それではさらに、その解放を要求しておる中に、安保条約に照らしても、地位協定に照らしても、どうもふに落ちない怪しい場所があるということを私は問題にしたい。 それは、米軍基地内の車販売所であります。そのことをめぐって、まずお尋ねしたいことは、安保条約第六条と地位協定第三条の内容を明らかにしてもらいたい。
それではさらに、その解放を要求しておる中に、安保条約に照らしても、地位協定に照らしても、どうもふに落ちない怪しい場所があるということを私は問題にしたい。 それは、米軍基地内の車販売所であります。そのことをめぐって、まずお尋ねしたいことは、安保条約第六条と地位協定第三条の内容を明らかにしてもらいたい。
私は、三月七日の沖特委でもこの問題を一応尋ねたんですが、そのときに、これは問題がある、調査をするということだったんですが、その調査の結果はどうなったか、明らかにしてもらいたい。
それでは重ねて聞きますが、矛の販売者は免税かどうか、それから、その地元自治体へ税金を納めておるかどうか、その実情はどうなっておるか、お聞きしたい。
その調査の結果は、まだはっきりしないというんですね。
問題は、その販売所が沖繩内では販売しないで、そこでは予約をして、そして現品はその軍人、軍属から注文を受けたら、米国に帰ってから受け取るシステムになっておるようですね。どうですか。
で、問題は、その軍人、軍属への福利厚生施設や物品の提供に便宜がはかられておったとしても、それはあくまでも日本国内で生活をしておるという、その限定においてそれが適用されるべきものだと、こう思う。また、特免業の範囲も、私はそのように限定さるべきはずだと思いますが、どうですか。
どうもその辺に、結局、この法はどこの側に立って解釈するのかというところに姿勢の問題が問われなければいかぬと思うのですが、一体、車を取り次ぎ販売する商行為まで地位協定は認めておるのかどうか。また、何でも販売できるという、こういう解釈に立つべきであるのか、そこにはおのずと限界がなければいかぬと思うのです。いかがです。
こういう実情ですよ。やたらにこうして広々と平地にとって、村民は僻地に押し込めて、こうして二十数年も苦悩さしてきた。一方では、このような状況で車販売店を広々とっておるということも、これは人道上も許せないことなんですが、ここに問題があると言いますのは、昭和二十九年一年二十日の行政処分取り消し請求事件、いわゆる安保の行政協定に——地位協定じゃなくして、行政協定に基、ついた中で起こった事件ですが、その判決にこういうことがある。「重ねていうが、軍人にも娯楽乃至慰安は必要である。そして合衆国の軍隊の駐留を許容する以上、その娯楽乃至慰安の施設を好意的に供与することは、日本政府の措置として望ましいことである。しかし、それはどこまでも、合衆国に対する
この問題につきましては、また後日論議するといたしまして、同じ北谷村内にあるキャンプ・ズケラン内の射撃訓練場の問題、これがまた問題であります。この米軍が、日本国内で軍事演習、訓練を行なう場合、どのような安全注意義務が課せられておるか、公安委員長にお尋ねしたい。
地位協定に基づくとおっしゃいましても、第三条の三項と十六条にちゃんと明記されておるはずです。それに基づいて行なわれないことは、私は大いに警戒を要する、こういうことで、これを問題にしておるわけですが、民間の場合、指定射撃場の設置基準及び訓練の規制措置は、一体どうなっておりますか。
いま述べられた点からしましても、一つには安全考慮の義務、二つは国内法の尊重、こういう立場からも危険きわまりないものであるということは、この射撃場は、国道五十八号線からこの射台がわずか四十メートルしか離れていない。射撃場の両側は簡単に盛り土がしてあるだけで露天なんです。しかも、その流れだまが来て、二、三年前に一人死者が出たという危険きわまりないものである、こういう実情。これは通るたびごとに、見ておってはらはらするわけなんです。しかも、もう五十八号線の目抜きの通りのすぐ近くであります。国体も迫った、海洋博も迫ったと、まさにメインストリートである。そのような情勢、状況の中でありますので、どうぞ、これを早急に撤去させる、このことを、ひとつ外
いま一括して検討されると、前向きの御発言がございましたが、さらに時期的にどうですか。この四月に持たれる安保条約運用協議会の中へそれを持ち込んでいただいて、そして、その次の日米安保協議委員会では間違いなく提案すると、こういう確約ができませんか。
大臣、念を押すようですが、追い詰められた沖繩の立場からしますと、もう一刻も猶予できない。同情するとか、よく理解しておるとか、こういうことはよく聞きますけれども、前向きで、いま即戦即決でやらなければならない幾多の問題が沖繩には続出しておる。そのようなことに対しても、一般論で片づけられますと、もはや私は、国には政治はない、政府には外交はない、こう断じたくなるのでありますが、いかがですか。
淡い期待じゃなく、ほんとうに前向きで、事実を示していただきたい。強く要望します。 さらに同じく、北谷村に、砂辺の区の移転要求問題がいま持ち上がっておる。これは防衛施設庁長官ですか、あるいは外務大臣ですか、この北谷村砂辺区民と、嘉手納基地からの危険、防音対策についての話し合いがなされておるということを聞いておりますが、その話し合いの内容を知らしてもらいたい。
まあ自発的に移転するものは別といたしまして、居残りたいという者が多数のように聞いておりますが、その居残る者に対してはどういう処置をなさるおつもりですか。
そうすると、念を押すようでありますが、立ちのかせることが目的じゃないんですね。
これは、よくその地元民の意思を尊重して、どんなことがあっても強制的な立ちのきの形でこれが行なわれるということは、これは基地の拡張にしかなりませんので、これをひとつ強く、その点を警戒しておきます。よろしいですね、いかがですか。
それでは、時間も参りましたので、最後に文部大臣にお尋ねします。文部大臣にお聞きしますが、復帰に伴って、沖繩の教育、政治、経済、全般に大きな変動を来たしておるわけですが、特に教育面から、沖繩に関する文部省の教育指導がどのように変わってきたか、それを承りたいと思います。
教育指導上の面から、何か措置をとられましたでしょうか。
私がそれを聞きますのは、復帰前と復帰後とは沖繩の情勢が現地の沖繩自体においても非常に変わっておる。さらに本土の底辺の広がりの中で沖繩がクローズアップされた。本土の教育の中でも大きな変化が来たわけであります。そういうときに、文部指導行政の立場から、何かこうきめこまかい配慮が、現地沖繩に対しても、あるいは本土に対しても、本土の各学校に対しても、あるいは教育機関に対しても何か手が打たれてしかるべきだと思うんですが、そういうことはいままで何もなしておられませんか。