そう言われるのだったら、体系立った長期的展望を出してください。雇用情勢と雇用保険をめぐる長期的展望を出してください。それ出さなかったらこの法律案の論議なんかなりませんよ。出してください。抽象的な答弁要りませんから。
そう言われるのだったら、体系立った長期的展望を出してください。雇用情勢と雇用保険をめぐる長期的展望を出してください。それ出さなかったらこの法律案の論議なんかなりませんよ。出してください。抽象的な答弁要りませんから。
願いを込めてというのは、あなたは法律案を出している側だから願いを込めて出しているに決まっているわな。こっちは願いを込めているその願いが本当にやっていけるのだろうかということを科学的に分析してみようと思ってやってみると、体系的な長期的展望、そういうものが全然立たぬわけだ。あなたの方も立たぬわけですよ。立たぬのじゃ困りますよ。立つようにしようじゃないですか。立つようにするために、時間的余裕あるんですから、これは委員長、ぜひ私の提案は、これはちょっと理事会でも開いてもらって、受けとめてください。
理事会に預けます、これは。私、今すぐでなくても、預けておきます。 大臣の述べられることはわからないわけではありませんし、まあ十一月になればあるいは河本内閣ができて、坂本官房長官ということになるのかもしれませんから。今の答弁非常に自信がおありでありまして、そういうものを前提にしながら労働省これから雇用をやっていくんだというようなことになるかもしれませんが、とにかく私は、雇用情勢というのは傾向的に悪化していることは間違いないでしょう。一九六〇年代と七〇年代後半を比べてみますと、これはGNP成長率が同じであっても失業率は悪化するという、そういう計測結果を私自身がはじいて予算委員会で提示をしたこともありますが、高失業化というのは時代の趨
したがって私は前段の三項目目で全カテゴリーを対象にしますねという念を押したのはそこのところでありまして、そういう答弁が出てくると思ったものだから。理由についてそういうふうに言われる。そこで、五十八年度で約十四万人の開きが生じているのに、なぜ今年度は当初予算で一万人しか上乗せしてないんですか。
これ局長、乖離は出ないと見ていますか。
私は、そう言われたって、五十九年度は景気の好転が見られるとは言いながら、月平均にして一挙に十三万人も減るというふうには考えられません、とても考えられない。少なくとも予算は予想される実績値に最大限近づけて組むべきだと、きのうもレクチャーのときに申し上げましたね。それが財政法の指示するところですよ。私は、五十九年度予算の支出の項というのはどうも虚構の数字であると言って過言ではないんじゃないかと思うんです。改めて計算をし直しておかなくてもいいですか。この法律案が通って、万が一乖離ができて、決算のときになってきょうの答弁を変えるということはならぬですよ、そのときは。
きのうも言いましたように、月平均八十万人で計算したら大体どのくらいになりますか。
私はこのやつはちょっと――労働大臣、別にあなたが大臣になってからの話じゃないものだからあれですが、過去、現行法ですよ、予算と実績をずっと比べてみますと、さっき言ったとおりなんですよ。私は虚構の予算だというふうに思っているんですが、しょせんはこれはシーリングの関係でこうなってきているんですが、要するにマイナスシーリングで国庫負担を削る必要があったためにこういうような虚構の数字を組まなければならなかったという過程がある。今後もそのことが予想される。虚構の数字で予算を組むことは私は明確な脱法行為だと思う。労働省は大蔵省に屈辱的な思いをしただろうけれども、しょせんは屈して脱法行為をずっとやってきた。少なくとも財政法及び雇用保険法の立法の趣旨
これ、見過ごすわけにいかない財政法違反でありますから、財政法違反は違反として明らかにしておきましょう。 本題をもう少し進めますが、大臣、この元凶は今も言ったようにマイナスシーリングなんですが、公共事業関連については最近声が高くなってきていますね。社会保障についても、最低限法律で明確に規定されているものについてはマイナスシーリングの対象から外すことが必要ですよ。そういう努力を六十年度予算編成に当たって貫いていただきたいと考えますが、いかがお考えですか。
その意味で大臣に協力することはやぶさかではないし、一緒に組んで少し予算を取ってくるぐらいのことはやったっていいと思っていますから言っているんですが、覚悟のぼどはわかりました。 法第六十六条は、事務費について国庫負担すべきとしているわけですね。これはけさの論議にもありました。ところが、そのとおりにはなっていない。職員の人件費はおろか、庁舎の改修費まで労使の拠出金で賄う、こういう運営は考えられませんよ。これはもう立法から、制度ができ上がったときの労働省のまさに失政だったと思うんですね。国が責任を負うべき社会保障制度だとはもう言えない、こういう状態は。 それで労働省、財政法十条に何と書いてありますか。事務費を国以外の者に負担させる
局長ね、今のところもう少し穴をあける努力しようじゃないですか。政管健保でも事務費は全額国庫負担でしょう。職員の人件費や庁舎の改修費は一般会計で見るのが当然でしょう。財政事情やその他のことをあなた言われましたけれども、やはり当初犯したあなた方の誤りは、どんな苦しい状態の中でも、でき得るものならちゃんと改善をしていく努力というのは常にやらなきゃいかぬですよ。早急に是正されるべきだ、そういう筋合いのものですよ、これは。 行革審の省庁別歳出削減対象項目の労働省の部分を読んでみたら、明確にまた「雇用保険特別会計の繰り入れ見直し」外二件でしょう。ここの部分についてはますますこれは覆いかぶさっできますよ。私は、大臣もちょっと触れられましたが、
