大河原さん、そうお問い詰めにたると、だんだん内容を言わなきゃならぬようになる。(笑声)そこいら辺になると、ごかんべんを願いたいと思います。
大河原さん、そうお問い詰めにたると、だんだん内容を言わなきゃならぬようになる。(笑声)そこいら辺になると、ごかんべんを願いたいと思います。
どうもいろいろな羅議会の意見の通り行われたことがないというふうなお話は、わかるのであります。しかし、私自身は、むろん今度の国民健康保険の問題でも、社会保障制度審議会が三割の国庫負担、七割の給付割合というものを考えておられるのですが、これがぶつかって参りまして、端的に言えば、二割五分、そうしてやはり五割の給付割合というものにいたさざるを得ないのは、やはり今おっしゃったように、すべての制度が空にあるのでなくて、国民所得、国民の繁栄、富の状態というものとの相関関係に立っておりますので、財政上の問題に入って参るということは、これはもうおっしゃる通りでありまして、私どもは、そういう理想はあっても、財政上の現実上の制約、財政上と申しますが、率直
そういう御論議になりますと、相当いろいろな問題の内容まで入らなければならぬ。また内容に入ります場合は、純理論に立つ場合と、政治家としての現実の問題が、私は起って参ると思います。しかし、こういう制度が必要であるということでも、こういう制度自身が、ほんとうに、年金制度が適用されるのは、相当先のことになって参ります、ですから、これは従来の厚生年金との関係の通算がございますから、初めからできたようなことはございませんが、しかし、いよいよほんとうにこれが全部運用される場合には、相当先のことになるんじゃないか。ですから、国民年金制度をしきます場合、それは構想通りにできるか、今からそんなことを言うと、弱気だといわれるのですが、私の抱いている構想通
私は、もう今よろめいていては困る段階だ、こういうふうに考えます。と申しますのは、この農林漁業団体職員の共済組合法の方式による年金制度、これには、やや問題点としてあげられることは、むしろ組合員自身が、割合に、何と申しますか、報酬が非常に少い、それから年限が短い、それだから年金制度を作るのだとおっしゃるところにやや私疑問を持ちます。むしろそれなら私自身、まあこんなところで論議すべきことじゃないと思いますが、つい言われると、たとえばもう少しベース・アップなすったら……、その方が先じゃないかということも言い得るかと思います。いろいろな問題が論議ができると思いますが、しかし、そういう小さな事務的な問題よりも、ともかくも自分たちが自分たちの醵出
お説の通りに、私はむろん財政上の問題は必然頭に入れておりますが、この際、われわれはやはり国民の福祉と健康を守るためには、この問題は今までのような、戦前のような観念で物事を考えていては、この問題に金が回るわけはございません。しかし、私どもは新しい社会、新しい福祉の国家社会を作ろうと意図する以上は、それは、かえってある意味で相当安いものだと、そういう観念でなくちゃいけない、こう考えて、お説のように努力いたすつもりでおります。(「了解々々」と呼ぶ者あり)
お答えいたします。引揚者給付金の問題が非常に認定がおくれておるということは私もしばしば耳にいたしております。まあ率直にいえば、御承知の通り五月に法律が制定されて、同月の末にやっと省令を制定しまして、六月、七月等は、結局広範囲にわたっているものですから、各府県の職員に趣旨の徹底を期し、さらに市町村までこれを下したというところから大体事務がほんとうに進捗し出しましたのは九月、十月、十一月ごろになっております。ただいままで大体四五%の認定は終った、今後はまあ五〇%くらいいきたいと思っておったのですが、初めてのことでありますので、法律制定後趣旨の徹底に相当かかったということから、相当遅延の非難があったということは事実でございますが、今後は順
確かにこの決算によって払うという制度でありますと、各市町村で出納閉鎖期日以後清算することで初めて判明する、それから府県へきて、こちらへ参りますために相当おくれて参る、こういう点は確かに私は、非常に保険者としては運用がしにくいものである。しかし、私どもとしては、現金がないためにというふうな事柄が起りませんように、歳入の繰り上げ流用というふうな点を慫慂してこの欠陥を防ぎたいと思っております。今回の補正に当りましては、やはり被保険者数が予想以外に伸びましたのと、受診率や医療費が向上いたしましたために十六億余の不足を生じた、こういう状況でございます。
どうも専門家の坂本さんでよく御説明願って、研究してみたいと思います。
昭和三十三年度の厚生省所管予定経費要求額の概要について、御説明申し上げます。 昭和三十三年度厚生省所管一般会計予算要求額は一千七十二億五千七百五十四万五千円でありまして、これを昭和三十二年度の予算一千十四億三千九百五十五万三千円に比較いたしますと五十八億一千七百九十九万二千円の増加と相なっております。昭和三十三年度の予算編成に当りましては、社会保障の確立強化のため、特に国民皆保険の推進、医療機関の整備、結核対策の充実及び診療報酬の合理化を総合的に検討して、これが実現をはかることを目途として参ったのであります。もちろん一定の財政規模の中ですべてが十分なる伸展を見たとは言いがたいのでありますが、以下御説明申し上げます通り、国民皆保険
率直に言って、児童関係の経費というものは、新しい社会のいわゆる観念から、児童憲章に即応して、急速に民衆の自覚と相待って私は発展させたい。しかも、当面の保育所の問題は、地方の要請に応じて、数をふやすということに非常に急速であったのではなかろうか。従いまして、今政府委員との御質疑を通じまして見ますように、きめるべきことがきめてなかったり、また、各個おのおのの発生の沿革があって、地方々々に割合まかしている姿が強かった。そういうふうな点から、いろいろこまかいことに実際に当っての計算をしてみますと、私は、ここら辺で、各般にわたって相当指導の方針を、基準を少くともきっかりきめていくべきじゃなかろうか。新しくふやすということの非常に要請が強いたた
