地方分権から地方主権、あるいは地域主権へということでありましたけれども、もう今は地方主権という言葉は使いません。一時、ブームのようにして使いましたけれども。やはりそれは、マスコミも含めて、地方のマスコミも含めて、主権のあり方がどうあるべきかということをきちんと考えたからだろうと思っております。 そして、より身近な住民の方々の判断と自主性によっていろいろな物事を決めていくというふうに言われますけれども、最終的にそれを保障するのは、やはり国であります。国家の保障であります。ですから、国の法律があって、そして地方の判断があって、国がそれを保障できるということであって初めて地方の判断というのが具体化を帯びてくる。何もかにも地方の方で主権
