東京銀行の個別の問題でございますが、個別の事案に即し、いろいろと認可に即した運用が行われているものというふうに考えております。
東京銀行の個別の問題でございますが、個別の事案に即し、いろいろと認可に即した運用が行われているものというふうに考えております。
この貸し付けをしたということにつきまして、真にやむを得ざるものであったかどうか、そこの考え方を東銀から聴取いたしましたところ、次のような説明がございます。 その顧客は、支店開設当時から十年以上にわたって数億円単位で継続的に金融債を購入してきた大口顧客であり、資産規模等から見て将来的にも預金、債券取引の拡大が期待されるにもかかわらず、融資を拒絶すれば継続的な取引関係が損なわれると考えられたこと、それから、そのような求めを拒むならば外国為替専門銀行は専門銀行であることを口実にいざ必要な場合には融資を拒むといった認識が広まりかねず、銀行全体として資金調達における安定性が損なわれるおそれがあると考えられたことなどを勘案して、全体として真
先ほど申し上げましたように、双方の事実認識が大幅に食い違っておりまして、直ちにどうというふうに私ども認定できない状況にございますが、業務範囲の問題を離れ ましてこの融資自体を金融当局の方から見た場合に、結果的には延滞債権になってしまったことは事実でありまして、いわゆるバブル経済が崩壊した現在の時点から眺めれば望ましい結果ではなかったと考えられるところであります。 なお、東京銀行からは、個人融資のあり方について行内的に見直しを行い、資金使途の妥当性のチェックや与信後の管理のあり方について改善を行った旨の報告は受けております。 いずれにいたしましても、現在、当事者同士及び双方の代理人である弁護士の間で協議が行われているところで
これは個別銀行の個別融資にかかわる事柄でございますので余り立ち入ったコメントは遠慮いたしたいと思いますが、旧協和銀行は当局及び報道機関に対して次のような説明を行っております。 まず、共和株式会社に対する十三億五千万円の融資は二つから成っております。一部は五億円、これは預金担保融資でございます。それからもう一部、八億五千万円、これは土地四筆の購入資金として貸し出したものでございます。この土地四筆の購入資金として、対象として予定されておりました土地四筆、四件のうちの一件については売買が実行されましたので、この八億五千万円のうちから約二億円が払い出されまして、見合いにただいま御指摘に出てまいりましたような物件に抵当権が設定、登記されま
これは今のB、C、Dについての買収なりなんなりの実行性及びその時期、それについての状況判断、これが銀行の審査の中で適正に行われるべきものであると考えております。それについて一応の銀行側の審査を納得させるような状況であれば、そのような融資を行うことも必ずしも不適当とは言えないというふうに考えております。
融資の話というのは、貸し手と借り手の相対の交渉によって決められるものでございまして、銀行側からすれば債権の保全に誤りがないかどうか。それは、例えば先ほど申しましたような例でありますと、融資を実行いたしましても、実際の買収に用いられないような残額についてはこれを担保として握っておくということによって債権保全を図り得る。他方、これは確かに御指摘のように、借り手の方は、いざとなったときに使える資金の手当てはできましたが、その間借入金利を払わなければいけないわけであります。それは借り入れ側の負担になります。この借り入れ側の負担といわば資金の何と申しますか、アベイラビリティーとの比較考量によって、借り入れ側がそれでもよろしいと言えば、そのよう
必ずしも厳密な定義を申し上げるほどの知識はございませんが、正式に担保としての手続を経たもの、これは拘束預金ということであろうかと思いますが、そのほかにいわゆるにらみと申しますか、実際上なかなか自由に引き出すことが難しいような状況に置かれているものも拘束預金というような言葉で言うこともあろうかと思います。
これはどのような具体的な状況であるかにつきまして立ち入って御説明はできませんが、例えば銀行側に問題があるとすれば、いわば資金の貸し手としての優越的な立場を利用いたしまして、健全な商慣習に照らして債務者に過当な不利益を負担させる、そういう取引を行うということは好ましくないと考えられます。ただし、先ほど申しましたように、一応金利を支払い続けることではありますが、いざというときの資金手当てが確実になったということで、借入側がその点にメリットを感ずれば、優越的立場であるかないかという議論がない場合であってそのような融資契約が結ばれるということもあり得るのではないか、それは個別の判断によるというようなことではないかと考えます。
これも個別取引でございますが、ややまた立ち入って申しますと、この二十億円の融資というのは、株式会社共和の申し立てでは、何かゴルフ場開発資金というようなことであったというようなことだそうでございます。そのときに保全措置といたしまして建設会社の保証をつけたということであり、その後共和株式会社が倒産をいたしまして、その債権の回収にかかった。そのときに十三億円分だけ直ちには回収できない金額があった。これについて保証債務の履行を求めたときに、その履行として支払うような資金手当てがつかないかなにか、そういう事情があったのかもしれませんが、そこでいわば建設会社に対する貸し出しに振りかえまして、従来は共和株式会社と建設会社と旧協和銀行との三者関係で
第一の点でございますが、私どもは、本年三月末時点で貸出金利息が六カ月以上未収となっている貸出金について、都市銀行、長期信用銀行、信託銀行の三業態からヒアリングを行った結果によればという説明を付しまして、その額はおおむね七、八兆円であり、うち担保保証でカバーされているものを除いた貸出金残高は二、三兆円であるというふうに、いわば私どもの気持ちとしては明確な定義を付して説明をいたしておるつもりであります。 これに対して、世上いろいろ御指摘のような、外国の新聞も含めて数字が出ておるようでございますが、それは私どもの行っておりますような明確な時点の指定、明確な範囲の確定を伴ったような説明ではございません。むしろ私どもの方からいかなる根拠に
