんということはない。やはり原則的には労使の協力によって成り立っている。そういう意味合いで、職員にももちろん責任の一部はあるかもしれないけれども、主たる責任は、国鉄の置かれた地位と、政府の国鉄に対する政策、あるいは公共負担が全部国鉄に背負わされて、現在の変化に対応するだけの体制づくりがおくれているという点の政府の指導性に最大
終わります。
私の質問の前半の十五分間だけ大蔵大臣がいらっしゃいまして、その後退席をされるというお話でございますので、先に大蔵大臣にお伺いをいたしまして、なお自余の問題については運輸大臣にお伺いいたしたいと思います。 いままでにもだいぶんたくさんの同僚各委員が質問いたしておりまして、数字の問題等も出ております。重複を避けまして、ものの考え方や今後に臨む政府の態度、そういうものに重点を置いて、念を押しておきたいと考えるわけです。といいますのは、この税が通れば通ったで、また通らなければ通らなかったで、あとから関連して問題が起きてくると思いますので、そういう点を端的にお伺いをいたしたいと思います。 先ほど来のいろいろな質問に対する主として大蔵大
大体趣旨はわかりました。 そこでお伺いしたいんですけれども、特にこの税を新設する場合に、先ほど来繰り返し説明をされておりますのは、自動車が重量を持っておる、ウエートに応じて道路をいためる、そういうようなことから、いままでに自動車にもいろいろな税金がかかっておるけれども、それぞれ目的が違う、重量税としたゆえんは、自動車の重量というものが道路の損傷と密接な関係があるので、その重量に応じて税金をかけるというところに一つの合理性を求めたというふうに伺ったんですけれども、そういうふうに確認してよろしゅうございますか。
私も自動車問題についてはいろいろ興味があって関心を持っているほうなんですけれども、どうもこの論理は飛躍があるように思うんです。たとえば、どんなに重い自動車でも車庫に眠っている自動車は全然道路をいためないわけなんです。それから、自動車そのものの自重が相当重くても、道路にウエートをかけるというのはやはり車軸によると思うんです。同じ一トンの自動車でも四輪で受けとめるのと六つの輪で受けとめるのでは自動車が道路にかける負担というものは違ってくると思うんです。そこで重量に応ずるという場合には、単純に自動車自体の重量ではなくて、車軸にかかる重量ということにならないと道路とは直接に結びついてこないということが一つなんです。幾ら重い自動車でも走らなけ
質問に的確に答えてもらいたいと思うのですけれども、道路をいためる。いままで自動車にいろいろな税金がかかっておるのです。かかっていないわけじゃないのだな。そこで新たな税金をかけることにした。これを運輸大臣が、先ほど他の委員の質問に対して、それぞれ目的が違うということをおっしゃっておった。今度の新設した自動車重量税はそれぞれ目的が違う。何の目的かということのウエートは、道路をいためるから重量に基準を置いて税金をかける、こういうことになっておるのだけれども、道路をいためるということばを使う以上おかしいではないかというのが社会的通念じゃないですか。走らない自動車は全然道路をいためないのです。走ることによって道路をいためるのです。したがって、
それは金額が少ないからおかしいと思わない。ともかく権力でかけることにしちまえば黙ってしまうということだろうな。では、この税金がふえていけばおかしくなりますか。
そうすると、これは大蔵大臣にお伺いしたいと思うのですが、この税金はいまちょっと軽い程度で——納めるほうからいえば決して軽くはないのですけれども、いま細見さんがお答えになりましたけれども、この程度ならおかしくない。ともかく芽を出しておけ。これを土台にして、あとから枝をはやし、葉をつけ、だんだんふくらましていって、自動車からさらに税金を巻き上げるという魂胆がある、そういうふうに解釈してよろしゅうございますか。
といたしますと、自動車重量税などという名前をつけずに、車検の際に取るなら、いい悪いは別にして、なぜすっきりと車検税なら車検税という形でわかりのいいようにしなかったのでしょうか。その辺のことをお伺いしたいと思います。
その点につきましてはあとから関連して運輸大臣と細見さんにお伺いしますが、大蔵大臣が何か途中で退席されるそうですからお伺いしたいと思うのですけれども、先ほど来しばしば、社会資本が不足している、充実をしなければならぬということをおっしゃっておりました。それは非常にもっともだと思います。しかし、いま社会資本の不足した理由は何かという形になると、産業投資に非常にウエートがかかり過ぎていた、そして世界でも驚異といわれる高度経済成長を遂げてきた、それに対して社会資本が全般的に立ちおくれておるのが一口で言った今日の状況だと思う。そうすると、その社会資本を充実していくという場合にまず重点を置いて考えなければいけないのは、新しい財源を見つけて税金を取
これは論議はすれ違いでございまして、いろいろな数字をあげてやっておりますとなかなか時間が足りませんけれども、私はいまの大蔵大臣の御答弁には納得できませんし、しばしば財政演説等で大蔵大臣が説明せられておる根本的な趣旨と食い違いのあるところがやはりあるように思います。私が法人課税を考えたらいいのではないかというのは、もちろん法人税も法人課税のうちの一つですけれども、今日の高度成長をささえてきた社会資本が落ちついていないということの大きな理由は、あらゆる措置を講じてやはり日本の企業を発展させてきた、それを否定しているのではない。その結果ここまで力がついてきている。そういう意味で、利益を積んでいるところから出してもらっておくれているところに