それはあなた方との話はそうでしょうが、企業に行って企業との間というのは、その企業の持っている技術はわかっているのだから、だから新聞の皆さんがこの方々に接触してこういう中身をとって書いているというのは、うそじゃないんでしょう。はっきりしておいてくださいよ。
それはあなた方との話はそうでしょうが、企業に行って企業との間というのは、その企業の持っている技術はわかっているのだから、だから新聞の皆さんがこの方々に接触してこういう中身をとって書いているというのは、うそじゃないんでしょう。はっきりしておいてくださいよ。
この問題はいろいろ具体的な単品についてもございますけれども、後ほどまた同僚委員から御質問申し上げる予定もございますから、この点は残り時間を使わしていただきましたので、この辺にいたします。 もう一点、厚木飛行場でタッチ・アンド・ゴーなどという形の着艦訓練、発着両方でございましょうが、やっているわけであります。ミッドウェーならミッドウェーの艦載機ですね。これはもう皆さんに申し上げるまでもなく、昔私が随分長いこと何回も何回も質問してきているところでありますが、この代替施設を三宅島という話がございますし、二百キロ以内というので周辺の幾つかの問題はあるのでございましょうが、これは一体どこに移そうと考えておいでになるのですか。それで、米軍は
その既存の自衛隊基地というと、どんなところを考えておられるのですか。 それから、新しいところというと、まあ三宅島はありますけれども、具体的にはどんなところを考えているのですか。三宅島の選挙はどうなったのですか。
そうなると、これは今お挙げになったいずれも、ちょっと、それこそ数年先を見通してもやりようがないでしょう。三宅島といったって、三宅島ひっくり返ってしまって、選挙をやって反対、こんなところに飛行場、着艦訓練基地をつくることは反対という人が十三人当選して、賛成という人が一人しか当選しない。ひっくり返っちゃった。そうすると、これは任期が四年あるのだから、これはとりあえずできない。その先になって考えたら、七年たつか十年たつかわからぬ。これは防衛庁が候補に挙げて三宅島なんといったのがだめだからほかへといったって、浜松だって静浜だって横田だって入間だって百里だって木更津だって、みんなだめ。そうでしょう、厚木の騒音わかっているのだから。我々神奈川の
さて、そこでもう一つはっきり承っておきたいのですが、DFSなるプロジェクト、ここに私が持っておりますのは、造船工業会の極秘という判がぽかんと押してある資料、こんなに大変なものですが極秘、これを見ますと、洋上滑走路というものに対して、これはしかし相当いろいろな入り組んだやりとりになっているんですね。これは金のことなんかもここに書いてありますが、相当な費用がかかる。もっとも、関西新空港の方式でしょうからね、DFSというのは。 そこで、これを見ると、軍艦の上でアメリカの第七艦隊のジェームズ・R・ホッグ海軍中将、C・S・ミッチェル海軍中佐、G・A・ハリソン海軍中佐、この方々と日本造船工業会の方々が、当時、これは石川さん、私よく知らないの
これはどういうことになるのですか。第七艦隊旗艦ブルーリッジ号の士官談話室並びに第七艦隊司令官室、ここで、あっせん者は時の外務政務次官石川さんという方。 これは一体幾らかかるのですか、やるとすると。鉄の箱みたいなものをこしらえて、引っ張ってきて並べて、航空母艦のできそこないみたいなものを海の上につくるんでしょうな。アンカーで引っ張っておくわけでしょう。そこで着艦訓練をやろう、こういうわけでしょう。そうすると、ここにある資料によれば千二百億というんだが、これは千メートルぐらいの滑走路を予定しているのですが、私の長い防衛問題の経験で言うと、千メートルじゃとてもこれは発着艦訓練はできない。どんなことをしても、条件を付しても千八百なければ
これを見ますと、ワシントンタイムズなどが日米防衛首脳協議終了直後の八月二十三日付の紙面で、米国防総省筋の話として、この問題で日米が合意に達した模様だという記事が載っているというのですがね。これはどうなんですか、載っているのですか。今私が申し上げた新聞報道は五十九年一月二十三日です。おまけにこれは、谷川長官は、政府として民間資金の活用が好ましい状況にあるからこの第三セクターが歓迎できる、また、米海軍の使用は限られた期間にすぎないから、米軍だけでなく防衛庁としての総合利用や他の用途との兼用も考えられると表明したと伝えられている。これはどういうことかというと、何千億かかかりますから、千メートルで千二百億というのだから、二千メートルつくれば
