渡辺さん、いまあなたの沢常務を初め部下が逮捕されている。で、五千万円を超えるお金が全日空に入り、しかもそれがどこかへ流れたというように言われているわけですね。この問題について、あなたとしてはどういう責任をおとりになりますか、その点だけ伺って終わります。
渡辺さん、いまあなたの沢常務を初め部下が逮捕されている。で、五千万円を超えるお金が全日空に入り、しかもそれがどこかへ流れたというように言われているわけですね。この問題について、あなたとしてはどういう責任をおとりになりますか、その点だけ伺って終わります。
昭和四十四年にいわゆるやみ金融事件というものが前後四回あった。二つについてはある程度詳しくお話しになりましたけれども、三回目、四回目の融資事件とは、だれの紹介で、どういう内容のものであったのか、ひとつ簡潔に説明してください。
あなたが全日空の本社の廊下で佐藤政雄と出会って、渡辺専務の部屋へ行った。このときに佐藤政雄は新しい融資の話で来たんだというような趣旨のことを先ほどお話しになりましたが、そのときの具体的な話の中身ですね、これをお話しいただけますか。
渡辺専務の部屋には、渡辺専務とそれから鈴木正之会計担当専務とそれから鈴木明良と三人がいたようですがね。あなた方が入っていって、どういう話を渡辺、両鈴木はしておりましたか、おわかりになりますか。
午前中の渡辺副社長の証言によりますと、鈴木ともう一人の男が来ていて、そして融資のあっせんを頼んでおきながら何だ、手数料や費用もかけているというようなことで、もう一人の男と鈴木明良とが口論をして、そうしたら鈴木明良が、いや実は証拠があるんだということで証拠を見せたら、その中にあなたの名前なども出ていた。それで、これはとんでもない話だというので、あなたを専務室に呼びつけて、そして一体どうなってんだと言ったら、実は隠していたけれども、こういう書類を出していたんだというようなことで、その後鈴木明良ともう一人の男とあなたとが部屋を出て、そしてどこかへ行ってまた戻ってきた。そのときに渡辺専務は、あなたは顧問なのに、会社の組織系統を無視してそうい
そうしますと、いま私があなたにお尋ねをした渡辺証人の証言の趣旨、内容、これはあなたのいまおっしゃったことと全く違う、こういうように理解をしていいですか。
一度その鈴木明良ともう一人の男とあなたが渡辺専務の部屋を出て、そして今度は渡辺専務に呼びつけられるようにしてもう一度戻ってきてそこでしかられたというのは、あなたの認識と大変違いますね。それは、そういう事実はなかったというようにはっきり断言できますか。
この第二回目の三千億の鈴木明良の融資事件をめぐって、コピーなどが金融ブローカーとかいろいろなところに流れているというようなことが言われていました。あなたもその回収のために大変奔走をされたようですが、この念書だとか融資申込書の原本とかコピーの回収をやっていらっしゃる中で、児玉譽士夫の影のようなものは全く感じませんでしたか。
先ほどあなたは、昭和四十五年の五月二十九日、大庭社長が退陣を決意された後あなたに電話があって、そのときに、退陣を決意した経過を述べた後、渡辺、若狭の二人から、三井物産とのオプションの処理をどうしたらいいか、こういうように尋ねられたということを言いましたが、そのときの電話のやりとりをもう少し詳しお話しになれるんでしたら、ここではっきりお話ししてください。
せんだっての三井物産の石黒さんの証言によりますと、昭和四十四年七月二十九日にすでにレター・オブ・インデント、内示の注文をしており、その中で確定発注と、それからオプションもしているというような証言がありました。九月にはその機数を変更するというようなこともありまして、これは新聞でその証言の内容はあなたもお読みになったかもしれません。そういうような経過というものは、あなたは大庭さんの特命を受けていろいろお仕事をされていらしたわけですから、その途中であるいはお知りになっていたのではないかと思うのですが、いかがですか。
五月二十九日の電話の後も何回か大庭さんにはお会いになってきたと思いますが、そのときにも、この電話の中身については、あなたはもう一度確認をされるとか、あるいは大庭さんの方から繰り返しその点についてお話があったというような経過はありませんか。
いまのお話は大変大事だと思いますので、いまのお話をされたのは、もう一度確認しますが、いつごろ、場所はどこで、どういう機会だったのですか。
ところで、この第二回目のやみ金融事件のときに、原田代議士や大石武一代議士の名刺を鈴木明良が持ってきたとお話しになりましたね。この原田代議士や大石代議士に、あなたの方でその名刺を見られた後、確かめられていると思いますが、どうですか。
原田代議士や大石代議士の秘書の人たちは、あなたにどういうように返答されましたか。
それから、この第二回目の融資事件で、最初に大庭社長が社印を押して渡した文書はその翌日に差しかえをしたと先ほど言いましたね。そのときに、鈴木明良はまた別の代議士とかあるいは政治家の名刺を持ってきたというようにも報道されておりますけれども、その点はいかがですか。
融資を打ち切ることを決意されながら、大庭社長の社長印の書類をあなたの名前の書類に差しかえたというのは、どういういきさつなんですか。そのことが次の二回目に鈴木明良が持ってきた政治家の名刺、新聞報道によりますと上村千一郎代議士だというようなことも言われておりますが、その点を含めてあなたの記憶をひとつはっきりさせてください。
あなたは、大庭さんのことしの三月一日の証言をテレビで午前中ごらんになっていた。あの中であなたのお名前を含めて午前中の証言ではいろいろ事実を述べられておられますが、その大庭さんの証言は、あなたの記憶とか認識と一致をしているものですか。
ところが、大庭さんはその後のいわば実質的な再尋問の段階で、荒舩委員長の問いに対して、実はこういう証言を予算委員会でされたのですね。あなたのお名前も出てきますので、ちょっと読みますから、あなたの認識とか記憶と符合しているのかいないのか、いなかったら、どこがどういうように違うのか、その点をはっきりお答えください。 「私、先ほど証言台から終わりまして、体が悪くて夕方まで寝ておりましたが、その間に会社へ長谷村の方から連絡がありまして、私が申しました大石代議士と原田代議士の発言につきまして後日確かめたところが、大石代議士の方は私に紹介をしたということでありましたけれども、原田代議士の方は覚えがないということであったという報告を私にしたとい
それに符合するような事実はない、こういうように理解をしてよろしいですね。
じゃ、終わります。