そうです。
そうです。
運送行為そのものは路線事業者なり集配業者——これは路線事業者が兼ねることが多いと思いますが、これが行なうのでありまして、その間にありまして、ホームを要するに使用させる。その使用のさせ方については、料金徴収の方法は発着幾らで取るか、あるいは坪貸しで取るか、この辺はまだきまっておりませんけれども、施設を利用させるということが事業の内容になると思います。
ターミナル施設そのものは、ホームの使用料金でありますが、そのほか貸し事務所とかあるいは整備工場とか洗車場とか、あるいは給油施設、こういったもろもろの付帯事業がこの場所で行なわれる。トラックが相当集まりますし、そういった意味でこういった自動車関係の事業がここで付随的に行なわれるわけで、これらの施設をターミナル会社は全部計画的に施設をしまして、その施設の利用のしかたについてはターミナル事業会社が直営でやるなりあるいは委託させるなり、あるいは施設の利用をさせるなり、そういった方法について、この会社の採算性において考えていく問題であると考えております。
事業計画を変更するという行為で、その事業計画の中にそういった内容がある程度含まれることもあると思いますけれども、大体が会社の自主性によって運営してやってもらいたい、そういうふうに基本的には考えております。
そのとおりでございまして、これらの事業計画なり資金計画、収支予算を定めまして、運輸大臣の認可を受けなければならない、そういうことになっておるわけで、われわれのほうがつくるわけではございません。
この会社は特殊会社として自主的に運営していくのがたてまえでございますので、われわれの監督としては、特殊会社としての必要最小限度の監督にとどめるというのが基本的な考え方でございまして、先ほどお話がありましたように付帯事業をどうやっていくほうがいいかという問題、たとえば坪貸ししたがいいのか、あるいは直営したほうがいいのか、あるいは委託したほうがいいのか、こういったような問題につきましては、会社自身が考えるべきだというふうに思っております。 それから人員の構成その他そういったものも、会社自身の判断に大体まかされるわけでありまして、われわれとしても一応この会社を構想した基本的な考え方というものはむろんございますけれども、それはあくまでも
事業の内容は法律にありますように、ターミナル事業と付帯事業ということでございまして、具体的にはある程度事務所なり詰め所、こういったものをあげておるわけでありますか、付帯事業と思われる程度の範囲内であれば、そのほかのこともあわせて行なえる。それで私のほうといたしましては、大体六割くらいがターミナル収益として予想されまして、それからそのほかの付帯事業による収入を四割くらい見込んで、収支の見通しとしましては、営業開始四年目の四十五年から黒字になりまして、開始後六年目からは、ある程度の配当ができる。そういう見通しを一応立てておるわけであります。
会社設立後、六年目から黒字になりまして、八年目からある程度の配当が可能、そういうふうに見込んでおります。
株式会社で、払い込み資本が二億五千万円、株主としては大手の路線トラック事業者が中心で、東京につきましては東京のトラック協会が一口加わっておる、そういう構成で会社ができております。
これはもう払い込みを完了しまして、登記も済んで、ただ、事業活動としては用地の交渉に当たっておるということで、組織体としてまだ事務的な完備したかっこうにはなっておりませんけれども、会社そのものはもう設立されて、登記もされておりますし、事業活動を営んでおります。
トラックターミナル事業でございます。トラック事業ではなくて、トラックターミナル事業を営むためにできた会社でございます。それで、いまそのために土地の融資のために活動をしておるということでございます。
そうです。
まだ金は、積極的な事業として営んでおるわけじゃございませんので、ほとんどそのまま残っておる状況で、その土地の取得のための活動をしているという状況にある会社でございます。
これは昨年大蔵省との予算折衝のときに、民間方式でやったらどうか。そのかわり、開銀の融資を見てやるということで、開銀の融資を十億円ワクを考えるということから、われわれとしては、トラック協会に呼びかけまして、早くこの会社をつくって、開銀の融資を仰いで、土地を入手しないとなかなか土地の値上がりもあるしということで、非常に急がしてつくったわけでございまして、でき上がったのが昨年の暮れになった。いろいろ内部で統制その他の話し合いがありまして、やっとできましたのが昨年の暮れ、そういうことになっております。開銀の融資を仰いで、この資本金にプラスして土地を早く買いたい、そういうことでつくったわけであります。
先ほど名古屋、大阪のお話が出まして、そのとき私は、名古屋、大阪も、名神道路その他の道路が整備をするし、県としてあるいは府としても、そのトラックターミナルの整備を急ぐ必要があるということで、県なり市なりが計画を持っておるわけでありまして、いまその計画は内々進んでおるわけであります。われわれのほうも一応相談は受けておりますけれども、そういったことで、施設計画として東京が先か大阪が先かというようなことについては、われわれのほうは、いずれも必要である。ただ、この特殊会社が名古屋なり大阪に直ちに出ていくかどうかということにつきましては、なおよく現地の情勢によって相談したいということでございまして、計画としてはどんどん進んでおるのであります。県
四十年の三月の推定で七百十八万一千、四十一年三月現在の推定としまして八百五十四万七千、大体そういった推定をいたしております。
車検特別会計で二百五十名要求しまして、百五名の査定を受けたわけであります。この要員関係につきましては、例年相当な大幅な要求を出しておりまして、たとえば三十八年では五十人の増員、三十九年では七十五人の増員、こういった数字でございまして、四十年としては相当大幅な百五名の増員をいただいたということでございます。まあ、これで完全に果たせるかという問題は残っておりまするけれども、この要員でできる限り完全な検査を行なっていきたい、そういうふうに思っております。
三十八年、三十九年、いずれも同じような車両増があったわけでございまして、四十年もその推定から、一応要求としては二百五十名という数字が出たわけでございますが、実績関係におきましては、三十八年、三十九年、いずれも五十人、七十五人と消化をしてきた。必ずしも十分とは言えませんけれども、消化をしてきた。ですから、今年度百五人というのは、われわれとしては相当めんどうをみていただいたというふうに考えております。
二百五十名の中には、われわれとしましては、特別会計の管理要員というようなものも含めて要求いたしておりまして、そういった部門につきましては相当やり繰りをしましてまかなっていきたい。そしてほんとうの現場の第一線事務だけについて百五名を全部充当していきたい。それによってこなしていきたい、そういうふうに思っているわけです。
自動車損害賠償責任保険の加入率の問題でございますが、これは三十一年に発足しまして、保険加入率が大体七四%から七七%くらい、非常に低下しておったわけでございますが、その後ステッカーの制度によりまして、車検と保険とを一緒にしなければ車検を受けられないというような制度に切りかえまして、加入率は、三十七年が八七%、三十八年度には九六%、非常に向上いたしておりまして、最近ではほとんど一〇〇%近くなっていると思います。