こめ地料の額についてお伺いしたいと思うのですが、契約によりましては地料の改定期間は一年ごとの改定期間でございますか。
こめ地料の額についてお伺いしたいと思うのですが、契約によりましては地料の改定期間は一年ごとの改定期間でございますか。
毎年かわしておりますことは、契約するごとに新しく更改と申しますか、変わるごとに地料の額というものは結局検討されて毎年変わることがある、こういうふうに理解してよろしゅうございますか。
四十八年度の予算要求におかれましては、その地料の改定、値上げというようなものがどの程度考慮されて組まれたものであるかどうか。
この点は、当事者であります地主の皆さん方の要求にははるかに及ばないところの金額だったと承っております。また、施設庁とされましてもある程度、いま査定されましたところの一六%以上を必要とするというようなお立場になって見られたのではないかと私は見ておりますが、財政上の都合であるいはこうなったろうとは思いますけれども、それはそれといたしまして、御承知のとおり、今度は沖繩におけるその後における非常な地価の状況というものが生まれてきております。こういうことが配慮されますと、来年度に対しましてはいまの一六%ということも、すでに要求をする地主の側からしますならば、これも不満。そこへ持ってきて、いまのいろいろな異常な状況が出てまいりました。そうします
最後に一つだけあげておきます、時間もないようでございますので……。 これは、現在の施設庁があるいは直接関係ないとけられたら困るわけでありますけれども、軍用地その他の問題に対します、またこれを返還したというような場合における補償関係は施設庁の関係でございますので、申し上げるわけでございますけれども、旧西原飛行場の敷地につきまして、もちろん復帰前においてアメリカが開放した土地でございますが、これは日本軍によって戦争の末期において収用された。ところが、完成しないうちにアメリカが上陸いたしまして、アメリカがこれに拡大して飛行場をつくった。そこでアメリカは復帰前に返還をいたしました。地主の要求に従いまして、アメリカに復元補償を要求いたしま
終わりますが、いずれにいたしましても、これは日本の政府の責任においてなさなければならぬ問題でございますので、問題を提起しておきますので、ぜひこれが具体化されるように、皆さんのほうでも御協力を願いたいと思います。 終わります。
沖繩の問題は基地の問題と切り離して考えることはできない、すべてそこに根源があるわけでございますが、前回の私の質問に対しましても、沖繩全体に四万からの、日本本土の倍からの兵員がおるし、この数は韓国と同じほどの数だし、台湾におるアメリカ軍に比しますならば五倍に近いところのアメリカ軍の駐留を見ております。地域の問題でも面積の問題でも同様でございますが、私は、きょうはこの基地問題に関係します二、三の問題だけを立場をかえてお聞きしたいと思っております。 軍事基地の問題は、単に反戦平和というような立場だけでなくして、その存在に関連をいたしまして、あらゆる社会悪が生まれておるということは、戦争がなくてもたいへんな迷惑な問題だと考えております。
お聞きのとおり、麻薬、これは単に沖繩だけの問題でなくして、また日本だけの問題でなくて国際的に重要なる犯罪であり、また国際的にも取り締まらなければならぬところの問題でございます。しかも、それがおそらくこの統計からしますならば、本土におきまするものと比較にならないところのものがあると思っております。 それでお伺いいたしますのは、これらの取り締まり、検挙、これにつきまして民間警察当局として支障はないのか、あるいは特にアメリカの軍人関係が七割を占めておるということになりますと、警察の手の及ばない、あるいは税関当局の手の及ばないところのルートからこれが入ってくる、こういうふうに考えられるのでありまして、あらわれたものを検挙するというだけで
先般も、アメリカ軍人あるいは軍属同士の中におきまして、この麻薬の取引を原因といたしまして殺人事件までも起こっておるような状況であります。これが単にアメリカの軍人だけの間であればまだ彼らの自業自得といわれましょうけれども、これが一般民間に流されてくる、あるいは場合によってはそれが暴力団の資金源にもつながってくるというようなことになりますと、それによって行なわれるところの悪というものはたいへんなものになってくると思います。 いまアメリカ当局のそれぞれの機関の警察、憲兵当局などと打ち合わせて連携をとって云々ということがあるわけですけれども、そうなってきますと、私はこれは警察だけの問題ではないと思うのです。私はアメリカにとっても非常な恥
これはわれわれとしては口ばかりじゃなくて、また政府としても同じような考え方でしょうけれども、このような膨大な基地が、そして多数のアメリカ人が沖繩に駐留するということが、これはどう考えてみましても納得のいかないところの問題です。 繰り返すようですけれども、韓国と同じだけの数、日本本土の倍、台湾の五倍、こういったような数が狭い沖繩におる。私何のためによけいおるかわからないのです。ことにこういう平和、あるいは平和の幕あけともいわれる時代に、それは考えられないのです。そこで、その結果というものは、単に戦争云々という問題でなくて、戦争以外の平時において、たいへんな害悪というものを及ぼす、私はそういう立場からも、文明国としてのアメリカの恥に
あと二つだけ施設庁の関係でお聞きします。
それでは防衛庁おりますか。——施設庁と防衛庁要求しておったのですけれども……。 それでは、建設省おいでですか。 簡単ですが、返還によりまして、従来アメリカの軍道でありましたのも国道になりました。そうすると、従来軍道であった地域にありました施設、たとえば保安灯だとか防犯灯、こういった施設も、同時に軍道に建設されてあったものは国道に編入されて、この施設は国道の一部として移管されたものですか。
