明治八年というとずいぶん昔のことですが、その条文をひとつ読み上げてください。
明治八年というとずいぶん昔のことですが、その条文をひとつ読み上げてください。
今日行われておる叙位、叙勲も、いまの条文に照らして行われておるのですか。
どうも納得がいきませんがね。昭和三十九年の一月七日に決定された閣議の決定事項がございますね、それをひとつ。
そうすると、いま私が申し上げた昭和三十九年に決定したその事項に基づいて今日はやっておるんでしょう。
いまのくだりのまだ続きがあるわけですけれども……。
いやいや、いま後で読み上げられた条文がぶつりと切られたが、もっと続きがあるんです。
いや、叙位、叙勲を行う場合のその条文がありますよ、その範囲とかね。
それではお尋ねしますが、例の対馬丸、疎開船対馬丸遭難死没者の処遇が、この条文に照らしてなされたものと私は理解いたしたいのですけれども、その対馬丸遭難死没者の叙位、叙勲はどのようになされてきましたか、そのことを具体的にひとつ。
具体的に、内容なんです。一回目にいつ何名行われたか、二回目にいつ何名行われたか、そうして合わせて幾らになっておるという経過があるはずです。
いまの合計は幾らになりますか。
いまの数には、私の調査とは大分ずれがあります。私の調査によりますと、第一回は学童四百七十三名、一般疎開者(学童以外)百五十四名、第二回が学童二百四十八名、一般疎開者(学童以外)六十五名、計三百十三名、合計、学童が七百二十一名、一般疎開者が二百十九名、合わせてトータル九百四十名と、こう私の調査によりますとなっておりますが、どっちが正しいんでしょうかな、いま食い違いがあるわけですが。
それでは、いまの沖繩開発庁からの推薦があったと、こういうことでありますが、沖繩開発庁は何を根拠にしてこれを推薦されたのであるか、お聞きしたい。
いまの開発庁の御配慮、まことに私ありがたく思います。その配慮の背景には、何としてもこの叙位、叙勲の――ただむちゃくちゃにこれをされたとは思いません。いかに心情的には同情しましても、根拠がなければいけない。それで、私、これのよりどころを求めておるわけなんですね。軍人軍属ではないけれども叙位、叙勲が行われたということ、これは異例である。そうしますと、先ほど読み上げてもらった条文の中に照らしてみますと「これに準ずると認められる者」、ここに私は問題点を見出したいわけであります。軍人でも正規の軍属でもなかったわけですから、その疎開者が、死没者が叙位、叙勲を受けられたということは、これに準ずると認められた者、こういうふうに理解――もうこれ以外に
いま総務長官は心情的な面からこれを述べられましたが、事実経過の上からも、これは戦争完遂のための、この目的達成の立場からこの学童疎開というものが決定されたというこの事実はお認めになりますか。
この問題につきましては、いわゆる国民世論の声として、日本遺族会、それから沖繩県遺族連合会、疎開船対馬丸遭難者遺族会、それからごく最近沖繩県議会で全会一致で決議した、ずっと十何年来の一貫した要求であることは御存じのとおりであります。その要求の内容はどのように受けとめておるのか。何と何がその一貫した要求であるということなんですか、承りたい。言ってください。
一貫した、いま挙げました日本遺族会それから沖繩県遺族連合会、疎開船対馬丸遭難者遺族会あるいは県議会で、こう一貫した問題が二つあるのは、いまおっしゃった準軍属として扱ってもらいたいということと、その遺骨を収集してもらいたい、こういう二つに集約できると思いますね。私も二回にわたってその質問主意書で質問をいたしたわけなんですが、その回答が余りにも冷た過ぎるということに私は怒りを感じておる一人なんです。これは私だけでもありません。国との間に一定の使用関係も、これに準ずるものとは認められないと言い切ったり、遺族援護法の処遇対象とする考えはないと断言したり、疎開学童と引率教師の遺族に二万円、付添者の遺族に三万円見舞い金として支給した、措置済みで
いま、他に類を及ぼすと、こうおっしゃいましたが、これは本質的に考えるべきであって、そういう便宜的なものではないということを、私、申し上げたいんです。他に類を及ぼすことをおそれる――筋が通るならばそれは及ぼしていいんじゃありませんか、他にも。そういうことではいけないと思います。この事実が正しいのであるか、正しくないのであるかということが本質的な考え方でありまして、これをやったら収拾がつかなくなるからという、こういう便宜的なもので、こういう厳粛な事実を葬らしては、これは大変なことでありますよね。いかがですか。
これは、ここでこう論じ尽くしても即答は求められないかと思いますが、たってのお願いでありますが、ぜひひとつこの事実を、もう措置済みだと、こうお考えにならずに、関係省庁、開発庁の御好意でこうして、総理府のまた御好意で叙位、叙勲も実現したということは、それだけのオープンな配慮があればこそそれも実現した。これも筋書きどおりでいくならば、恐らく実現しなかったでしょう。しかも、それをまた、遺族を中心とする国民的世論がもう一貫して訴えた中から――あれもすぐ最初から実現したんではない。そういったことを思いますときに、ぜひひとつこの問題もう一遍御検討を強く要望いたします。遺族としても、これそのまま下がるわけにはいかない。私も下がるわけにはまいりません
いや、できるできないはこれは当たってみぬとわかりませんが、それだけの前向きの誠意を示して、こうやったけれどもできなかったんだ、あるいはこうやったからできるんだ、こういった、前向きの姿勢というのはそういうことではないでしょうか。アメリカに向かって、それはできるできぬは当たって見なければわからぬでしょう。そのことを私、要望します。 また、さきの、もう一遍再検討してもらうということに対するひとつお答えを願いたいと思います。
それじゃ、御配慮願って、本当に不可能で、八方手を尽くしたがどうにもならぬということであれば、遺族もわれわれもまたそういった理解ができるわけですが、何かしらまだ政府の誠意を疑いたくなるようなことがいっぱいあるわけなんです。 特に結びとして申し上げますが、遺族の心情をとらえて見舞い金も出された、あるいは叙位、叙勲もされた、これは非常にごりっぱだと思います。ところが、遺族のこのいまの時点における心情というのは、本土でもそうでしょうが、沖繩では、死んだ者の霊を慰める最後の弔いが三十三年忌であります、法要。その三十三年忌を済ませば霊は成仏するという、こういう慣習があるわけなんです。その三十三年目が来年になるのです。あと一カ年、ことし三十二