塩田防衛施設庁長官が去年の九月物を言っている。始まるとき五十七年。五十七年の一月の十八日からなんです、これ。行動が起こっているのですね。そして二月、六月、七月、大和市長、遠藤さんという市長さんですね。この方が基地対策協議会というようなことの上に立って、騒音問題解決のために海上浮体訓練施設をつくれと陳情を開始したというところから始まりまして、塩田長官が記者会見で、五十七年九月三日、訓練基地としての厚木の移転施設についてFRWの新設を含めて検討を開始する。これは調査費が幾らついているのですかね。それから、その後、伊藤防衛庁長官が米国ワインバーガー国防長官との日米防衛首脳会談で、洋上滑走路の新設を含めた代替訓練場の提供について努力する旨約
十二時で終わりたいと思っておりますので、最後に両大臣に承っておきたいのですが、先ほどの武器技術輸出に絡む包括取り決め、これから実施細目と、こう流れていくわけでありますが、国会決議から安保の効率的運用というのでお外しになった。その長い論争が前国会で衆参を通じて行われている。ほとんど私、読んでおりますけれども、試作品までである、共同生産はこれは行わないという枠などもございます。それから、あくまでもこれは民間の企業というものを強制する筋合いのものではない、企業の自主性、この上に立ってやるのだ、こういうこと。 だが、業界の方を眺めてみると、巨大な武器輸出禁止、技術を含む三原則という壁があった。ここに穴をあけた。我々は日本でこしらえたいろ
では最後ですが、さっきの浮体滑走路でございますけれども、何しろべらぼうな金でありまして、一つ間違うとこれは非常に難しい問題を併発しかねないという気さえするほどに難しい問題でございます。これについて、これはアイテムの一つに入っておる、こうおっしゃるわけでありますが、そこのところはよほど慎重に、ガラス張りで物をお進めいただくならやっていただかぬと、しかもこれは一つ間違うと、どうも一つの基地がぽかり海の上にできてしまうということにもなるわけでありまして、そういう意味で航空母艦のてっぺんだけみたいなものができることになる。これは、いろいろな角度からたくさんの意見があるところであります。したがいまして、今やるならプロジェクトみたいなことを、ち
では、終わります。
このメモには載せておりませんけれども、当然のことでございますから書きませんでしたが、政治倫理確立という問題につきまして、最初に総理の所信を賜りたいのであります。 昭和二十二年の五月に新憲法のもとで初めて開かれました第一国会から数えて第百回目の臨時国会ということになります。総理が行革と減税の国会としきりに話しておいでになりますが、どうも行革、もちろんこれは小さい政府をつくる、同氏の皆さんのためにということでやらなければなりませんが、どうも新風がこの行革を評して、中身が全くない、人も減らない、金も減らない。総理、本会議の御演説によりますと、演技過剰ではないか。しかし、これは大事なことでございますから、国民の皆さんのためになる行革をや
もっとも、四十五年に、佐藤内閣のときに中曽根さんが防衛庁長官におなりになりまして、私もびっくりしたんだが、参議院の羽生さんの質問に陸軍だ空軍だ言い出しまして、大騒ぎになったことがございましたが、ときにそういうことをつい口からおっしゃる総理の御性格でございますから、知らぬわけではありませんが、それはそれだけにいたしますが、どうも口ではそうおっしゃるが、気持ちの中、腹の中では雑音なりと思っておいでになるとすると、これは大変な間違いでございまして、念のために申し上げておきます。 そこで、一般の公務員の皆さんですと、起訴をされれば休職でございます。一審の判決が出て有罪となれば免職でございます。しかも、これは懲戒免職。政治家だけはというこ