私がまだ質問しないところまでお答えになったのですけれども、街灯その他の付属施設が同じく引き継がれた。街灯あるいは保安灯というものは、電気がつかなければ街灯の用をなさないわけです。その施設は引き継がれたけれども、電源はアメリカが切ってしまった。これならば街灯の用をなさないはずなんですよ。どうしてアメリカはこういうようなことをしたわけなんですか。そしてまた、保安灯、街灯がありながら電灯もつかない。これは治安にも関係いたしまするし、交通にも非常に関係をしてくる問題だと思うのです。どうしてこうえげつないと申しますか、こういうことが平気に行なわれておるか。 これは、これまでの交渉の中において交渉されたことがありますか。向こうの言い分はどう
どうも時間がございませんから……。まことに小さい問題のようでございますけれども、一部には国道になったものが、今度は返還をしたけれども、一般の通行を禁止するというようなことができたり、道路は返還をして国道になった、当然その施設——街灯、保安灯等の施設も引き継がれた、必要な電源はアメリカが消す、そして暗やみにする、こういうことが一体なぜ行なわれるか。アメリカ自身のけちくさいところ、電灯料が云々という問題もあるかもしれませんけれども、これはおかしいのです。電気そのものも今度は日本側から供給されるものなんです。それがいまに至るまで電灯が消えたままでおる。街灯の用をなさない。こういったことは、小さい問題のようでありますけれども、アメリカの実態
これで終わりますが、沖繩が復帰して道まで暗くなったというのは、社会も暗くなった、あらゆるものが暗くなったのではたまらぬと思います。これは早急に何らかの措置をとっていただくように要求して、私の質問を終わります。
大臣の所信表明に関しまして、総論的なところをお聞きしたいと思います。 まず第一に、前回からいろいろと基本姿勢について御質疑がかわされたようでございますが、大臣の所信表明の冒頭におかれまして、学制百年の歴史を通じ、めざましい発展を遂げ、繁栄の基礎をつちかってきたことに対しまして、教育の役割りあるいは寄与した点の多いことをたたえ、さらに、急激なる社会経済の進展とともに、教育のになう役割りはますます重要なものとなったということが示されております。 これは私はそのとおりだと受け取るわけでございますが、問題は、百年の歴史の中におきまして教育がわが国の繁栄の基礎をつちかってきた、この時期におきまする教育の果たした役割りと急激な社会経済の
富国強兵ということばをお使いになりました。確かに私たちも、古い時代の教育を受けたものでございます。その時代におきまする教育というものが国を富まし国を強くしていく、こういう目標に向かいまして教育が、まあ利用されたというよりは、活用されたということがいわれまするし、またその結果というものは事実としてあらわれてきておるものだと思っております。ただ、そのような教育方針というものが、いまおっしゃいましたように、富国強兵というのが、富はつくった、さらに富国強兵ということで軍国主義的なものも入ってきた、その結果として、戦前におきまする教育というものが、ある意味におきまして国の方向を誤らしめたというようなことが言えるんじゃないかと私は思います。教育
戦前のことばかりを中心に私はいま申し上げたのでございますが、むしろ戦後のあり方に対しましても考えさせられる問題があるんじゃないか。本質的には同じかと思うのでございまするけれども、日本がいま経済的に非常な発展を遂げた。これはまあ世界の驚異とするところだともいわれておるわけでございます。敗戦の結果、無から立ち上がって今日の実情になりました。私はこの裏にも、もちろん国民そのものの勤勉な本質もありましょうけれども、教育がまたその点に大きく寄与したものだ、こう考えておるわけであります。ただこの経済発展に寄与したのでありまするけれども、では、その結果はどうなっておるかといいますならば、他国からはエコノミックアニマル、こういうふうに指摘されるよう
私はいま特にそのことを申し上げるのは、所信表明の中におきましても「国際社会において信頼され尊敬されて活躍できるりっぱな日本人」というおことばがございます。それは私はそうでなくちゃいかぬと思っております。しかし、現実に日本が経済的に発展をした、これは決して教育と無関係ではないと思います。そういう中において、逆に国際的に非難され、指摘される、むしろ信頼を欠くような方向に行きつつあるんじゃないか、行っておるのではないか。だからこういうあり方というものは、これはもうすぐ効果的な手はありますまいけれども、人間をつくる面の教育の面から、どうしたら真に国際社会に信頼され尊敬されるような日本人を教育するか、これは私はなかなか一曹では表現できない問題
私は、それがどのように具体的にあらわされるかということは、なかなか一言にして言える問題ではないと思いますけれども、基本的にはその精神を堅持したところの教育が進められていかなければならぬ、こう思います。 そこで、なぜ私またそのことを申し上げるかといいますと、その次に「新たな国土総合開発が進められようとしているときにあたり、」云々ということばがございます。こだわるわけじゃございませんけれども、やはり中心になっていきまするのは、国土総合開発ということが進められておるとき、やはりどこまでも日本の物質文明と申しますか、経済的なものを中心にしたところのその方向に重点が置かれておるのじゃないか。教育は人間をつくることでございますけれども、その