局長、あなた官房長の経験者でもあるからね、どうだろう、六十年度の予算要求における労働省の最重点課題の一つにこれを組み入れる、このくらいの答弁はいいでしょう。
私は、今回の改正過程を見ていまして、先ほどもちょっと申し上げましたが、大変疑問に思うのは、いわゆる拠出者の意見がほとんど反映されないままに改正作業が進められたという点であります。 大臣、保険財政のみならず雇用情勢が厳しい状況にある中で、労使の意見を十分に反映させて、そして制度を運営していくということが、これは肝要だと思うんですよ。先ほど大臣もそういう旨の答弁がありました。中職審の雇用保険部会だけではなくて――先ほど、労働行政にはいい例がありまして政労使のいわゆる協議というものが常に続けられる、審議会もある、こういう大臣の答弁がありましたが、私はその雇用保険部会だけではなくて、独立した労使の運営機関の設置が一つ必要だろうと思うんで
それは大臣、よくわかっているし、衆議院でもそういう答弁になっているんですが、もう一歩突っ込んで、やはり私は独立した労使の運営機関を設置をして、そして長期展望の問題やら長期計画の問題やらいろんなことを申し上げてきましたし、財源上の問題のことも申し上げてきましたけれども、それらのことについてもう少し煮詰めた論議ができる、そういう保証というものをつくっていかれる方が、これからの労働省の行政にとっても私はマイナスになることではない、そういうふうに思いますがゆえに、もう一歩突っ込んだ構想というものをこの機会にお持ちになったらいかがだろうと思います。
時間も来ましたから、一歩譲って、今いわゆる雇用保険部会で煮詰めた、あるいはそれに付属するところの政労使のいわゆる機関でやっていかれる。しかし、それが全体の運営の流れを見ていて、さらに強力な独立した政労使の機関という、労使の機関というものを必要と認めた場合にはそこにやはり踏み切っていく、それぐらいのことを継続的に考えながら当面やっていくというふうに理解しておいてよろしいですか、今の答弁は。
もうあれですが、一番最初の三室戸学園の問題のいわゆる雇用保険法上の問題、労働基準法上の問題、これらの推移を見て、次回の委員会にさらに質問を保留したことと、長期的展望等の問題について理事会にお預けした問題について質問を保留する。そして、通告してありましたが、船員関係の問題について時間がなくなりましたので、これは後ほどまた同僚議員に触れていただく、そういうことにして、一応私のきょうの質問は終えておきます。
まず、岡崎さんに伺いますが、あなたの基本的な考え方、予算委員会でも申しましたけれども、バリティによる戦争の抑止にあると思われます。そこで、この均衡抑止論については、私はまず第一に均衡が抑止につながるということが果たして言えるのかということ、第二には、仮に均衡抑止という考え方が成り立つにしても、均衡という概念がなかなか難しいわけですね。均衡というのは軍事力だけではない、経済力や戦う士気をつくり出す政治的統合力、いわゆる地政学的な位置等々、さまざまなファクターを総合的に勘案した上で均衡概念が成り立つ。何をもって均衡となし得るかはその意味でも非常に難しいわけですが、ミリタリーバランスという点に限定して考えてみましても、そう簡単ではないよう
私このクラウゼヴィッツ・テーゼは、軍事力の均衡と戦争の未然防止あるいは戦争の発生とは相関性が弱いということであると一面解釈をする。すると、私はそれを類推して、核時代にあってもこのテーゼというのは基本的に通用すると考えるわけですね。軍事力が均衡していなくとも戦争は発生しますし、均衡していても発生する。というのは、戦争が発生する要因というのは軍事力均衡と別のところにあるから。均衡は一時的な歯どめになり得ても戦争防止の基本的要因とはならない。そこで、この均衡が抑止機能を持つとしても、それは全く一時的に過ぎないのではないかというように考えているのですが、この辺はどうでしょう。
今も述べられました均衡抑止論、ある国の軍事力が他の敵対国の軍事力に比べて数段劣っている、それで劣性の国家は優位に立つ国家に対して戦争を起こさないという命題を持っていると思われますがね。ところが、実際の近代、現代史においてそういうような状態があっても戦争は発生しているわけですね。私は、太平洋戦争がそのいい例だと実は考えているんです。井上成美海軍大将のような合理主義者でなくても、日本の戦闘力の格差は歴然としていることはわかっていたわけですね。したがって山本五十六さんなどというのは短期決戦戦術をとったのだろうと思うんです。軍事力、経済力の格差を短期決戦戦術でカバーしようとあのとき考えた。それはともかくとして、劣位の国家が優位の国家に戦争を
私は一貫して均衡と戦争防止との相関関係が弱い、そういうふうに考えているわけですが、それは、先ほどもある意味では見事に答弁されているのですが、均衡概念のあいまいさに起因すると考えるんです。さっき具体例でイラ・イラ戦争の話があったんですが、このイラン・イラク戦争のミリタリーバランスは一体どうなのかということをあれしてみると、これはミリタリーバランスによっての話ですが、陸空軍においてはイラクの方が数段まさっているわけでしょう。そして、海軍力というのはこれはイランの方が上ですね。で、この戦争では海軍の出番というのは今のところ余りないような気がいたしますね。ところが、実際の戦争のプロセスを考えてみますと、まさにイライラでありまして、優劣っけが