いや、私自身も、実は地方へ行きますと、保育所と幼稚園とを区別する観念すらもないというような形がある。しかし、私どもといたしましては、やはり保育所というものは、重点は、何といったって、今法律の趣旨に従って、保育に欠ける者に重点を置くべきであって、ただ、施設その他で許せば、そういう者は入ることを許すにしても、正当にやはり徴収だけははっきりさせるということでなければいけないと思うその点は、はっきりさして参りたい、こう思っております。
ちょっと坂本さんに申し上げておきますが、今のやつをつぶしてまで新設しなければならぬという考え方はないということのために私申し上げたのでありまして、必要性を軽く考えて申し上げたのではないということだけは御了承願いたいと思います。
私は、保育所というものが新しいやっぱり国家を作り上げていく基本観念から来ていると思います。ことに、乳幼児時代に対して国が責任を負うことは、将来の民族形成の上から非常に大切なことで、また、個人の人権を尊重するという意味からも、ここに重点が注がれることは当然である。それがただ、率直に言えば、坂本さんと矢嶋さんのお話になったように、そういう基本的観念に立って、そしてしっかりした基礎の上にでき上っていくより先に、地方々々の実情に応じて異常に発達してきた。現に保育所の、最初坂本さんのお話にもあったように、予算がどうだというと、大へんな問題になる。この際にでも、新しく保育所の充実をはからなければならない。給食費も保母さんの手当も無視されていると
実は、驚くべきことは、保育所をつかまえて、幼稚園じゃないかという人がある。そういう点が、社会的にそれくらい混淆した観念があると同時に、その根底には乳幼児から始まって、子供に対する国家の責任というものがほんとうにまだできていないという状況もあったのじゃなかろうかと思います。私は、今おっしゃったように、ただ観念的に、保育に欠けるもの、あるいは幼稚園の法律によりますと、保育と単純に書いてあります。そういう点について、幼稚園と保育所の両方の使命をはっきりさせながら、乳幼児から始まって学令までの間に、国家がどういうふうにしていくかという方針をはっきり立てる必要は、私は十分認めております。
さっき文部省の方から、それはもう目的ははっきりしておるという、そういう言い方もあると思いますが、対象になる人間、年令層も、違うところと一緒のところとがある。私どもとしては、やはりこれについて、もう少し的確に、国家から見て、どうしていくかという問題がきまってくべきものだというので、これは、文部大臣と私、もう少し構想を練ってみたいと思っておるところであります。 それから第二段は、措置費の問題が、さっき坂本さんにも申し上げたのですが、実際今は、ごらん願っても、現在の基準というものは、(藤原道子君「ばかばかしいですよ」と述ぶ)ばかばかしい、ばかばかしいとあなたがおっしゃるから、私もそれに同意しちゃったのですが、(笑声)作ったやつがばかば
新しくは、現に予算に計上いたしております。それから、既設保育所も、今度は相当大幅に出しております。ですから、ふやして参ります。イエスです。第二段の問題は、つぶすことはいたしませんが、はなはだしく不穏当なところがあれば、結果的には相当現実より重いものができるだろう。しかし、経営については、私どもはつぶすつもりはありません。第三段は、これは出します。これは、出さないなんて、坂本さん、そんなところまで疑われては困ります。
実は、私もその統計は見ておるのでありますが、詳しく存じませんので、お必要がございましたら、後刻申し上げたいと思います。ただ、率直に言って、昭和八十年を予想することが果していいのか悪いのか自体に疑問を持っておるのであります。それをごらん願っても、昭和五十年ぐらいまでは、相当たしかふえる状況になっておると思います。五十年ぐらいから、相当人口増加工合が減って参るというふうに私は考えておりますが、ともかくも非常に先のことでございまして、私自身も、それについて責任ある御答弁はできかねるような状況でございます。
私は、家族計画つまり現在でもなお妊娠中絶によるケースというものは非常に多いと考えられます。それから国民の一人々々が自分の経済能力、子供に対する責任、こういうような面から考えますと、家族計画はやはり推進することがいいのであるというふうに考えまして、今後も家族計画については適正な指導を加えて参りたい。こう考えておるような次第でございます。
率直に申して、国でやりたいことはたくさんあるのでありますが、この問題をもう少し現状よりも、私は、われわれ自身が積極的に国家において考えていくべきものであろうということは考えております。仰せの通り、どこの国の実例を見ましても、結局問題は、先ほども自分の経済能力と見合せてと申し上げたのも、あまり特定の階層を支持することを遠慮したのでありますが、率直に言って知識階級は自分でそういう点について自分自身を守る考え方が強い。一方においてそうでない階層にふえる傾向がある。どうしてもそういう点から見ますると、よほど考えていかなければいけないものがある。国家全体として考えた場合にも、それが将来、健全な民族、りっぱな民族を作り上げるように、また、国家の
横山さんのおっしゃる通りだと思うのですが、率直に言えば、これは私は割合に熱心なんですが、その今おっしゃる通りに千円が二千円でも少いことは確かなんです。それからまあここで大蔵省はどう考えるのか知りませんが、大蔵大臣とも話してみなければならない。また単純な金計算からいっても、露骨に言えば大蔵省が金計算が上手だったら、この金は惜しむべきじゃないのです。しかし私はこの問題を金計算だけでは考えておりません。率直に言えば、基本的なものは、金額のいかんにかかわらず、実際いい子供を生んで、そしてそれがみんな大きくなることを希望することが国家社会としていいことだという観点には立っておりますが、単純な金計算でも、指導が活発にいく方がいいのだと思います。