ここで議論をしたからといって、それが予断を与えるという意味で大きな影響が起こるというようなことであれば、裁判というものは公平中立な裁判はできない、そんなことはありません。また、いまあなたはそう言っているけれども、十月十二日は目の先であります。私はその意味で、いまここで回答をもらおうとは思っていないけれども、やはり国民が納得するようにしなければならない責任があなたにも私にもある。 重ねて申し上げますけれども、一般の世の中の公務員ならば、起訴をされただけで休職である。官庁に出てこられないのですよ。しかも、一審の判決が出て有罪なら懲戒免職。これこれの経歴だからこれはあなたを総理にされた方かもしらぬ。田中元総理は私の首を切った人でもある
私は、通常、一触即発と言えば、一つ間違えば戦争が起こる、潜在的にとおっしゃったが、これが顕在化すれば、一つ間違えば戦争だということになる、こういう発言だと理解をしているわけであります。 ところが、ここで、長女、二児のお母さんだった方を亡くされた台湾の方でございますけれども、作曲家の方、陳錦江さんとおっしゃるのですか、この方が北の海においでになって、「ソ連のやり方に憤りを覚えるが、パイロットが民間機と知って撃ち落としたとは思えないのです。あのパイロットだって親も妻も子供もあり、人の心の痛みは知っていた人だと思う。憎しみ合いからは平和は生まれない。人間の性が善であることを私は疑わない。私は、こういうことが二度とないように互いに譲り合
したがって、私は、基本的には一触即発の状態をつくってはならない、戦争に日本が巻き込まれたくはない、だから緊張を緩和するその方向への日本の努力が必要だと申し上げているわけであります。 そこで、私、外務省の皆さんに申し上げましたが、第二次大戦後、この種の侵犯に基づく事故、撃墜あるいは銃撃、そして国際的な問題になったのは六回ございます。この中で、私も実は今回の事件で腹に据えかねているのが一つございます。それは、一九六一年の二月に、フランスがアルジェリア近辺につくっておりますA17、防空識別区というのがある。これはフランスの防空識別区であります。ここに当時のソビエトの国家元首であるブレジネフ氏を乗せた、モロッコに向かっていったソビエトの
いかにもこれは身勝手過ぎますのでね。私は、本院に議席をいただきましてからソビエトという国には一遍も行ったことはございませんから、また、ソビエトの方、どなたにも会ったこともございませんからわかりませんけれども、これはいずれにしても身勝手過ぎる。何としても、二十八名のわが同胞が亡くなっておられると見なければならぬ状況でございますから、そういう意味でこれは捨てておけない。この点は追及すべきだと私は実は思っている。このことを念の止めに申し上げたい、こう思って取り上げたわけであります。 さて、具体的な中身に入らせていただきますが、国会決議がございまして、事故調査団、これは国際機関ICAO等を指すのでございましょうが、大韓機の領空侵犯、大変
これはいいですか、自衛隊の、名前を申し上げてはまずいから言いませんけれども、おたくの幹部の方が、早い時期に交信テープがひとり歩きした、こっちが知らないうちに、アメリカのレーガン大統領が、大統領の部属で議会関係を呼んでテレビに映している、そして、ちょうどゴールデンアワーと言われる一番視聴率の多いところでこれをテレビに流した、知らなかったと言っている。危険なことであります。統幕議長さん、村井さんですか、記者の方が聞いておりますけれども、秘中の秘だから言えない、言えないけれどもツーカ−の関係である、カウンターパートだ。だから、日本の情報であると同時に米軍の情報でしょう。その点は指摘しておきます。 ところで、米軍の情報というのは、日本と
稚内の傍受施設というのは陸幕調査部二課別室、私はかつて二別、こう言っていたことがありますが、これは陸幕の陸幕長の傘下にない、不思議なところであります。室長は一体だれかというと、いつも警察庁から出向しておられる方、警視正であったり何かされる方です。そして、実際の室長はだれかというと、内閣調査室長であります。これはどこにつながっているかというと、内閣官房長官。不思議なことです。 一日の午前十一時過ぎ、ここではもう官房長官のところで全部わかっている。関係各省全部知っていた、こういう状況ですね。聞いてもどうせお認めになるに違いないので私が申し上げているのですが、これは全部調べたのだから間違いない。時間がありませんから言いませんが……。
朝ですか、夜ですか。