お二人と申したのは、若狭君と渡辺君と二人だったと思います。
お二人と申したのは、若狭君と渡辺君と二人だったと思います。
私はよく覚えていませんが、同席はしていなかったように思います。
私は一等気になっていた、私個人でオプションをしていたわけでありますから、それは対外的に影響を及ぼすものでございますから、若狭君に、ひとつこの件についてはよろしく頼むと言い置いて退社したと思います。
来ると思います。ただし、申し上げますが、私はそういうように申して退社したわけでありまして、過日の若狭君の発言を聞きますと、三井物産にいろいろ御質問なさったそうでございますので、そのときに私はすべてが切れたんでないかと思われる節もあるわけでございます。
私が単独でやったと思います。
長谷村は私の秘書ではありません。したがいまして、先ほどの質問に出ました融資の問題に特命で長谷村に命じていたわけでありまして、長谷村は私の秘書ではありません。
そういうものは私自身でやっていたわけでありますから、だれも立ち会っていないと思います。
私の記憶では、私がサインをしたと先ほど証言しましたように、多分それは代理店の方でなかったかと存ずるわけで、本社へ送るために私のサインがほしいということでサインしたと存じているわけであります。
先ほど証言したとおりでありまして、サインしたのは一通だと思います。ただ新聞社の問題は、聞かれたときに、もしコピーをしたんであったならば私の机のファイルの中にあったはずだと申し上げたわけで、私の記憶では私がサインしたものを先方が持ち帰ったと存じています。
午前中の御説明の中に申し上げたと存ずるわけでありますが、製作会社というものはその飛行機の製作番号に会社自身が特別に持っている番号があるわけでありまして、したがいまして、その番号を利用したとすれば早く取得できると思います。(「医者を呼べ、だめだ、無理はよせ」と呼ぶ者あり)
そうであります。
お答えいたします。 四十一年の二月四日と、それから十一月十三日の二回にわたりまして事故を引き起こしたわけでございまして、まことに御遺族の方々に対しては申しわけないと存じておる次第でございます。つきましては、賠償の問題につきまして、羽田沖の二月の四日の問題につきましては、四十一年の六月十日から賠償の交渉を始めたわけでございますが、大体数回にわたりまして折衝をいたしましたが七月の十九日であったと思いますが、代表団との間で合意が成立いたしました。解決をみたわけでございます。会社といたしましては、国内旅客運送約款に基づきまして、旅客一人につき三百万円、手荷物十五万円ということでいろいろ折衝いたしましたが、代表団といたしましては七百万円の
御指名を受けました体育協会専務理事の大庭でございます。 本日、私から申し上げたいことは、一つには、体育協会としてスポーツの振興をどういう計画で進めつつあるかということと、二つには、それに対して、いろいろ体育協会といたしまして政府に御要望する件等を申し上げて、私の責めをふさぎたいと存じているわけでございます。 御承知のように、オリンピック後アマチュアスポーツ団体といたしまして、技量的には世界の水準に達していながら体力的に劣る、したがって、結果的にいい成績が出てこない、ひとつスポーツにおきまして体力の増強をはかっていかざるを得ないのじゃないか、そのためにはどういう方法ではかっていくかということが問題になりまして、オリンピック後日
お答えをいたします。 御承知のように、札幌市の要望によりまして、冬季オリンピックを札幌に招致したい。いま先生からお話がありましたとおりに、前期におきましては完敗いたしたわけでありますが、これをもう一度やるべく招致運動が発足して、今日まで進めてきたわけであります。体育協会としましては、どちらかと申しますと、前期には、東京オリンピックというものがありまして、それに集中して精力をかけていた関係上、これを御援助することに不足であったかもしれなかった。しかしながら、オリンピックも済んだことでありますので、札幌第二回招致運動の開始とともに、体育協会としましては全面的にこれを支援する。かつまた、その支援団体としましてはJOCというものがありま
川崎先生のおっしゃること、まことにごもっともでございます。先ほどの札幌の冬季オリンピック、これは招致の問題でございまして、実はこれは右のものとも左のものともまだ決定しておらない。できる限り招致したい。来年のユニバーシアードの問題は決定しておるわけです。来年これを東京に招致して競技大会を開く。しかしながら、これは夏季の問題であります。冬季の、いわゆる一九七〇年度にこれを招致するかという問題につきましては、一部新聞に誤報があったように承知しておるわけでありますが、まだ体育協会としましては、また体育協会の中にありますJOCとしては、それを招致するかどうかにつきましては決定をいたしておりません。今後いろいろこれについての問題があがってくれば
いま川崎先生からお話がありましたが、ユニバーシアードの東京の招致の目的そのものが、ユニバーシアードを全世界的に広めるためには、東南アジアと申しますか、アジア圏と申しますか、それの広めが足りない。東京に持ってきて、ひとつアジアの加盟を増大して、ユニバーシアードを全世界的なものに持っていこうというのが、一つの目的だということは事実であります。また、これが学生の大会でありまして、純粋のアマチュアの競技大会であるということも事実であります。先生のお話になりました青少年大会、これは全世界的なことを希望するわけでありますが、少なくともアジアの青少年はこの際に集めたいということでありまして、漸次各国に働きかけているわけであります。それにつきまして
大体十歳から十八歳までが正当の会員になっております。
仰せまことにごもっともなわけで、先ほども一応概略のときに御説明したように、日本スポーツ少年団は発足しましてまだことしで四年目でもあるので、私たちの計画からいきますと、大体十年が一つの計画期だ。そうしてスポーツ少年団であった者が十八歳あるいは二十歳になり、高等学校から大学に入り、社会に出た者がスポーツ少年団のリーダー格に乗り出して初めて純粋のスポーツ少年団というものが発足していくのではないかというように考えているわけでありますし、また十八歳までのスポーツ少年団そのものは、一生スポーツ少年団としての誇りと申しますか、スポーツ少年団で自分の体力なり健康を自分で鍛えてきたという観念は、将来これを持たしていきたいというように考えているわけであ
仰せまことに面目次第もなかったかと存ずるわけでありますが、先ほどもるる申しますとおりに、まさにスポーツ少年団が成り立ってから三年だ。結局、少年を連れていっても話にならない。すると、どうしてもリーダー格だ。御承知のように、ドイツにおきましてはもう十年たっている。したがって、リーダー格が還元して出てきている。しかし、日本ではまだ、地方における指導者協議会と申しますか、それらの方々が大部分リーダー格になっていただいているという現象でありまして、リーダー格の年齢そのものが、三十歳、四十歳、五十歳というのが現在引き受けてやっていただいている。これが十年後には、スポーツ少年団員であった者がリーダー格になっていきまして、将来は御要求に沿うようにな
御質問は二つあったかと思いますが、一つは学校教育の問題だと存じます。実はこの義務教育機関に私たちが手を伸ばしていくというそのものに相当の問題性があるわけでございます。まあいろいろ研究時期におきましては問題点はあったわけでありますが、何としてもやらざるを得ないのだということで、やむにやまれず現在発足したのがスポーツ少年団の問題でありまして、文部省の打ち出されているいわゆる政策というものとできる限りそごのないように進めていく。したがいまして、その目的も、先ほど川崎先生のほうから御指摘があったように、私たちはまだスポーツ少年団に思想というものを吹き込む考えはいま持っていませんで、先ほど申し上げましたように、平均の体力を自覚させて、そして平