いま制度がないからどうにもならぬとおっしゃった。そこが問題であります。変更それ自体がこれは異例の、特殊な例でありまして、この問題は特別な措置によってしか解決できない。それを制度がないからどうにもならぬというここに問題がある。そこを越えて、これは後にも先にもない問題であるので、方法の変更でありますので、どうしても政治的配慮でやってもらわなければ解決できないと、こう思いますが、いかがですか。
いま制度がないからどうにもならぬとおっしゃった。そこが問題であります。変更それ自体がこれは異例の、特殊な例でありまして、この問題は特別な措置によってしか解決できない。それを制度がないからどうにもならぬというここに問題がある。そこを越えて、これは後にも先にもない問題であるので、方法の変更でありますので、どうしても政治的配慮でやってもらわなければ解決できないと、こう思いますが、いかがですか。
そう簡単にそうでありますかというわけにはまいりません。ぜひひとつ問題として取り上げて検討してもらいたいことを強く要望しておきますが、いかがですか。御勘弁願いたいとおっしゃいましたが、これは勘弁できる問題じゃありませんので、ぜひ再考慮していただきたいということを強く申し入れておきます。
もう一つ要望として加えておきたいことは、民間企業の送迎バス、特にパイン産業につながる従業員の送迎バスの問題でありますが、これもパイン企業を育成するためにいろんな問題があったわけです。その作業員の送迎バス、このこともありますので、ひとつ含めて御検討を願いたいということを強く要望申し上げておきます。 次に、米軍人軍属に対する対策が非常に不明確であると、こう思います。特に事故防止の面から、基地の中の沖繩と言われておる状態でありますので、米軍人軍属に対する対策、これについてひとつ外務大臣からしっかりしたその対策、姿勢を承りたい。
特に米軍人軍属のこれはもう現状が非常に困った状態にあるという、その実情、体験の上に立って私は強調いたしておりますので、ひとつ十分御配慮願いたい。 次に、これは建設になりますか、沖繩に起こる問題、大ぜいの皆さんも何の意味かおわかりじゃない、たとえばつぶれ地とか、角切り工事とか、いろいろ出てまいりますが、この交通方法変更に伴って特に都市地区――那覇地区や市町村もそうでありますが、角切り工事に伴って生ずるつぶれ地の補償を十分考えてもらわなければいけませんが、これはどうなりますか。
次に、特にこの要綱で問題になります、そして現地要求の強い特別事業について、この交通方法変更が国の施策として行われる復帰処理の大事業であることは申し上げるまでもありません。そこで政策的配慮による特別事業が必要であると強調されております。県民の交通方法変更に対する不安、危惧に対応して、人的、物的両面から交通環境の改善を促進する必要が大いにある、こういう要望が非常に強いわけですが、その交通方法変更に伴って県民のこうむる有形無形の損失があるわけですが、それを一々個人に還元するわけにいかぬ面も出てまいると思いますので、それを一括して特別事業の形であらわす。この内容として、一つ沖繩県交通安全教育センター、二つに道路整備、三つに交通災害医療センタ
三十三年もなじんできたこの方法を根こそぎ百八十度切りかえるわけでありますので、予期しない事柄が必ず踏み切った後に出てまいることが十分予想されます。そこで、要望を兼ねて承りたいことは、七・三〇以後積み残した問題も国の責任において完全に解決すると、こういうことをまずはっきり明確に打ち出してもらいたいということと、もしいま現時点で予想されない問題が出た場合に、それをどうしてもほうっておくわけにいかない、そういった大事をとっていただいて、その要旨を踏まえて、現在沖繩県交通方法変更対策本部、この本部、あるいは名称は変わってもいいと思いますが、その組織を自後に備えて継続存置してもらわなければいけないと、こう思っておりますが、いかがでしょうか。
いま一つ、積み残したものに対するいわゆる継続事業としての完遂、これはいかがですか。
この問題に対する最後の締めくくりといたしまして、本当に変更してよかったと、こう言える結論を出していただきたい。変更ということは、あるいは改善改良ということは、メリット、よくなるために変更があるのであって、デメリット、不安やいろんな損傷が予想される、このような状態では変更とは言えない、また変更してはいけない、こう思いますので、本当に変更してよかった、切りかえてよかったと、こう言えるひとつ安心を与えていただきたいことを強く要望いたしておきますが、もう一遍担当大臣の決意を承りたい。
