赤字国債と違うんですから、殊に長期支払いになりますし、六十年という長いものでもありますし、これはもう大蔵省と私の方は全然考え方の基本が違っております。公共事業をやる、それは子孫の代まで有効に使えるものをつくるわけでございますから、そういう点で、今のやったものだけ全部負担しなきゃならないという考え方ではちょっと窮屈ではないか。孫の代まで少しぐらい残っても、一日も早くやっぱりやるべきものはやった方が効果的にいいのではないかという考え方でおりますから、私たちは建設国債を出すべきだと主張はいたしませんが、これだけのものをやるという必要性を感じた場合において財源が困るのなら、それしかないんじゃないでしょうか。