これはやや私の仕事の範疇を超える問題でございますが、二つばかり申し上げようかと思いますのは、第一は、昭和の初期に比べまして、金融機関なかんずく銀行というものは、すこぶる淘汰され、体力も強まっておるということでございます。普通銀行の数は、手元に所持しております数字では、例えば大正十年には千三百三十一行ございました。今日では銀行、信用金庫、信用組合、そこまでを足しましてざっと千ちょっとであろうかと思います。昔の普通銀行だけで千三百も大正十年にはあり、それが昭和五年には七百八十二に減っております。その後、その七百八十二の営業を受け継ぐものというのは現在ではさらに極めて少なくなっておる。恐らくは六、七十ではないかと思います。実際上、その辺の
ただいま御指摘の新聞記事は、私どももけさ以来読んでおりますが、特別これについて現段階でコメントをするのが適当であるとは考えておりません。
ただいま大蔵大臣から御説明申し上げましたとおりでございますが、個別のいわば交通整理は、全体としての適正な競争の促進という大目的を達成するための経過的なステップとして私どもがいろいろな事情を勘案しながら今後やってまいりたいと思っているところでございます。 そのときに、例えば一時に過度の参入が起こって混乱を招くようなことがあってはならないということは考えておりますが、反面、全体といたしましては、業態別子会社という手法を使って当事者の数をふやし、適正な競争を促してまいるというのが基本でございます。その際に、どのようなものから幾つぐらいをいつ認めていくかということについて、現段階ではいろいろと予言を申し上げるほどの材料を持ち合わせてはお
保険審議会は、数年来新しい保険事業のあり方をめぐって議論をしてきていただいたわけでございますが、昨日、答申をまとめていただいたところでございます。この答申では、人口の高齢化なり金融の自由化、国際化など保険事業を取り巻く環境の変化に対応して保険事業の諸機能を維持充実していくための方策ということで、保険事業のあり方の全体を見直すことが提言をされております。このうち、保険事業と他の業態との関係については、保険と銀行、信託、証券との業態別子会社方式による相互参入を可能とすることが適当である旨の提言がなされておるわけでございます。 今後の作業の進め方でございますが、保険審議会から答申はちょうだいいたしましたが、この趣旨を尊重いたしまして、
御指摘のように、金融制度調査会は、ことしの一月に「金融システムの安定性・信頼性の確保について」という報告を提出いたしました。それのサブタイトルは「金融制度改革と金融機関経営のあり方」というものでございます。 この要点は、私どもの理解しておりますところでは、金融不祥事の反省の上に立ちまして、今後不祥事の再発の防止など金融システムの安定性、信頼性を確保するためには金融制度改革を早期に実施し、金融資本市場における適正な競争を促進することが重要な前提であるということが確認されたものであるというふうに考えております。 なお、具体的に金融システムの安定性、信頼性の確保のためのいろいろな方策、すなわち内部管理体制の充実とかディスクロージャ
ただいま御指摘のような表現がこの報告書に見られるところでございますが、そこのところで説明されておりますように、現在の金融制度そのものは、基本的には戦後草々の間に、いわば資金不足の時代に組み立てられたものでございますが、その後、冒頭に御指摘がございましたように、金融の自由化や国際化が進み、また国民の金融資産め蓄積が進むに伴いまして利用者のニーズも多様化してまいりました。 そこで、これに対応いたしまして、金融業務はある程度それぞれの金融機関の垣根の中で同質化を進めてまいったのでございますが、しょせんこれは縦割りの金融制度による制約というものがございます。その中で利用者のニーズに的確にこたえられないとか、ないしはそれぞれの金融機関とし
制度上の問題のみであるとは申しておりません。もちろん、私どもの見ておりますところ、金融機関の金融についての取り組み方にいろいろ、殊にバブル経済のときに見られましたような行き過ぎた面があったということは事実でございます。それからまた、私どもの行政の方でそのような動向を的確に把握し、迅速にその予防措置、強制措置をとってきたかどうか。それは私どもも努めてまいりましたが、十分であったかどうかについては種々御指摘もちょうだいしております。ただし、それだけではなくて、やはり制度面の見直しも必要とする状況になったのではないかというふうには私どもも考えておるわけでございます。
非常に大きなお尋ねでございますが、確かに御指摘のとおり、戦後、現在の分業制を基本とする金融制度を組み立てたときには、金融のいわば総量と申しますか、それは絶対的に不足しておりまして、殊に良質な資金、端的に申しますならば長期資金のようなものについては非常に欠乏しておる。さらに、これから証券市場についても大いにその展開を図らなければいけない。そのようなそれぞれの分野についていわば専門家を育てまして、それによって金融サービスの向上を期待する、そういうことで戦前の伝統を受け継いだ分業制を組み立てておったと思うのでございます。 それが次第に変わってまいりましたのは、これはいつからということはなかなか申せないのでございますが、図式的に申します
専門制、分業制によりまして資金の安定的な配分を図るというかつてのようなメリット、その意義、それが相対的に薄れてきているという認識でございます。
端的に御説明申し上げますが、私どもは必ずしも路線が途中で変わったというふうには理解しておらないわけでございます。 実は、金融効率化を正面からうたいましたものが金融制度調査会の昭和四十五年の「一般民間金融機関のあり方等について」という答申でございます。そこで金融効率化を一つの視点として取り上げておりますが、そのときに、効率化を進めるために「適正な競争原理の導入が必要」であるというふうに唱えております。「適正な競争」とは何かということでございますが、その答申によりますと、「金融機関の公共性の見地から国民経済的にみて望ましい競争の場を広げ、競争を通じて、良質の資金供給のため、企業努力による効率化の実現を図っていくことが必要であるし、そ