いまの担当大臣の御説明を承りましたが、最高責任者としての総理のひとつ決意をお願いします。
次に移ります。 福田総理は機会あるごとに日米安保は尊重すると、こう強調していらっしゃいますが、その日米安保を沖繩の現状に照らしてどのように理解しておられるか、そのことをお聞きしたい。
総理、沖繩の言葉に「忍ばらん忍び、すしが忍び」という言葉がございますが、おわかりでないと思います。「ならぬ堪忍するが堪忍」ということなんです。沖繩県民は政治的に、歴史的に忍の一字に耐えて「忍ばらん忍び、すしが忍び」、こういう忍の一字に耐えて今日まで来たと。これを称して、琉球処分を幾たびか繰り返してきた。もう今後そのようなことが絶対にあってはいけないということで、県民は新しい歴史の創造を求めて立ち上がってきておるつもりでありますけれども、しかし、復帰前と復帰後を沖繩の状況に立って比べました場合に、アメリカの沖繩基地支配者、あるいは責任者の知事を初め県の首脳の大衆の指導者に対する姿勢が非常に高圧的になっておる。そして軍事演習の量が広がっ
いずれというのはどういう意味ですか。
使用条件のメモはでき上がっていますか。
本土では、基地の使用条件はちゃんと地主、あるいは関係市町村に明確にされております。なぜ沖繩はそれがなされていないか、その理由を承りたい。
いまの答弁はでたらめじゃありませんか。ちゃんとここにその使用条件の証拠がありますよ。三十六年一月十六日閣議了解、「静岡県東富士演習場返還に伴う措置について」、ちゃんと明確なメモがありますよ。
だんだん掘り起こしてみると、沖繩がどのようにふたを覆われておるか、あるいは差別されておるか。そういう中で戦場同様な、いわゆる無制限な基地の自由使用、そして出撃基地とも言われておる今日、そのような形で沖繩の基地をでたらめに自由自在に使わしておる、このことに私は憤りを感じてなりません。憲法に照らしても差別があるべきはずがない。それを沖繩なるがゆえにと、こう言いたい。 次に進めますが、基地の整理縮小は、さき総理は努力しておるけれどもなかなかと、こうおっしゃったけれども、その基地の整理縮小も復帰の時点で確約されたことであります。それが順調にいかない理由はどこにあるか承りたい。
努力努力と、機会あるごとにそういう姿勢は示してもらうけれども、その努力が実らなければこれは空虚なものである。沖繩の返還はもうれっきとして核抜き本土並みということが前提じゃなかったですか。当時の外務大臣、現総理、あなたがおっしゃったことは本土並み。ところが、いまの基地の返還につきましても、復帰後本土は二一・七%返還されておりますよ。沖繩が七・九%。本土は沖繩の三倍以上返還されておる。復帰前でさえも基地の中の沖繩という状況。復帰後はさらに本土はどっと返還され、沖繩は三分の一しか返還されておらぬ。ますます、本土並みどころか格差はずれてくる。この矛盾をどう解決しようとしておるのか、総理に承りたい。
次に、またこれも差別につながる沖繩における基地公害の実態はもう限りなくありますが、このことをまず柱として申し上げたい。全国の基地面積の五三%を占めておる。航空機による爆音公害が激しい。演習による自然破壊が著しい。人身被害、そして米軍人軍属による犯罪と限りありません。その中での一例はハリアジェット戦闘機の訓練、離着陸。これは五十二年七月二日の一日の記録です。久辺小学校、久辺中学校八十九ホン、午前中で十三回授業中断。児童生徒の行動、教室から飛び出す、耳を押さえてこらえる、教師にしがみつく、学校全体が恐怖感に襲われる。その付接地域住民百一ホン、これがハリアジェットの離着陸に伴う爆音の実態です。そして墜落事故が二回起こっております。この訓練
厳重にひとつ申し入れてこれを守るよう、要望にこたえてもらうように努力してもらわなければいけない。 次に、嘉手納基地中心のF4ファントム戦闘機、それからKC135空中給油機の離着陸及びエンジン爆音。県当局の騒音測定調査の結果、嘉手納飛行場周辺住民の環境破壊、まず電話あるいはテレビ、これがたとえば電話であるとその爆音中は電話器に布団をかぶせてでなければ電話が聞こえない、これが実態なんです。それからテレビが全然映らない。映っても見るにたえない。住民地域で百十ホン、百九回。嘉手納小学校で百二ホン、四十四回。それで近くの北谷高等学校で一日の授業中断――一日の中で爆音のために授業中断が六十五回。これが実情なんです。これも人道上も許すことので
いまおっしゃったことに対する予算の裏づけばどうなっておりますか。