申し上げます。 ベセスダで発表いたしましたのは、その年にすぐに発表いたしまして、これは非常にギャロ先生の御尽力をいただいたわけでございます。今度は、日本の場合は、私もそれから厚生省も発表がなかったということで、何も私が発表してはいけないなんて申したこともございませんが、ただ、一つ先生に申し上げれば、実は四月の初め、三月の終わりには、四月の初めでございますが、日本血液学会、血液学関係だとかあるいはその方面の学会がございますので、先生が御指摘になりましたそのときまでは、あるいはちょっとチャンスがなかったのか、あるいは遠慮してそのときに発表するからとみんなが考えたのではないかと思っております。
